第六話 脱出に向けての作戦
祖父母に連絡できればよかったのだけど、私の所持品は奪われてしまった。
「何をするにもまずはここから出ないとね」
拘束を解いたということは、この場所が少なからず誘拐計画を立案した者にとって安全地帯なのかもしれない。
「窓には鉄格子が嵌め込まれている」
起きているのを悟られないように音を立てずに部屋の中を探索する。
「通気孔は狭すぎて通れない」
歩き回った結果わかったのは、部屋の外にでられそうなのは正式な出入口である玄関のドアだけだということ。そして、ドアの向こう側には人の気配があるということだ。
——見張り役が複数ではなく一人だけなら、打つ手がありそうだ。私についてどこまで調べているかにもよるけれど、ただのか弱い令嬢だと侮っているのか試してみるとする。
「キャー!! ここはどこ!? 誰か!?」
眠らされていたベッドに横たわって、さも今意識を取り戻したかのように叫んだ。
「誰かいませんか」
自分の置かれた状況にパニックになって「誰か、助けて……!」怯える女性を演じる。部屋中を駆け回って有りとあらゆるドアを開け放ち、窓のガラスを叩き、玄関ドアに縋り付いた。
ガチャガチャ、とドアノブから無機質なら金属音が鳴っている。
「誰か、誰かいませんか! ここに閉じ込められてしまったの!」
閉じ込められているとわかっていても、諦めずにドアを叩き続ける。
「ッ開けて、出して!」
騒ぎを聞いて通報してくれる一般人がいるならそれでもいい。私の居場所を誰かに知らせることができるから。
かれこれ三十分ほど大きな悲鳴をあげ続けて「……けほっ、お願い。誰か助け、て……」わざと喉を潰した頃合いを見計らって、ドアの向こう側にいる人物にわかるように音を立てて倒れ込んだ。
——餌は十分に撒いた。
見張り役がレオンハルト家当主の娘にほんの少しでも興味があれば、きっと部屋に足を踏み入れるはず。
「やっと気を失ったか。どれ、アンドレア様がご執心の娘がどんな女なのか見てみるとしよう」
ドアの開く音がして声の主が近付いてくる気配がする。相手に気付かれない程度に薄目を開けて外を確認する。見張り役は一人だけだった。
「ほお、さすがレオンハルト家の血筋だな」
ようやく父親譲りの華やかな外見が役に立つときがきたらしい。「しかし、ガブリエーレファミリーに目を付けられるとは可哀想にな。用済みになれば殺されるんだろうしよ」頬を涙で濡らして、無防備に四肢を投げ出した姿で同情を誘える。
「せめてベッドに運んでやろう」
ガブリエーレファミリーが私の誘拐を企てた者たち。ファミリーと呼ばれているということはマフィアなのだろうか。出来る限り早く彼らの手中から逃げ出さなければ、と考えを巡らせる。
「俺は何をやってんだか。この娘に触れたことがアンドレア様に知れたら罰せられるっつーのに」
背中が柔らかな布団の上に触れたと同時に「……ん、んう」ゆっくりと瞼を開ける。目の前の男性は三十代後半くらいだろうか、碧眼の彼よりも年齢は上に見える。スーツの生地が安物でよれてしまっているので、地位はそれほど高くないと思われる。
「ひっ……!」
「げえっ!?」
「いやぁ、来ないで……っけほ」
見張り役の視線から逃れるように頭から布団を被って「まだ死にたくないの」相手の出方を伺う。私がとても臆病で抵抗しない娘だと、相手を油断させる必要がある。
「おい、落ち着け。それ以上叫ぶんじゃねえ。声が嗄れてるだろうがよ」
「でも……」
「殺さねえよ。あんたは大事な人質だ」
「……こほ、っ本当ですか」
「ああ、交渉の前に人質を失うわけにはいかねえだろ。何かあれば俺が殺される。つーか、既に不味いことになっているからな。俺からあんたに頼みがある」
頼みとは何ですか、と布団から顔を出す。目の前の男性は困ったという顔をしていた。やはり命令に背いてしまっていたようだ。
「俺があんたとこうやって話したことは、アンドレア様には黙っていてくれ」
「アンドレアって、誰ですか?」
「あんたをここに連れて来た人だ。あー、ツラの良い緑の目の男とは話してねえのか?」
本人から直々に自己紹介されて求婚されたことは黙っておく。私が知らないふりをして左右に首を振ると、男性はほっと息をついた。
「その方はどこにいるのでしょうか。直接お会いして頼めば、ここから出してもらえますか」
恐怖から小刻みに震える私を見て、見張り役は警戒するほどではないと判断したようだ。
「アンドレア様はあと二時間は戻って来ないぜ。そもそも頼んだところで、逃しちゃもらえねえだろ。諦めな」
「そう……なんですね。では、私はあなたと顔を合わせたことは誰にも言いません。その代わりにお願いがあります」
「はは、人質のくせに交換条件を出すとはな。まあ、言うだけ言ってみろ」
「私が話したいと言っているとアンドレアさんに報告する、もしくはその方が帰ってくるまで私の話し相手になってくれませんか」
今は誰かと話していないと不安で気が狂いそうなの、と瞳を潤ませる。




