【12】背きし者の末路
部屋に立ち込めるのは硝煙と血の匂い。
「僕のものに手を出したのが悪いんですよ」
そして、床に無惨に転がっているのはレオンハルト家の令嬢を見張っていた男だった。
「あれほど部屋に入るなと命じたのに。使えない者は要りません」
サイレンサー付きの銃をホルスターに仕舞いながら「ああ、服が汚れてしまった」僕は顔を歪めた。
「アンドレア様は先に着替えてください。後始末は俺がしておきます」
背後に控えていた部下がビニールシートでかつて人間であったものの残骸を包み始める。
「証拠は全て抹消する必要性があります。お前は具体的な指示出しをしなくても完璧に後処理できますか。もしも失敗すればどうなるか……わかりますね?」
命令違反を犯した男の最期を目にした者たちは「はい、跡形もなく」同じ轍は踏まないと思っただろう。
片付けの手間は増えたが、見せしめの効果は得られたはずだ。
「着替えの前にまずは監視カメラの映像を見せてください」
掃除役とは別の部下がタブレット端末で映像を再生する。
「建物内に設置していた監視カメラには令嬢の姿は映っていませんでした。映像は細工されていなかったので、カメラの死角から逃げた可能性が高いです」
「エレベーターや階段を使っていないとなると——廊下の小窓か。華奢なミアなら通れるかもしれない。窓に鍵が付いていないとはまったくこの国はセキュリティーがザルだ」
大多数の人が平穏な日々を過ごしている国では高い位置にある小さな窓から誰かが侵入するとは考えつかないらしい。
ファミリーの本拠地では出入口だけでなく窓にもセキュリティーコードがかけられるようになっているというのに。
本来ならばもっと時間をかけて拠点を準備して計画を実行するべきだったのだが、今回は何如せん時間が足りなかった。
「外部システムのハッキングにはもう少し時間を要します」
「映像の解析はそのまま進めるように。あとはあの男に渡していた無線機の行方は?」
「GPSは北東へ移動しています。時間と距離から算出するに車に乗っていると思われます」
GPSは問題なく作動している。本体への仕込みに気付かれていないのか、気付いていて撹乱に利用されているのか。さて、どう対処するか。
「五名ずつのチームを三つ作ります。アルファチームは最寄りの空港に向かいなさい。チャーター機は離陸させるな。次にベータチームは映像の解析とGPSの追跡を行ってもらいます。最後のガンマチームは証拠隠滅が終わり次第、日本の拠点を全て引き払う手続きをしてください」
レオンハルト家の令嬢を発見した場合には無傷で確保するように、と厳命を下す。
「残りの者は僕と共にドイツに飛びます。出発は十分後だ。さあ、各自任務にかかれ!」
号令で一斉に動き始めた部下を見送り、僕はベッドルームに向かった。
ミアが眠っていたベッドは空になっている。
「あの馬鹿者が話したことが真実だとすれば驚きでしたね。まさかあんな細腕で鍛えた男を拘束できるなんて」
レオンハルト家の令嬢の誘拐が成功したと安堵していたら、予想に反して腕っぷしの立つ女性だったために逃げられてしまった。
ベッドの上で蓑虫のようになっていた男の姿を思い出して、口の端が吊り上がる。
「ただの箱入り娘だと思っていましたが、面白くなってきました」
ミアが逃げ出してからあまり時間は経過していない。彼女の所持品は没収していたので、スマートフォンで電話したりナビアプリを使用したりできなかったはずだ。
「十中八九、レオンハルト家の息が掛かった人物が保護しているでしょうね」
赤黒い血液で汚れたスーツを着替えようとクローゼットを開けて「あはは!」声を出して笑ってしまう。
脱ぎ捨てられたバスローブの代わりに、僕のシャツやスラックスなどが消えていた。
「仕立ての良いものばかりを選びましたね。仕返しのつもりかな。ますます気に入りました」
つまらない令嬢と結婚するのは政略のためだと割り切っていたが、存外楽しめそうだ。
「逃しませんよ、ミア。どこにいても見つけ出してみせますから」




