第四話
コハクが急に血相を変えて去ったことも驚いたが、明らかにやせ細っていたし、さらに彼の目の色が一瞬赤く変わったことをシオンは目撃していた。
不可解なことが多すぎて、特に目の色は見間違いだったのか、どうなのか確かめずにはいられなかった。
コハク君は用があると言っていたのに、(入院患者で用があるという表現もいささか不自然だが)庭の脇道に彼はいた。
俯いて手は口元を押えているように見える。
具合が悪そうに見えたので、遠くから声を掛けたらコハクは顔を上げた。
「具合が悪いのか?」
コハク君の前まで行き、しゃがみ目線を合わせて尋ねる。
コハクの目の色は、見間違えではなく赤かった。
「はぁ……ふぅ、……はぁ、……」
目は合っているはずなのに、コハクから返事がない。
「コハク君、君が今どんな顔をしているか自分で分かっているのか?」
目が不自然なだけではなく頬が火照ったように赤く、吐き出す吐息すらピンク色に見える。
何というか、とても色っぽい。
「……はぁ、……?」
コハクはやや苦しそうにごくりと唾を飲みこんだが、はやり返事がない。
「コハク君、どうした?」
そう言いコハクの肩に触れようとしたが、やああ!と普段のコハク君からは考えられない甲高い声を上げて一歩後ずさりしようとしたのだろう、電動車いすに乗っているのを忘れているかのように足がばたつく。
「や、あの違うんです、ふ。はっ、あぁ、」
コハクが言うが、何が違うのか、動揺しているようで分からない。
コハク君はパニックを起こしている。
「とりあえず、落ち着こう」
触ろうとするのはやめて、声を掛ける。
「嫌、近づかないで……」
コハクはそう言い、目を両手で覆って俯いてしまった。
手はがくがくと震えていて弱弱しい。
どうすればいいのか。
コハクのすすり泣く声が聞える。
俺に触られるのは嫌そうだったので、仕方なく病院の人間を呼んでくることにした。
俺が病院に戻り、看護師を呼んで元の位置に戻った時にはコハク君の姿は消えていた。
━━━━━━━━━━
シオンが俺の前から離れると、だんだん落ち着いてきた。
シオンに対して俺は何を思った?
俺はシオンに何か言ったか?記憶も曖昧だ。
シオンの近くにいると自分がおかしくなる。
メロンのときだって、メロンではなくシオンが原因だったに違いない。
シオンは危険だ、要注意人物だ、そう頭に植え付けた。
━━━━━━━━━━
<1週間後>
シオンは右腹部の診察のためにまた病院へ訪れた。
今日は暑い日だったので、汗をかいていた。
結局、コハク君が庭で消えた日、自力で病室に戻っていたそうだ。
コハク君があんなに取り乱していたのに知らぬ顔で放っておくのは気が退けまくりだったのだが、俺が行ったらまたコハク君に要らぬ刺激を与えてしまうと思いあきらめた。
メロンの時もそうだが、初めは平気なのに、のちにコハクくんは体調を崩す。
コハク君に謝罪したいという気持ちは自分のエゴなのだと考え、自分からアクションを掛けることは控えた。
しかしどうしてだろう、そんな狭い病院だっただろうか、病院の洗面所でコハク君と遭遇してしまった。
「……ん……ぅ、ん」
電動車いすに乗っていたコハク君が俺を見るなり立ち上がり突撃してくるは、俺に縋り付いたと思ったらさらに鼻息を荒くして首をペロペロと舐めてくる。
「お、おい、どうしたんだ」
声を掛けても反応はなく、夢中で舐めることを止めてくれない。
シオン自身のかいた汗を舐めとるように全体を万遍なく舐めまわしてゆく。
ひっぺ剥がすことも考えたが、こちらは自被害は別にないから落ち着くまで好きにさせることにした。
首から始まり、服が邪魔だと言わんばかりに服の中に潜りこみ、胸部、腹部と下へ下へと下がってゆく。
陰部はさすがにまずいだろうと止めることを考えていたところに、コハクの動きが止まる。
「……ん、あ、すみません」
飽きたか、満足したからか、理性が戻ったようで、ぐったりとした動きで舐めることを中断し、コハクから謝罪の言葉が降ってきた。
その声は、罪悪感に満ち溢れ喉を閉め苦しそうに嘆いた。
「どうしたんだ?びっくりしたぞ」
怒るようなことはせず、穏やかな声質を心がけて尋ねる。
━━━━━━━━━━
「……」
コハクが気づいたときには、シオンの身体を無意識に舐めまわしてしまっていたと理解した。
シオンの汗の輝きを見た瞬間から、汗の匂いが美味しそうに思えて食欲をそそり、汗を舐めたい欲に支配された。
事件からどんな食べ物もおいしいと思えなくなってしまったから、この感覚は久しぶりだった。
そもそも食べ物を美味しそうだと思って噛みしめることなど大人になってからはなく、大抵はお腹が空いて手ごろな食べやすく、なおかず味が好みな物を選んでいるので再度美味しいと再確認することなどなかった。
大抵の食べ物を食べてしまったし、まぁ味付け次第なのだがそれでも予想の範囲内だ。
それなのに、汗という人間の身体から分泌される液体にそそられてしまうなど可笑しな現象なハズなのに、そんな非常識な現象にも中毒のような症状に襲われ耐えられなかった。
なんとシオンに説明すればよいのだろう。
汗が美味しそうだと思ったなどと言ったら変態認定だし、というかすでにその変態行為をした後だ……。
だからといって何も言わなくても相手に失礼だ。
「ちょっと、気が動転してしまいました、入院していた理由もこれが原因です。舐めたところ、汚いでしょう、洗ってください」
合っているような間違っているような、結局真実は言わずに曖昧に返した。
「それはいいんだが、詳しくは説明はしてくれないんだな?」
シオンが言う。
「……すみません」
自分でもよくわかっていないから説明しようにも出来ないため、謝罪するほかない。
「そうか、わかった、今日の事は俺は気にしていない、君も気に病まないいでくれ」
そう言うシオンの顔は全然納得してないが、とりあえず深追いはしてくれないらしい、助かった。
ありがとうというのも、変だと思い、では呆気なく別れた。




