112 厄介な虫
「貴様を助けたのはデストロイアか……」
「見りゃ分かんだろ。おかげさまで身体もいい調子だぜ」
セツはゆっくりと歩き出し、クレアシルの目と鼻の先まで移動する。
双方睨み合いが始まると、セツが口を開いた。
「そういや、お前に返さないといけないもんがあるんだわ」
「貴様に何かを与えた覚えはないが」
「あるよ。ほら、帰すぜ」
「がっ――――」
セツは、クレアシルの顔面に拳を叩き込んだ。
今までにない衝撃を受けたクレアシルは、地面をバウンドして大きく吹き飛んでいく。
「これがお前に〈消失〉されて色々失ったお返しだ。さて、始めようぜ。人を殺したいんだろ?」
「……」
クレーターの端でようやく止まったクレアシルは、一歩でセツの眼の前まで戻ってくる。
◆◆◆
セツがクレアシルを殴り飛ばした光景を見ていた冬真は、思わず呆気にとられていた。
「すごい……クレアシルを一撃であれだけ吹き飛ばした……」
「儂が鍛えたんじゃからの、当たり前じゃ」
「っ!? あんたは?」
「儂は破壊神デストロイア。クレアシルの対になる神じゃ。立場としては、お主らの味方じゃよ。どれ、その女の身体を見せてみ」
デストロイアは、横たわる夕陽の横に膝をつく。
夕陽は荒い呼吸を繰り返しており、意識もほとんどないと言える状況に陥っていた。
直に死んでしまう、そんな死と生の狭間をさまよっているのだ。
「――――なるほど、命を使いすぎた代償じゃな。これでは長く持たん」
「……助けられるの?」
「やってみよう」
デストロイアは、夕陽の身体に手を置く。
そこから黒い光が漏れだし、夕陽の全身を包み込み始めた。
(破壊の性質を酷使しすぎじゃな……代償は全身の組織の死滅。内臓全部が死滅していないだけマシか。どの道助けることは出来るが――――む?)
夕陽の体内を探っていると、デストロイアはあることに気づいた。
(ふむ……こいつは驚いた。微量の神力を感じると思えば、あやつの加護を受けた人間じゃったか。命だけはその加護が守っているようじゃの。通りでこの身体で生きてたわけじゃ)
「ねぇ、ほんとに大丈夫なの!?」
「あーあー! 心配せんでもすぐ治せる。儂の力は万物の破壊! こやつの負った『代償』自体を壊してしまえば解決じゃ!」
「『代償』を壊す?」
直後、冬真の耳に何かが割れる音が響いた。
音はどうやら夕陽の身体から聞こえたようで、冬真は彼女の身体を観察する。
「なっ」
すると、夕陽の全身に回っていた炭化が、みるみる元の肌に戻って行く。
表情も穏やかになっていき、ついに完全に意識を取り戻した。
「ん……あれ……?」
「起きたか、当分は動けぬぞ、魔力や体力は戻っておらぬからな」
「ゆ、ユキくんは……!」
夕陽がデストロイアに掴みかかる。
驚いた顔のまま、デストロイアは冬真に助けを求めた。
「ほら、セツならあそこだよ」
「あ……」
冬真がデストロイアから夕陽を強引に引き剥がし、クレーターの中心の方を向かせる。
そこにいたセツの姿を見て、夕陽は安心したように胸をなでおろした。
「よかった……ほんとにユキくんだ……」
遅れて涙が流れ始め、夕陽はそれを拭った。
「わ、私たちも加勢に行かないと!」
「それはやめとくんじゃ」
「え?」
立ち上がろうとした夕陽を、デストロイアが止める。
「今から始まる戦いは、お前たち人間が入り込める内容じゃない。無駄死したくなければ、大人しくここで見とれ」
「でも! ユキくんだって人間――――」
「違う」
デストロイアは、夕陽が最後まで言葉を言い切る前に、その言葉を否定する。
夕陽は、その態度から明らかに違う雰囲気の重みを感じた。
