後日談 2話
ティアの魔術研究所は、ずいぶんと前に俺が顔を見せに行った場所から変わっていなかった。
「ティア、いるんでしょう?」
グレインが扉をノックして問いかける。
しかし、声は返ってこない。
「もう入っていいんじゃねぇの?」
「……ですね」
今度は俺が扉の前に立ち、そのまま開ける。
中は相変わらずの埃臭さに、何かの薬品が混ざったきつい臭いが満ちていた。
夕陽に関しては初めて来たもんだから、鼻を押さえて辛そうにしている。
「ティア! いるんだろ?」
中に入りながら叫ぶが、まだ返事は返ってこない。
気配はある。
いないわけでなく、返事ができない状況なのだろうか。
「ユキくん、あれ」
「んあ?」
俺たちが薄暗い研究所内でティアの姿を探していると、夕陽が裾を引っ張ってきた。
夕陽の指し示す方向に目を向けると、そこには床にぶっ倒れているティアの姿がある。
何かあったのかと一瞬だけ焦ったが、胸のあたりが規則正しく上下していた。
どうやら寝ているだけらしい。
「はぁ……こんなところで寝やがって」
俺はティアに近づき、その体をお姫様抱っこで抱き上げた。
床で寝てたくせに、穏やかな寝顔を浮かべている。
これじゃ女王ですと紹介しても信じてもらえそうにない。
「どうします? どうやら爆睡しているようですが……」
「ティアの自室に運んでやるか……グレイン、案内してくれ」
「わかりました」
俺はティアを抱えたまま、グレインの後について彼女の自室へと向かう。
できる限り人目を避けてたどり着いたそこは、豪華でも何でもない、むしろ研究所と同じような埃臭さがある狭い一室だった。
「女王の自室が本当にこんな狭い部屋なのか?」
「ええ。広く豪華な部屋は落ち着かないと言って聞かなくて」
「こいつらしいけど、周りはたまったもんじゃないよな……よいしょっと」
俺はある意味でわがままな女王様をベッドに下ろしてやる。
気持ちよさそうに眠っていはいるが、目元に薄っすらと隈が確認できた。
「……グレイン」
「何です?」
「お前もティアも、下手すればエルカもだが、ちゃんと寝てるか?」
「……」
俺の問いかけは、沈黙によって回答された。
「そうか」
「普段は寝る時間を削ってまで仕事をすることなんてないんですよ? でも最近は少々色々ありまして」
「へぇ、何か面白そうだな。ちょいと聞かせろよ」
「セツさんのお手を煩わせることでもないですよ?」
「そういう話はしてねぇよ。俺は俺の興味で聞いてんだ」
「……わかりました。そこまで言ってもらえるのであれば、お見せしたい物があります。ですがティアを放置するわけにもいかないので、まずは彼女が目を覚ましてから――」
グレインがそういうと、なぜか夕陽が手を挙げた。
「何か話があるなら、私がティアさんを見ておくよ。私自身、用があるのはティアさんだしね」
「……そう、だね。分かった。じゃあ夕陽にこの場を任せましょう。もしティアが目覚めたら、玉座に戻るように言っておいてくれ」
「了解しました!」
「ありがとう。それではセツさん、行きましょうか」
「おう。大人しくしてろよ、夕陽」
「もう! 子供じゃないんだからね!」
俺とグレインはまったく怖くない怒り顔を見せる夕陽を笑いながら、部屋を後にした。
「それで、何があったんだ?」
「……城下町で行方不明事件が多発してましてね。それの捜索や対策で追われているんです」
「行方不明事件?」
「ええ。ただまったく手掛かりがないというわけではなく、いなくなった者によっては抵抗したのか戦闘の跡も確認できました」
「少なくとも、人の仕業ってことには間違いないわけか」
「はい。しかし、すでに50件に迫ろうかという被害が確認できているのに、いまだ犯人の特定までたどり着いていません」
「魔術の痕跡は?」
「なぜか確認できないのです。明らかに使用しているはずなのに」
魔術の痕跡が確認できない……か。
少なからず、魔術を発動すると周囲にその残痕が確認できる。
専門知識、ましてやティアがいるのであれば、残痕から犯人にたどり着くなんてことわけないはずだ。
しかし、それができない。
つまりは、魔術を使用していないということになる。
「いくつか気がかりな点が出てきているので、セツさんにはその現場にあった痕跡を見ていただこうと思います」
「なるほどな。わかっ――――」
俺が了承しようとした、その瞬間。
俺たちが来た方向から城全体を揺るがすような爆発音が響いてくる。
その元凶はすぐに分かった。
さっきまで俺たちがいた部屋から、煙が上がっている。
「グレイン、悪いが痕跡を見るのは後回しだ」
「ええ、みたいですね」
俺たちは来た道を引き返す。
すると、部屋からはすっかり戦闘服姿に変わった夕陽が出てきた。
「夕陽!」
「ごめん、ユキくん。暴れないって約束は守れそうにないや」
夕陽は、自分の魔術であけた穴から、外を睨みつけている。
駆け付けた俺たちが同じ方向を見ると、そこには白い装束を着た男が浮いていた。
顔はフードを深くかぶりよく見えない。
「あなた、何者?」
夕陽が問う。
「――私は神域団体の者だ。主らの後ろにいるその女をいただきに来た」
俺たちの後ろ……つまりはティアを指して男は言った。
「うちのティアに何のようだよ、てめぇ」
「それは主らには関係のないことだ。大人しく女を差し出せば、主らの命だけは助けて――」
そのとき、男の真横を赤い炎の弾丸が通り過ぎた。
放ったのは、怒りの表情を浮かべる夕陽である。
「喧嘩を売る相手が間違ってるよ、あなた」
「……やむを得まい」
男はフードを取る。
フードの下には、毛という毛が一切ない顔があった。
髪の毛、髭、睫毛、眉毛、そのすべてがこの男にはない。
それが、絶妙な不気味さを演出している。
「すべては神にたどり着くため……哀れな子羊たちに血の雨を」
男は俺たちに殺意を向ける。
そしてわずかに男から感じる物。
そんなはずはないと笑い飛ばしたいが、目の前で感じる以上事実なのだろう。
「ユキくん……これって」
「ああ。おかしなことになってんな」
男から感じる物、それは、神しか持つことのできない神力と呼ばれる力だった。




