富饒
騎士達の雇用は、結果から言ってしまうと全員雇用という形で決着することになった。
それはなんとも予想外の結果だった。悪評のせいで離縁された者、家族を失った者はまだ分かるが、未だに家族と縁が繋がっていて、手紙でのやり取りがある者までというのは訳が分からず、どういう理由なのかを確認してみた所……「なるほど」と納得できる理由が帰ってきた。
真実はどうあれもう悪評は立ってしまっている、今はまだ家族に見捨てられていないが、その悪評を払拭しなければいつ見捨てられてもおかしくはない。
ではどう悪評を払拭するのか?
彼らが考えた一番簡単な方法は、王太子と敵対していて被害者である俺の味方となって、そこで名を立てることで悪評を逆転させるというものだった。
本当に悪評通りの人物ならば雇ってもらえるはずがなく、名を立てるなんてことも不可能なはずで……それが出来るということは、逆に自分がそれに相応しい人物であると家族や社会に示すことになる。
王都の家族としばらくの間会えなくなるのだとしても、堂々と胸を張って家族と再会するための必要経費みたいなもの、ということのようだった。
しかも給与は抜群に良い上に、家賃補助などの様々な手当てが出る。
今まで把握していなかったのだが、王都と我が領の経済格差は結構なものとなっているらしい。
いや、ある程度はあるだろうと予測はしていたのだが、それでも王都は王都。この国の首都のようなものだ、その経済力は圧倒的なもののはず……とは俺の思い込みだったようだ。
それでも相応の経済力があるはずだが、その余力は王太子が進める様々な事業に回されていて、騎士の給与や待遇などには予算が回っていないようだ。
結果として騎士の給与は王都務めの時の二倍近くになるようで……待遇の話を初めて聞いた騎士達は、あまりの厚遇っぷりに騙されているのかと、こんな自分達を騙してどうするのかと困惑してしまったらしい。
我が領では割と普通の待遇なんだがなぁ……その分だけ厳しい鍛錬が義務付けられるし、過酷な現場に出ることもある。
災害などがあった際には最前線で復旧作業に関わることにもなる訳だからなぁ……給与が良いからといって喜んでばかりもいられない仕事となっている。
そんな職に一気に経験者が来てくれたというのは我が領としては幸運なことで、早速全員分の槍と鎧の生産が始まり、どこで働くかといった配置検討も始まり……後は彼らの住居を用意したなら関連業務は完了となるのだが、その住居がちょっとした問題となっていた。
騎士19人、従卒が11人。
従卒はまぁ、そこらのアパートメントでも良いとしても騎士19人が問題だ。
騎士である以上は屋敷か、それ相当の住居を用意しなければならないのだが……いきなり19人分は難しいものがある。
本人達は適当な家で良いと言ってくれてはいるが、騎士としての面目というものがある。
安部屋に住まれたでは他の騎士の名誉はもちろん、我が家の名誉にまで関わってくる話だ。
ならばホテルにするかという話にもなったが、上等なホテルの部屋を19人分占有というのも来客対応に影響が出てしまう。
我が領には現状、各地から商人や学者、ドルイド族といった客が来訪しているので……そちらのことも考える必要がある。
という訳で、屋敷が完成するまでの間、経験確かで有能な数名はホテル、残りの騎士達は下宿という形で対応することになった。
下宿と言っても前世でイメージしていたのとは少し違う、高級民泊とでも言うべきか、部屋を持て余した……部屋を持て余す程の屋敷の所有者がその一部を誰かに貸すという、そんな形となっている。
豪商や豪農、地主や……貴族の愛人、または元愛人などがその下宿を運営している。
……父上や、父方の祖父などなど我が家の男達は、それぞれ結構な数の愛人を抱えていたようで、そういった女性達はアパートなりを所有して下宿などで結構な稼ぎを得ていると、そういうことのようだ。
そういう訳で今日は、そんな下宿の確認のためにと市街地に足を運んでいた。
同行者はフィリップのみ、ライデルは騎士達の教育で忙しく、流石に領内市街地でそこまでしっかりとした護衛は必要ないだろうとの判断での決定だ。
それでも俺に何かがあれば一大事ということで警察官などが積極的に周囲を巡回しているようで、少しだけ物々しい空気となっている。
そんな中、向かうのはターナー夫人という女性……実際には夫人でもなんでもない女性が管理する土地だ。
……父上の元愛人、なんとも顔を合わせにくいその人は、かなりの広大な土地と複数の建物を所有していて、今回下宿先として名乗りを上げてくれている。
大通りから細い路地に入り、少し進むとあるのは商店街の入口にあるようなアーチゲートとそこに吊るされた文字看板『ターナー夫人の広場』を通ると石畳の道がまっすぐに伸びていて、石畳の左右には花壇があり……花壇が途切れた場所には石畳の左右に並び立つ家々の入口がある。
「こういう民家を見ておくことも領主にとっては欠かせないんだろうな。
……ひどく密集していて火災対策が不十分のように見える、市街地の災害対策を後で練り直しておく必要があるだろうな。
特に地震が起きたらどうするんだ、この建物群は……何も無いのに斜めっていたり、壁にヒビが入っていたりで問題があるだろ、これは」
そんな道をゆっくりと進みながらそんな声を上げると、頭の後ろで手を組んだフィリップが左右の家々を見やりながら言葉を返してくる。
「兄貴って災害の中でも火災と震災を変に気にしてるよね? いや、火災の対策はさ、そりゃぁ必要だと思うけど、震災なんて大陸だけの話でしょ?
