113 神の気配
「やめるんじゃ、クレアシル!」
「なぜ止める? デストロイア」
人間の文明を破壊しようとした我を、止める手があった。
デストロイア、ともにこの世界を築いた存在である。
「人間には命がある、心がある! 儂は人間から様々なものを学んだんじゃ! 消されては困る!」
「感情? 何だそれは。必要なものなのか?」
デストロイアはひたすら声を荒らげる。
どうしたことだろう。
数百年前には静かなやつであったのに、今は――――。
――――デストロイアが、人間と同じに見える。
「……分かっているのか? 人間はこの世界で唯一我の意思の外で誕生した生物なのだ。この世界を、我らの想像したものと別の世界にしてしまう可能性がある」
「だとしたら、それも受け入れるほどの器は貴様にないのか……?」
「器? よく分からん。我は、我に任されたこの世界を示された通りの世界にするのだ。それが理想であり、『天界』から与えられた使命であろう?」
「ッ……!」
デストロイアは何が気に入らなかったのか、我に掴みかかってきた。
「誤算は誤算でも、人間は嬉しい誤算じゃ……殺すことは許さん」
「堕ちたな、デストロイア」
「何とでも言え! 人間を消すな! そう言うまで離さん!」
「……分かった。貴様がそこまで言うなら、今は生かしておこう」
「ほ、ほんとか!」
デストロイアの顔が晴れる。
我を掴んでいる手の力も緩んだ。
デストロイアは、我の友である。
そんな友がここまで必死になっているのだ。
少しは聞いてやろうと言う気にもなる。
「……ただし、人間がなんらかの害をなす行為をすれば、そのときは始末する。そのときは止めても無駄だぞ」
「わ、分かった……」
見逃して、かなり完成に近づいてきた生態系などを壊されてもかなわん。
そのときは、容赦なく人間という生物を消すべきだろう。
例え、デストロイアと決別したとしても。
「忘れるな、我らは神。『天界』に仕える神だ。『天界』は我らにこの世界を与えてくださった。我らはこの世界を理想の形にするのだ」
「……分かってるのじゃ」
「ならいい」
我はその場から去る。
デストロイアも、あと100年もすればもとに戻るであろう。
長く生きすぎている、こういう気の迷いも、一度くらいある。
デストロイアは優秀な女だ。
きっと戻ってくる。
◆◆◆
力と力のぶつかり合い。
剣と鎌がぶつかるたびにクレータの中がさらに凹み、地が揺れる。
雲は吹き飛び、彼らのいる島だけを日が照らしていた。
「ラァ!」
「むっ」
セツの振った鎌が、クレアシルの衣服を切り裂く。
「もういっちょ!」
身体を反転させて、もう一度セツが鎌を振る。
クレアシルは避けたが、髪の毛が数本宙を舞った。
「ひらひらしすぎだぜ。最後は坊主になっても知らねぇぞ」
「ふむ……確かに非合理的な格好であったな」
一度構えを解いたクレアシルの姿が、変わっていく。
腰まであった長い髪の毛は、肩口で切りそろえられた形に。
白い衣のような服は収縮し、クレアシルの身体にピタリと張り付く。
人外的なスタイルを強調するような服だ。
「この方が動きやすい」
「でも威厳は消えてるぜ?」
「威厳に拘る神は二流だ。神というのは、どんな姿であろうと、圧倒的な差を見せなければならない」
「そうかい!」
セツはクレアシルの後ろを取れるように動き、鎌を振る。
鎌が当たる前に、クレアシルの姿が消えた。
「っ! チッ!」
空振りした鎌が地面を抉る。
セツは、自分がクレアシルの姿を追えなかったことに驚きを隠せなかった。
「遅すぎるぞ」
「がっ」
直後、真横からの衝撃。
反射的に腕でガードを挟んだというのに、セツの身体は消えたようなスピードでクレーターの端に叩きつけられていた。
クレーターの端にもう一つ大きなクレーターが出来上がる。
その中心で、セツはうめき声をあげた。
「お、おいおい……話がちげぇよ」
身体を起こしながら、セツはガードした腕を見た。
その腕は、見るも無残に粉砕され、歪な形になっている。
骨が骨の機能を果たしていなかった。
「治るのにも数秒かかるな、こりゃ」
「数秒も与えると思うか?」
「……だよな!」
セツは片腕で後ろに鎌を振る。
後ろからしたはずの声の主は、すでにそこにいなかった。
「ほれ、どうした? 強いのは言葉だけか?」
(速すぎっ……だっ……ろっ!)
クレアシルはセツの周りを動いているのだが、それを目で追うことが出来ない。
ただ、クレアシルは走っている気配がない。
「歩いてこれかよ!」
「外れだ」
「ごっ――――」
セツは自分の周りを一周するように鎌を振ったが、手応えはない。
代わりに、飛び上がったクレアシルのかかと落としが、セツの脳天を捉える。
指先まで伝わる衝撃がセツを遅い、気づけば地に伏していた。
「理解しろ。これが神の高みだ」
クレアシルがセツの頭を踏みつける。
それだけで、地面が揺れた。
セツはうめき声を上げ、クレアシルの足を掴む。
「ど……け……」
「聞こえんな」
「ぐあっ」
クレアシルは足裏を動かし、セツの頭を踏みにじる。
「このまま頭を潰してやろう。哀れな虫め」
「――――おい、ストロー」
クレアシルの足を掴みながら、セツはつぶやく。
その言葉に、離れた所にいたデストロイアが反応した。
「なんじゃ? もう音を上げるのか?」
「うるせぇ……そろそろいいだろ……っ! この身体じゃ歯が立たねぇよ」
「何を話している?」
クレアシルはデストロイアの方に顔を向ける。
デストロイアは、ただ悪い笑みを浮かべているだけだ。
「――――よし、いいじゃろ。時間制限は理解しているだろうな?」
「当たり前だ……時間制限は――――」
「「――――10分!」」
「ッ!?」
突然、クレアシルの視界を光が覆う。
一瞬眼を閉じてしまい、再び開いたときには、足の下にいたセツはいなくなっていた。
そして、クレアシルはバランスを崩して片膝をつく。
「何だと……」
クレアシルの片足が、なくなっていた。
太ももの中間辺りでばっさりと、消失していたのだ。
「探しものはこれか?」
「!」
振り返ると、そこにはクレアシルの片足を持ったセツが立っていた。
ハイライトのない漆黒の眼、まるで仮面をつけたかのような、表情のない顔。
少なくとも、先ほどまでクレアシルと戦っていた人間とは、見た目以外のすべてが違う存在。
そう言った印象を、クレアシルは受けた。
「……何をした」
片足を生やしながら、クレアシルは質問する。
「ただお前の足を斬っただけだ。そんなに大したことはしていないぞ」
足をそこら辺に捨てながら、セツは答えた。
「なぜだ……なぜ貴様から神の気配がする!」
「分かってんだろ?」
セツは、クレアシルが反応出来ない速度で後ろを取り、言った。
「俺も、お前と同じだったんだよ」
クレアシルの首が舞う。
回る視界の中で、クレアシルは舌打ちした。
「神に……なったのか」
「どうにも、そういうことらしい」
クレアシルの首を一刀で切り捨てたセツは、無感情な声でそう言った。




