114 地獄の門
「――――何がともあれ、貴様が神になったと言うことは信じねばならんな」
「……」
宙を舞っていたクレアシルの首から、胴体が現れる。
再生、というよりは、もとから斬られてないと言っても信じてしまうほどに、クレアシルは無傷で地面に足をつけていた。
「神どうしの戦いでの、決着の方法を知っているか?」
「……神は概念に近い上位の存在。だから――――」
「外傷では死なない。決着をつけるには、どちらかが封印するしかないのだ」
クレアシルは、セツの眼を見て話している。
「神となった貴様も外傷では殺せないのだろう」
セツの粉砕された腕は、元に戻っていた。
それが示すように、神への外傷はすべて『なかったことになる』。
「どちらが先に、〈封印〉を刻めるか……さあ、神々の戦いを始めるぞ」
「ああ」
クレアシルは再び剣を創造し、セツは鎌を構える。
2つの神がぶつかり、世界が揺れた。
剣と鎌を、一振り、二振り。
島が揺れに耐え切れず、地割れを生んだ。
三振り、四振り。
天候が影響を受け、一瞬で雲が空を覆い、そして晴れた。
五振り、六振り。
孤島から放たれた衝撃が海へ影響を及ぼし、津波が発生した。
まるで天変地異。
誰もが世界の終わりを感じ取り、空を仰いだ。
◆◆◆
――――いいか、セツ。
鎌を振りながら、俺はデストロイアの言葉を思い出していた。
「神は、殺すことが出来ないんじゃ」
「は?」
俺は突然何を言われているのか分からず、呆気にとられた。
「神は、殺せないんじゃ」
「……それでどうやって倒せって言うんだよ……」
「封印じゃよ! 封印! 相手を自分の力で封じ込めるんじゃ! 儂がクレアシルにしたように!」
そう言われたのはいいが、俺は封印のやり方も仕組みも知らなかった。
「お前さんもクレアシルを封印しなければならないじゃろう。ただ――――」
「ただ?」
「お前さんは封印が使えん」
時が止まったのを覚えている。
「どうやってクレアシル倒せって言うんだよ!」
「ええい! お前は〈消失〉は使えるようになっても、〈封印〉はまだ使えないじゃろ!?」
確かに、まだ〈封印〉は覚えていない。
てかそもそも教わってない。
もう一ヶ月もないってのに、こいつは俺をどう勝たせようとしているんだ?
「はっきり言おう。神になりたてのものは、〈封印〉を扱えるようになるまでに100年ほどかかる」
「――――100年!?」
思わず大声を出した。
聞き間違いかと思った。
「神になった時点で、神技の初歩である〈消失〉は扱えるようになる。しかしその先は、神になって長い年月を過ごさなければ習得出来ないんじゃ」
「どうしても……無理なのか?」
「うむ。最低100年じゃ。200年かかるものだってときにはいる」
雲行きがかなり怪しくなってきた。
これでクレアシルへの有効打がないことが、確認できてしまった。
ぶっ飛ばせば済む話じゃない。
「――――安心せい。お前ならではの解決策がある」
「え?」
「お前には、死神の力として〈門〉が与えられている。別の場所どうしをつなげる転移門などが、その一例じゃな」
「……詳しいな」
俺がそう言うと、デストロイアはくすりと笑った。
「死神に知り合いがいるんじゃよ。古き友じゃ」
「へぇ……」
「ともかく、お前のその〈門〉の力は、封印に匹敵するほどに強力だ。門を開けるようになるだけなら、1一週間もいらんじゃろ」
その力があれば、神を殺せるかもしれん――――。
デストロイアは、ギリギリ聞こえるかという程度の声で、つぶやいた。
◆◆◆
「……悪いな、俺〈封印〉を使えないんだ」
「何?」
鍔迫り合いをしていた両者は、お互いに押し合って距離を取った。
セツの言った一言に、クレアシルは驚いている様子である。
「貴様はただ封印だけされに来たのか?」
「そんなわけないだろ? 勝算がなければ挑まないさ」
クレアシルは訝しげな視線をセツに向けている。
セツは静かにクレアシルを見据えると、ゆっくり手を突き出した。
「死神に与えられた〈門〉の力。世界と世界をつなぐ〈異界門〉。場所と場所をつなぐ〈転移門〉」
そして――――。
「――――地獄とつなぐ、〈地獄門〉」
「っ!」
クレアシルは、生まれて初めて悪寒と言うものを味わった。
本能的に身体が下がろうとしてしまい、それを無理やり押しとどめる。
「今から門を開く」
「さ、させるか!」
「がっ」
クレアシルは、〈地獄門〉と言うものの存在を知っていた。
だからこそ取り乱し、セツに掴みかかったのだ。
首を捉え、セツは押し倒される。
「もう遅い」
「っ!」
セツは、クレアシルの後ろを指差した。
クレアシルは振り返る。
そこには、鎖で縛られた骨で出来た黒い門が建っていた。
おそらく、人間である夕陽や冬真では、この門の禍々しさは見た目だけでしか判断出来なかっただろう。
神であるクレアシルは、この門の本質を理解してしまった。
これは、この世にあってはいけないものだと。
「〈地獄門〉――――開門」
転移門のときとはまた別の、低い鐘の音が辺りに響く。
うめき声のような音も入り混じり、辺りに黒い瘴気が漂い始めた。
「貴様がなぜこの門を使える!?」
「どうにもこうにも、俺は死神らしいぜ。死神の能力なんだろ? これって」
鐘の音は徐々に大きくなり、それにともなって門の鎖が外れる。
そして、重苦しい圧力を発しながら、扉が開き始めた。
「この門の向こうは、亡者が蔓延る地獄だ。地獄に存在出来るのは、『死者』のみ。つまり、地獄門を潜った生者は――――」
――――強制的に死者となる。
「おおおぉぉぉぉ!」
クレアシルは雄叫びを上げ、セツの頭を押さえつけた。
〈封印〉を起動させようとしているらしい。
しかし、セツは動じない。
もう遅いと、知っているから。
「亡者はあらゆるものを憎んでいる。特に生者を必要に憎み、門が開けば周りの生者を取り込もうとする。さすがの神も、直接的な死には勝てないだろ?」
「門を閉じるんだ!」
強い口調でセツに怒鳴るが、門は閉じる気配を見せない。
もちとん、セツに閉じる気がないからだ。
「亡者と仲良く暮らせよ」
「やめろぉぉ!」
腹の底に響き渡る亡者の声。
門が完全に開き切り、中からいくつもの巨大な腕が伸びてきた。
「寄るな!」
それらはクレアシルに向かい始める。
クレアシルはセツから手を離し、振り返って壁を創造した。
しかし、無数の腕たちはそれをすり抜ける。
「来るな!」
「残念だが、抵抗は無駄だ」
ついに、クレアシルの身体が腕に掴まれる。
逃れようと身をよじるクレアシルであったが、さらにいくつもの腕が絡みつき、逃れられない。
「はな……せ……」
クレアシルの身体が、門に引き込まれる。
完全に門まで引き込まれると、扉はゆっくりと閉じ始めた。
門の奥で、亡者の笑い声がする。
「さよならだ、クレアシル」
そして、門は、閉じた。