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第233夜 足跫

 「逃げた。」

淀みの地ーー、政宗と紫鳳(しほう)が消えたその場を見ていた“お菊”が言う。彼女は表情筋がほぼ死滅しているので無表情。姿は5〜7歳程度の幼女だがその性質上、感情表現は豊かな方ではなく淡々とした物言いをする大人びた童子でもある。その隣で事の顛末を見ていた“桐生水月(きりゅうみつき)”は言う。

 「逃げたって何処に?」

 「………幻世(うつせ)。」

お菊の言葉に、あー。なる。と、“雨宮灯馬(あまみやとうま)”は相槌打った。

 「……………。」

楓は目の前から消えてしまった紫鳳、政宗。その現実に悔いしかなく、ギリっ。と、奥歯を噛み締めていた。

 (クソがっ!!)

ぎゅっ。と、夜叉丸を握り締める。

 (アイツらが行き着く先は幻世。ソコしかねぇ、ならオレのする事は1つ。追っかけてブチ殺す!!)

 楓はそう思うなりであった。

振り向く、、、勢い良く。

 紫煙とやらに包まれ消えてしまった紫鳳、政宗の居た地を見据える葉霧を見たのだ。

 「葉霧!オレはアイツらを追う!この地の先を目指せば“幻世”に辿り着ける筈だ!」

 「は??」

葉霧はーー、息巻く様に怒鳴る楓に驚いた顔をしつつも、、、スゥ……と冷静になっていた。それは自然と表情にも反映されクールダウンした様に無表情になった。

 更に頭に血が昇っている楓はモグラのフンバ、そしてお菊を見て言った。

 「フンバ、お菊!一緒に来い!このまま幻世に乗り込む!」

へぁっ!?と、、、素っ頓狂な声を発したのはフンバであった。 

 本来のモグラは黒点の様な目だが、彼はあやかし。その両眼はしっかりと顔の中に存在しておりとてもチャーミングなお目々である。ぱっちり開眼しており視力も良好、闇光無関係でしっかり機能しており茶系のふさふさ睫毛までも生えている。

 更に彼の両眼は黒い瞳に人間で言う白目部分が紫色である。

その眼をとても大きく開眼させながら言った。

 「あ、や?楓殿。それはちょっと無謀と言うか………、余りにもおバカ過ぎる提案だと思いますがね??」

 あ?と、楓の声のトーンが2オクターブも下がり低く響き更に彼女の蒼い眼が血走る様に光った。

 うっ。と、、、フンバは少し怯むと、ささささっ。と、葉霧の足元から這う様にしながら駆け登り、彼の右肩に移動した。

 「速っ!!」

怒を露にしていた楓だが、フンバの余りにも速いその逃げ足に驚いてしまった。すると、葉霧が言う。

 「気持ちは解る、が、却下だ。」

 「は??なんで??」

楓は即座にキレ気味で返した。葉霧はそんな彼女を見て言った。

 「得体が知れないし、楓、お前の力で“黒蜘蛛(タランチュラ)”は倒せなかった。それに政宗、紫鳳も逃亡。つまり、現段階で俺達はアイツらを滅せない。逃した。それが全て。」

 葉霧の両眼は碧の光を放っていた。

「…………っ!」

 楓はぎゅっ。と、、、夜叉丸を握り締める、右手で。葉霧を睨みつけて言った。

 「だから!お前らは現世に戻って修行でも何でもしろよ!オレは幻世(うつせ)に行って強くなっから!で、偵察もしてやんよ!その為にフンバとお菊は連れて行く!」

 楓は退かずそう豪語したのである。

……………っ!!

 楓と葉霧の一触即発の様な睨み合いの中で、はぁぁぁ。と、深い溜息を吐いたのは鎮音(しずね)だった。

 「……“毒に侵される”とは正にこの事。」

 え?と、葉霧は隣で腕を組む鎮音に目を向けた。

…………。

 鎮音は深紅の着物の両袖に手を突っ込み楓を見据えて言った。 

 「葉霧、幻世に近寄り“瘴気”に当たり楓も影響を受けている、鬼としての“闘争本能”……、それを刺激されている。解るか?不本意ながらにも楓達は“あやかしの本能”を煽られている。このまま幻世に向かわせれば楓、フンバ、お菊は本来の姿に戻るであろう。あやかしの地に行けば“本能で生きる”事になる。」

 「…………。」

葉霧はその言葉に目の前で不貞腐れた顔をしている楓を見つめた。その碧の眼は揺らぎ……少し光が弱まる。白眼と碧眼が行き交う。鎮音の声は続く。

 「止めるならココだ。が……、楓の“本来の力“、修羅姫としての力も必要だ、この先の戦いにおいて。お前も察している様に幻世には通用せん、今の私達の力は。だからお前は今、どうにかして此処から離れる事を考えている、灯馬達を護る為に。違うか?」

 「……………っ!」

葉霧は何も言えず……だった。が、彼は楓を見つめていた。

 蒼い髪、白い角……蒼い眼……。

容姿は自分と同等、17歳程度の少女だ。

 けれど、その髪色、眼の色、何よりも頭に生える白い角。それが、人間では無いと物語る。

 葉霧の脳裏に駆け巡るーー。是迄の楓との生活が……、共に戦って来た事が。

 葉霧は楓を見つめながら言った。

 「ああ……でも、楓も護りたい。フンバもお菊も同じ。いや?フンバとお菊には申し訳ないが……、俺は楓を護りたい、楓の傍に居たい……だから……。」

 まるで譫言の様に言う葉霧に、鎮音はハッとし怒鳴った。

 「ならんっ!!」

とーー。

 !?