それよりは厳冬と高潮のがおいらは心配かなぁ、どっちも子供の頃に散々聞かされてきたよ。
薪も食料も尽きる厳冬、皆がただただ凍えて溺れるしかない高潮……兄貴はどっちも対策してくれているけどさ、じーさんやばーさんが覚えているっていう、そっちの方が可能性高いんじゃない?」
「あー……そうだったな、高潮なんかの方が身近なんだったな。
高潮も堤防の整備なんかで出来る限りの対策はしているが、いざ起きたら完璧に防ぐことは難しいだろうなぁ。
他にできることは高台避難先の整備と避難訓練の定着……ああ、それと飛空艇を使っての救助か、それがあったか……。
北海大高潮なんてのは人間に防げるものではないからなぁ、避難の方に力を入れるべきなんだろうなぁ」
北海大高潮……50年程前にあった大災害。
冬の嵐と言われる強烈な低気圧と大潮の日が重なったことで起きたそれは、この国と大陸に凄まじい被害をもたらしたらしい。
この国の犠牲者の数は2000人以上、5万軒以上の家が浸水し、多くの堤防が破壊され、何隻もの漁船や貨物船、客船が沈没した。
これでもまだマシな方で大陸のある国では5000人以上の犠牲者が出た上に家畜が5万頭以上失われ、冬ということもあってその後も影響が出続けたそうだ。
厳冬の方は備蓄を余分にすることで対策出来るが……そこまでの規模の高潮となるとなぁ、前世の技術があったとしてもどこまで防げるのやらなぁ。
前世と違うのは飛空艇の存在だろう、地震だろうが火事だろうが高潮だろうが、空に逃れてしまえば避難が出来る。
後は災害の起きていない地域まで運べば良い訳で……なるほどなぁ。
「飛空艇での避難訓練と、避難用の飛空艇の配備も始めるか。
我が領の災害だけでなく他領他国で災害が起きた際にも活躍が出来るはずで……多くの人々を救えば大きな貸しを押し付けられるかもしれないな」
「そうだね……後はもっと飛空艇の発着所を増やして人口密集を避けるとかかな。
田舎で暮らす方が得みたいな制度があっても良いかもねぇ……人が増えるとどうしても街も汚れるし、良くないよね」
「……そういう意見がフィリップから出てくるとは意外だが、そうだな。
騎士達の話だと王都との経済格差が大きくなっているようだからなぁ……この話が広まれば移住者や出稼ぎ労働者が増えるのだろうし、今のうちから対策をしておいた方が良いかもな。
人口集中を避けることは疫病対策にもなる……疫病に関しては色々対策はしてきたが、更にしておいても損はないだろうしなぁ」
「あんまり人口を減らされてばかりだと商売上がったりなんですけどね」
と、そこで女性の声、俺とフィリップがそちらに視線を向けると、長い白髪を団子状に整えた紫色のドレスの貴婦人の姿がある。
父上と同じくらいの年齢、濃すぎる化粧……そして手には長パイプ、いかにもな佇まいのその女性は、恐らくターナー夫人なんだろうなぁ。
耳や指、首元には綺羅びやかなアクセサリーがあり、あれらを買うだけの稼ぎを下宿大家だけで得るのは難しいだろうなぁ。
「ごきげんよう、ターナー夫人。
騎士達の話は聞いているかな? 早速宿舎の確認をしたいんだが」
俺がそう声をかけると夫人は、パイプを手にしたままではあるが丁寧な一礼をしてきて、騎士達のために用意した宿舎はこちらだと仕草で示してくる。
貴族に対する態度としては問題があるが……父上の愛人という立場を考えると下手に関わりたくはない、そこを問題にして何が得する訳でもないのでスルーして、フィリップと共に示された方へと向かう。
そこには少し古びた木製のドアを構えた縦長の建物があり、白かった壁はかなり薄汚れてしまっていて、パッと見では良い印象はなかったのだが、中に足を踏み入れてみると綺麗に掃除され絵画が飾られた廊下があり、そこを進むと広いリビングが待っていて……外からは想像もできない綺麗な光景が待っていた。
