【10】カウンターアタック
現在は首都高を走行中だ。「前を見て運転して!」他の走行車や側壁に追突したら死んでしまう。前を向いて運転に集中してもらいたい。
「——はっ、申し訳ございません! 今までそのような言葉をかけられたことがなく、とても驚いてしまいまして」
ミシェルは慌てて視線を前方へと戻したが、嬉しいのか悲しいのかどちらとも判断のつかない表情を浮かべている。
「ミアお嬢様と私では住む世界が違うのです。お名前でお呼びするなど恐れ多い。私には出来かねます」
「住む世界が違う?」
——同じ地面に立って、同じ空気を吸って、隣り合って話しているのに。
全く笑えない冗談だ。誰がどのようにして自分と他人とを区別しているかなんて、私には関係ない。
「私は自分の住む世界は自分で決める。ミシェルと私は同じだよ。今後、私を様付けで呼んだら返事しないから」
そのようなことを言われましても、と困り顔のミシェルにさらに畳み掛ける。
「あと私は堅苦しいのは嫌いなの。敬語禁止。もっと普通に話して」
「無理難題をおっしゃられても困ります」
護衛対象という強い立場で我儘を言っていると自覚している。でも、ミシェルには折れてもらいたい。
「さっき何なりとお申し付けくださいと言ったのは誰だったっけ? あれは社交辞令だったんだ。ふーん、そうなんだ」
本来なら他人の揚げ足を取るなんて卑怯な真似はしたくないけれど、今回は最大限に利用させてもらうことにする。
「それは……! もちろん嘘偽りではありません。ですが、お嬢様!」
「……」
「ミアお嬢様」
「……」
無言でじとりとした視線を送る。
——お互いに我慢比べをするならミシェルより私の方が有利でしょう。そろそろ諦めて降参しなさい。
「ぜん……善処いたします」
私が意地の悪い笑みを浮かべて「と、も、だ、ち、に話すようにしてね」念を押すと、ようやく観念したミシェルは深く息を吐き出した。
「わかったよ。こんな感じで普通に話せばいいんだよね。でも、名前で呼ぶのはハードルが高過ぎるから〈お嬢〉で勘弁して。あーあ、せっかく俺が品行方正な護衛を演じてたのに、その労力は無駄になったってことね」
——今のは聞き間違えだろうか。何だか聞いてはいけない単語が聞こえた気がする。口調がくだけたと同時に、声まで低くなったような。
「まあ、素はこっちだしさ。堅苦しくないのはありがたいけど、お嬢は変わり者だね。んー、そんなに目を丸くしてどうしたの?」
「いやいや、そんなまさか。嘘だよね」
なけなしの女性としてのプライドが目の前の事実を否定したがっている。
「黙っててごめんね。実は俺、男なんだ。仕事の関係上、女のふりをしている方が都合が良いからさ。意外とイケてるでしょ」
語尾に可愛らしいハートマークを付けた彼女——いいえ、正しくは彼は「改めましてご挨拶を」ウィンクしながら投げキスをしてきた。
「性別は男、年齢は十九歳、ミシェル・クロフォードでっす。よろしくね、お嬢!」
隣で運転している金髪碧眼の美女は——年下女装男子でした。