その切羽詰まった怒声に葉霧だけではなく、楓、そしてフンバ始め此処に居る者達は驚いたのだ。

 鎮音の眼が神々しく碧の光に包まれ、葉霧を見据えた。紅い着物の両袖から手を降ろし……孫を強く睨みつけ怒鳴ったーー。

 「それは許さぬっ!!お前は“螢火(ほたるび)皇子(みこ)の後継者”であり“玖硫一族”!!“退魔師”なのだっ!この戦いが終わろうとも繰り返される!“光あれば闇は存在する”。その為にもお前は生きて後継者を育てる役目がある!その宿命を放棄する事は許さぬ!!」

 「ば………ばーさん…………。」

驚いた様に声を発したのは楓だった。鎮音はそんな楓を睨みつけて言った。

 「楓!お前もいい加減悟れ!葉霧はお前の為なら全てを棄てて共に歩もうとする、それは確かに歪んでいるかもしれないが、それでもお前を想うからだ!お前を愛情で見ているからだ!」

 「……………っ!」

楓は目を見開いていた。鎮音は更に言った。

 「お前が幻世に行くと言うなら葉霧も行くんだよ!!何故解らないっ!?」

 それは………とても悲痛な叫び声の様だった。

普段は感情など何処かに消してしまってるかの様にドライで、冷静沈着な鎮音が声を荒げ怒鳴り散らしたのだ。

 楓は………項垂れた。

ハハ………っと何故か乾いた笑みが溢れた。

 (まじか…………オレは………尽く…………。いや?葉霧…………っ。)

考えなど纏まらなかった。

 楓は顔を上げ葉霧を見つめた。

 「……………。」

いつの間にか………碧の眼は光を弱めており、ライトブラウンの瞳に白目の彼の憂いた眼が自分を見つめていた。

 ……………っ。

なんだかとても悲しそうに見えて楓は言った。

 「悪かった……、ばーさん、葉霧。」

 楓はそう言ってから眼を伏せた。

 (同じ事を繰り返さぬ為、その為にオレは此処に居る。皇子をオレは助けられなかった……雪丸も。)

 楓は眼を開く。

 (オレがこの地に居る意義……、それは退魔師を守護する為。それを願い皇子はオレを封印した。そう……葉霧を護る為。だけど………!このままじゃ………。)

 ぎゅっと楓は夜叉丸を握り締めた。そして鎮音を見据えた。

 「ばーさん、どーすんだよ?この地から現世にどーやって戻るよ?」

 楓はとても落ち着いた声でそう切換した。鎮音は少し驚いた顔をした。が、楓は夜叉丸を握り締めながら思う。

 (……先ずは葉霧の仲間達を護ること。だからオレの感情は置く。コイツらと葉霧、ばーさんを安全な地に送ること。それを先に考える。)

 「……………。」

葉霧はそんな何処か覚悟を秘めた眼をしてる楓を見て俯いた。

 (やっぱり………行こうとしている。幻世に。今の自分じゃ……と、悟り力を欲しているのだろう……。)

 葉霧の眼は曇り始めていた。するとフンバが言った。

 「気になってる事があるっス!楓殿!」

葉霧の右肩に乗りながら彼は言うと、腹巻の中に手を突っ込んだ。

 「フンバ、何だよ?」

楓が聞いた時にはモグラは腹巻から何かを取出し、更にそれを目元にすちゃっ。と掛けた。

 それは黒いサングラスだった。

 更に彼はサングラスを掛けて言う。

 「“足跫(あしあと)”っス!」

 はぁ??と、楓はじめ誰もが聞き返したが、フンバは葉霧の右肩に乗りながら黒いサングラス掛けつつ地面を眺めていた。楓は眉間にシワ寄せる。

 「なぁ?お前ガチでふざけてねー??」

 「失敬な!これでもアッシはくそ真面目っス!!」

モグラはSPの様な黒いサングラスを掛けながらそう言い、彼は地面を眺めて言った。

 「あるっスよ!楓殿!紫鳳の足跫が!」

 !!

その言葉に楓と葉霧は目を見開く。

 「何処に向かってる?」

葉霧が言うと、サングラス掛けたモグラのフンバは、地面に転々と残された狼の足跡を見据えた。

 それはちゃんと肉球がハッキリ残された足跡であり、人間の足跡よりも大きいが狼の辿った跡だと解るものだった。

 「……山っスね……。」

 フンバはそう言うと、少し遠くに見える山を見据えた。

…………。

 葉霧をはじめ……フンバの言う山に視線は向く。

 

 カッ!!

 

大きな稲妻が落ち三連の山頂にその雷鳴は轟いた。

 楓は稲光を放ち雷雲纏う不気味な山を見据えた。

 (…………悪しき魂が闇喰いに巣食われる為に越える山………。この先に幻世がある筈だ……。)  

 

 幻世の入口……淀みの地。

鬼である楓は……“選択”を迫られていた。引返すか、突き進むか。その山を前にし、やはり止められぬ想いが湧き上がっていたのだった。   

 

   

   

   

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