汚れ一つない床や壁、吹き抜けの天井、大きくゆったりと座れるソファがいくつも並び、壁際には飾り付きの柵を構えた螺旋階段。
螺旋階段の先にはホテルのようにいくつものドアが並ぶ廊下があって、そこに複数の寝室が配置されているようだ。
リビングには他にもピアノ、ハープ、綺麗な花と花瓶、豪華そうな絨毯に運動器具まであって下宿というよりは民宿……いや、ちょっとしたホテルと言っても良い。
規模としては全然ホテルではないのだが、この作りだと1軒で5・6人は生活が出来るはずで……共同生活を得意としている騎士達ならばなんとかしてくれるだろう。
共同生活についてのストレスも、綺麗な部屋と設備、後は大家であるターナー夫人の世話があれば多少は緩和されるはずだ。
改めて一階を良く見てみるとリビングの奥にはキッチンやバスルーム、食料貯蔵庫なんかもあって……どうやら一階にそうした生活設備を集中させているらしい。
「これも一つの高潮対策ですね、二階で寝ていれば突然の冷水に飲まれることもありませんから」
と、女性の声、どうやらターナー夫人が俺達を追いかけてきてやってきたようで、更に言葉を続けてくる。
「領主様は気付いていないようですけど、領主様がもたらしてくれた豊かさはこんな風に下々にも浸透しつつあります。
豊かで余裕があって、だからこそこういった商いをしてみようかと思うことが出来ましたし、このように豪華な部屋を用意することが出来ました。
もはや豊かな暮らしは貴族だけのものではありません……何かがあった時にはもう少しだけ下々の者達を頼ってくださいな」
そう言ってターナー夫人はハープ側に置いてあった椅子に座って、見事な手さばきでハープを奏でて見せる。
プロとまでは言わないが、人前で披露するには十分な音色で……その音色に聞き入っていると目ざとく家の中を観察していたらしいフィリップが声をかけてくる。
「絵画も有名な画家のやつ、ワイン棚のワインも高級なのばっかり、下手をすると兄貴のコレクションより良いもの揃いなんじゃない?
兄貴はそこら辺、興味も知識も薄いからなぁ……後はあのピアノもハープも一級品だろうねぇ。
先代が貢いだとしてもここまでは難しいだろうから、言葉の通り豊かさが浸透しつつあるんだろうね」
「……なるほどなぁ、豪商とかになるとこれ以上になる訳か。
貴族の場合は広い土地を使って屋敷を立てて庭にも手をかけてとなるが……市民の中にはこういう豊かさもあるんだな。
ならば市民の力をもう少し借りるのと……贅沢品にも力を入れていくか。
豊かになったのに使い道がないでは困るからな、市場にもテコ入れをするとしよう」
「あ、そういう感じなんだ、市民に余裕があるなら増税を、とか言うのかと思ったよ」
「……俺がそんなことする訳ないと分かっていて言っているだろ?
折角豊かになってきた所に増税なんてしてしまえばトドメを刺すだけだろう。
それよりかはその豊かさで市場を賑わせてもらった方が、細々とした税収があるからなぁ、何倍も税収が上がるはずだ」
「……良いの? いつかは貴族が市民に負ける日が来るかもよ?」
「それで負けるような貴族ならそこまでだったって話だろう」
そもそもとして議会制民主主義に移行しようとしているんだがなぁ……しかしまぁ、その辺りのことはここで言うことではないだろう。
そしてこれだけの家ならば騎士達の当面の宿舎としては問題ないだろう、大家には色々とありはするが……まぁ、うん、そこは騎士達に上手く対処してもらうとしよう。
そういう訳で契約することに決めた俺は、とりあえずハープの演奏が終わるまでは大人しくしているかと、フィリップと二人で静かにその時を待つのだった。
お読みいただきありがとうございました
ターナー夫人は一発キャラでもう登場しないかも?
次回は騎士達のその後とかになります