「よく見とけ。あれが人成らざる者たちの戦いじゃ」
◆◆◆
「人を捨てたか」
「まあな。お前をぶっ飛ばすために、そこまでやってやたんだぜ? 何か言うことあるんじゃねぇか?」
「愚か者と言っておこう。なぜなら――――」
――――急ごしらえで神力を身につけたからと言って、神には届かない。
クレアシルは、セツの胴体に拳を放つ。
セツはそれを掴みとり、もう片方の腕を大きく振りかぶった。
「誰が届かないって?」
「なっ!」
「オラァ!」
そのまま振りかぶった腕で、クレアシルの顔面を殴り飛ばした。
再び吹き飛ぶクレアシルに一瞬で追いつき、セツはクレアシルの頭を持って地面に叩きつける。
「ほら、どこが届かないか言ってみろ。クソ神様!」
「貴様……!」
クレアシルは足でセツの脇腹を蹴り、身体ごと吹き飛ばす。
地面を数回バウンドして何とか止まったセツは、怒りの形相のクレアシルを見てニヤリと笑った。
「いいぞ、その余裕のない顔! その顔が見たかったんだぜ!」
「虫がァ!」
クレアシルとセツはお互いに近づくと、同時に拳を繰り出した。
両方共お互いの頬を捉え、左右に吹き飛ぶ。
このときクレアシルは、自分が人間相手に本気で拳を握っていることに、少なからず動揺していた。
「どうした神様! 効かねぇぞ!」
「図が高いぞ――――虫が!」
クレアシルは手を天に掲げる。
すると、セツの頭上に数万本の剣が一面に現れた。
「終わりだ!」
それらは、一斉にセツの元へ剣先を向けて降り注ぐ。
一つひとつは大剣よりも一回りも大きく、今のセツであっても無事では済まないだろう。
しかし、セツは特に焦る素振りも見せず、冷静に口を開いた。
「舐められたもんだぜ――――来な! 大食い!」
セツが手をかざすと、黒い装束の一部が切り離され、手の中で別の形を造り始める。
長く、巨大で綺麗に反った刃を持つそれは、大鎌と呼ばれる代物だ。
歪んだ柄を持ち、刃に大きな口がついているそれを鎌と呼べるかどうかは、人によって意見が割れそうではあるが――――。
「ごちそうだぞ! 大食い!」
上空に向かって、セツは大食いを一振りする。
すると、大食いが通った軌跡が黒く染まって宙に残った。
残った黒い空間は、大きな牙を生やして徐々に開いていく。
漆黒の口が、降り注ぐ剣たちを待ち構えていた。
「何だ……それは……」
空中に開いた口は、範囲内に落ちてくる剣をすべて食らっていく。
下にいるセツは、もちろん無傷。
したり顔でクレアシルを見ていた。
「ごちそうさん、美味かったかどうかはこいつに聞いてくれ」
「げぇっぷ……」
宙に現れた口は一度ゲップをすると、端からその姿を消していく。
セツは大食いを肩に担ぎ、近くに刺さってた剣を蹴り飛ばした。
宙を舞う剣の下に大食いを移動させると、落ちてきた剣をそのまま鎌が食してしまう。
「お前がいくら何かを創造しようが、こいつが片っ端から食らってやるよ。遠慮しないで来な」
「――――甘く、見すぎていたようだな」
クレアシルは一切の油断もない顔で、セツを睨んだ。
ようやく冷静さを取り戻し、セツと言うイレギュラーな存在と向き合う用意が出来たらしい。
「貴様を敵と認めよう。名乗れ」
「この期に及んで命令かよ……まあいいや。セツだ。これからお前を殺す。よろしくな」
「創造神クレアシルだ。貴様を『厄介な虫』と定めて、少し力を解放して相手をしてやろう。感謝するがよい」
「そりゃどうも!」
クレアシルは白銀の剣を手に創りだし、地を蹴る。
セツはそのまま大食いを構え、突っ込んだ。
2つの力がぶつかり合い、衝撃が走る――――。




