【11】誓い
男性だと知ってミシェルを二度見してしまう。
「うそでしょ。そのスタイルで!?」
「あはは、胸は詰め物してるだけだよ。何なら脱いであげるからお嬢が自分の目で確認してみる? オ・ト・コ・の身体」
周囲にキラキラを撒き散らしながら可憐に首を傾げたミシェルから「遠慮します。これ以上心に傷を負いたくないよ」視線を逸らして、灰色の空を見上げた。どんよりとした雨雲とお揃いの心模様である。
「見たくなったら言ってね? お嬢ならいつでも大歓迎だよ」
「どうせなら女の子の友達がよかった」
「ひどいなぁ。友達になりたいって言ったのはお嬢なのに。あと勘違いしないでほしいんだけど、誰にでも裸を見せてあげるわけじゃないんだからね!」
「……はあ」
「うわ、無視された」
猫被りしていない本来のミシェルは話好きな性格だ。「別に女の子じゃなくたって、ショッピングやスイーツには付き合えるし」最新の流行だけでなく時事にも詳しくて話題に事欠かなかった。
そんな車内の楽し気な雰囲気を切り裂いたのは——
〈至急、至急、鳥籠が壊れた〉
〈繰り返す、鳥籠が壊れた、至急、至急、羽根を捥げ〉
ダッシュボードに置いていた無線機が発した無機質な声だった。
「さっきは聞きそびれたけど、その無線機って誰のもの?」
「私を見張っていた人のものだよ。気絶させた間に持ち出したんだ」
「……そっか」
ミシェルは何かを言いかけて飲み込んだ。「さて、今後の予定について話そうか」私は次の言葉に気を取られて、悔し気な表情の意味を問いただすのを止めてしまった。
「お嬢が逃げ出したことが敵にバレてしまったから、最寄りの空港からチャーター機に搭乗するのは中止。まずは国内線で関西に飛んでから一般の旅客機で帰郷を目指すよ」
「えっ、家に送ってくれるんじゃないの!?」
「家は家でも送り届けるのはお嬢の生家にね。つまり、ドイツに戻ることになる」
「そんな急に言われても……」
「ミアお嬢様の居場所がレオンハルト家以外の者に見つかってしまった今、日本にいるのは危険です」
ミシェルは私の意見を聞く気がないと示すためにわざと敬語で話し出した。
「この国は穏やかですがそれ故に身を守る術が限られてしまう。ドイツであれば味方の数が多く、敵への対抗手段の選択肢が増えるため、当然のことです」
「日本の法律は私を狙う人々にとって不都合だと思う」
「捨て身で挑んでくる敵には、法律は全く意味を成しません。マフィアは縦社会です。上層部の命令に逆らうということは即ち死に直結する。構成員にとって日本の法律で裁かれることよりもずっと恐ろしいことだ」
「そんな……でも、私さえ見つからなければいいんじゃないの。例えばほとぼりが冷めるまでどこかに身を潜めるのはどう?」
「残念ながら、情報が漏洩した時点で既に手遅れです。たとえ娘が嫌がっても力尽くで連れ帰れ——それがノア様からの命令です」
諦めてください、と言い切ったミシェルは一気にエンジンを踏み込んだ。華麗なハンドル捌きで次々と前行車を追い越していく。
「ミシェル。私はっ、」
説得に応じるつもりがないミシェルに「お嬢はさ」言葉が遮られる。
「あなたの大切な人が巻き込まれて危険に曝されるのは嫌でしょ」
握り締めた拳に隣から伸びてきた手が優しく重ねられた。確かにミシェルの言う通りだ。祖父母や友人を危ない目には遭わせたくない。
「私が日本を離れれば、みんなは安全なの?」
「ガブリエーレの連中はお嬢にご執心のようだから、必ず追ってくるよ」
大切な人を危険から遠ざけられるならば素直に計画に従おう。たとえ誰にも別れの言葉を告げられなくても。
「それなら私は父の意向に添いましょう」
そう決心しても、誰かに追い回されるという漠然とした不安に思わず手が震えてしまう。
触れた部分から震えを感じ取ったであろうミシェルは「ご安心を」私の腕を持ち上げて手の甲に口付ける。
「俺の全てを懸けて、ミアお嬢様をお守りいたします」
五つも年下の男性、見た目はとびきり上等な金髪美女に命懸けで守ると宣誓される日が来ようとは。
昨日までの自分に教えてあげたい。ある日突然現れた美形に守られる——物語のヒロインのようなドキドキハラハラのシチュエーションは小説や映画のなかで楽しむのが一番だ、と。




