115 息災でなにより
「どうしても……手を下すか」
「当たり前だ。人間は生態系を一つ壊滅させた。これ以上野放しにして、世界の形を変えられてはかなわん」
我は立ちはだかるデストロイアを押しのけた。
人間を絶滅させなければならない。
我が創りだした動物を絶滅させた人間を、何としても。
「……ならば仕方ないのう」
「分かったか? ならば手伝え。一匹残らず駆除するんだ」
ようやくデストロイアも理解してくれたようだ。
人間に絆されたこやつも、神の自覚が戻ったのだろう。
そう思っていた。
「もうお前さんとは決別する他ない」
「何?」
「儂は人間を守らねばならん」
気づくと、我は吹き飛ばされていた。
何が起きたのだ。
分かってくれたのではないのか。
我は――――。
「お前を封印させてもらうぞ! クレアシル!」
「デストロイアァァ!」
生まれて初めて、怒りという感情を知った。
◆◆◆
「終わったか……」
「ああ」
門が消えていく。
デストロイアはセツの横に寄り添い、それを眺めていた。
「……クレアシルは、儂ら神の中でも生粋の堅物じゃった」
規則を重んじ、神である自覚を常に持ち続けた。
命令を守り、その通りに動くことを第一に考える。
それが、クレアシルという創造神だった。
「だから、人間というイレギュラーを許せないと、すべてを否定していた。本来正しいのは……あやつじゃった」
「……人間だって、意図しない不法侵入で殺されたくねぇよ。正しいのはお前だ。お前がいなければ、俺たちは死んでいた」
「守れたなら……よかったのう」
デストロイアは笑った。
彼女の心も、少しは救われたようだ。
「そう言えば、夕陽たちは?」
「ああ、避難させておいたぞ。もうじきこの島を出るはずじゃ」
「助かる」
「ずいぶん慕われてた――――の……う」
「? どうした?」
デストロイアの顔が蒼白なる。
恐る恐る、デストロイアが見ている方にセツも顔を向けた。
「……おいおい」
そこには、地獄門がそびえ立っていた。
正真正銘、先ほどセツが開いたものと同じものである。
鐘の音は鳴らず、扉が独りでに開き始めた。
「――――し……ねん」
「どうなってんだこりゃ」
門を、無理やり開こうとしている人影があった。
クレアシル、彼女が内側から門を開こうとしている。
「閉じきってなかったんじゃな……」
デストロイアがつぶやく。
セツは自分の失態を悔やんだ。
急いで閉じるよう、門に命令を出す。
しかし――――。
「閉じない……」
「何!?」
門が、命令を受け付けない。
「俺の出現させた門じゃないからか?」
この門は、クレアシルが内側からこじ開けようとした門である。
その際に強制的に出現させられた扉のため、セツの意思とは関係ないのだ。
つまり、この門にセツの指示は届かない。
「この世界を……理想の……世界に……!」
「……」
「おい、ストロー」
デストロイアは、扉に向かって歩き出す。
セツの声にも返事せず、クレアシルの前で止まった。
「凄まじい精神力じゃのう。クレアシル」
「デス……トロイア……!」
「死後の世界からも這い上がってくるとは、どれだけの執念なんじゃ? 正直感服じゃよ」
デストロイアは、クレアシルに笑いかけた。
クレアシルは、憎々しげにそれを睨む。
「ストロー、そこは危険だ」
「セツ……儂は、もとよりクレアシルを殺したあとは儂も死ぬ気じゃった」
「……」
セツは息を飲んだ。
クレアシルも呆けた顔を浮かべている。
「極秘事項じゃったが、もうよかろう。人間が生まれたわけを、お前たちに伝える」
少し溜めて、デストロイアは口を開いた。
「人間は、偶然生まれたわけではない。――――神が、生み出したのじゃ」
◆◆◆
とある神は、好奇心に溢れていた。
様々な生物、概念を生み出し、放って経過を見る。
それが、その神の生き甲斐であった。
ある日、長年開発されていた生物が、この神のもとでようやく誕生した。
名前を、『人間』と言う。
この神は、最高傑作である『人間』を様々な世界に送り込み、成長を見守ることを画策していた。
目をつけられた世界の一つが、この〈エクレール〉と呼ばれる、創造神と破壊神によって出来た世界だ。
まず相談を持ちかけられたのは、破壊神だった。
破壊神は最初、拒否をした。
『人間』は、どう成長するかが分からず、イレギュラーを起こすと聞いたからだ。
彼女とともに世界を築いた創造神は、何よりもそれを嫌う。
おそらく受け入れられないだろうと、拒否したのだ。
ここで起こってしまった最悪の偶然は、『人間』を創ったこの神が、神の住まう〈天界〉の中での、最高神だったことだ。
最高神に命令されてしまった破壊神は、渋々了承するはめになった。
しかし、創造神に提案でもしようものなら、即座に妨害しようとするだろう。
例え相手が最高神でも、創造神は食って掛かるはずだ。
最高神の前では、破壊神も創造神も赤子のようなもの。
みすみす消されてしまう創造神を、破壊神は見たくなかった。
そのため、人間を世界に放つと言う行為は、創造神に知らせないと言う方向で決まった。
偶然の産物、ということにしたのだ。
結果、偶然の産物でも、創造神は許さなかった。
創造神は最高神の実験体である『人間』を駆逐しようとした。
このまま駆逐してしまえば、創造神が最高神の怒りを買ってしまう。
だからと言って本当のことを伝えても、創造神が最高神に食って掛かるだけだ。
どの道、破壊神は大切な友人を失ってしまう。
そして、何より、破壊神は人間が気に入ってしまった。
悩んだ末、破壊神は、創造神を封印することに決めた。
◆◆◆
「これが、事の顛末じゃよ」
「それが……お前の死ぬ理由と何の関係があるんだよ」
「ここまで争ったんじゃ。最高神様も、この世界の事情に気づいていらっしゃる。おそらく、クレアシルは近いうちに処分されるじゃろう」
辺りを沈黙が包む。
「……ここまでことが大きくなったのも、儂のわがままのせいだったりもするしの。どうせなら、クレアシルとともに責任を取ろうと思ったのじゃ」
「――――ふざけるな! そんなことで貴様が我と死ぬなどと……」
「儂らは友人じゃ。理由などそれで十分」
デストロイアは、クレアシルの肩に手を置く。
「やめ――――っ」
何とか門を閉じようと指示を出そうとすると、セツの身体が突然崩れ落ちる。
(10分……! 時間切れか!)
セツの眼にハイライトが戻る。
同時に神格を失い、人間に近い身体に戻ってしまった。
これでは門を操れない。
「ストロー! やめろ!」
「さて、行くぞ、クレアシル」
「デストロイア!」
デストロイアは、クレアシルの肩を優しく押す。
二人の身体は門の中に少しずつ入っていった。
「ありがとう、セツ。お前さんとの日々は……まあ、悪くなかった!」
「ストロォォ!」
二人の身体が、完全に門の向こうへ入った。
あるべきものが中に戻り、さらにおまけまで入ってきたことに満足したかのように、門は閉じていく。
そして、完全に門が閉じ――――。
「――――どっせい!」
「へ?」
突如、門が轟音とともに開ききる。
それと同時に、クレアシルとデストロイアが外に放り出された。
セツがその光景に呆けていると、開いた門の中から、人影は現れる。
「死に急ぐなよ、バカども。この門は懺悔のためには出来てないぜ?」
セツは、その人影に見覚えがあった。
と言うか、間違えようがない。
「――――お袋……」
「よお、バカ息子。息災でなによりだ」
セツの母親、死神デスその人である。




