森番
視察が終わって通りに出て……少し歩いた所でフィリップが声をかけてくる。
「そう言えばその騎士達は訓練中なんだよね? どんな感じかって報告は来てるの?」
「ああ、ライデルから定期報告が来ている。
とりあえず寝る所がある騎士用宿舎に押し込んでの基礎トレーニングだな。
筋トレ、マラソン、柔軟、障害物走……とまぁ、定番のアレだ。
それすらもまともに完遂出来ないとライデルは愚痴を言っていたが、まぁそのうち出来るようになるだろう。
何しろ俺ですら完遂出来た内容だからなぁ」
「……ああ、アレか。
おいらもやったけど、だいぶキツかったよ? 一ヶ月そこそこで出来ちゃう兄貴が異常なんだってば」
問いの答えを返すとそんなことを言われてしまうが……実際問題大した内容ではない。
何しろ彼らが受けているトレーニングは騎士団入門編、前世の運動部よりはキツいトレーニングかもしれないが、軍隊とかに比べればヌルいと、その程度のレベルとなっている。
それでもフィリップのように苦戦する者が出てしまうのは、こちらの世界には体育の授業がないからだろうなぁ。
子供の頃から当たり前のように叩き込まれていた基礎的な体の動かし方と言うか、自分の体をしっかりと意識して動かすための基礎が出来ていないため、ただ筋肉任せの単純な運動は出来るのだが、器用に体を動かす必要のある障害物走となるとグダグダで……特に網の中を潜り進んだり、壁にかけた網を登ったりする内容となるとライデルですら苦戦してしまっていた。
それでもセンスがある者は数時間から数日で、普通程度でも一ヶ月でもあればクリア出来る内容となっていて……実際フィリップも一ヶ月と少しでクリアしていたはずだ。
特にその頃のフィリップは、栄養状況の悪さから体が出来上がっていなかった時期でもあり、苦戦して当たり前……一ヶ月と少しでクリア出来たことの方が異常と言える。
子供の頃から栄養たっぷりの食事をして、運動もしっかりしている貴族であれば一ヶ月は最低ラインとなるんだろうなぁ。
「……ちなみにあの罵倒とかもやる予定なの?」
「それはもちろん、入門編をクリアしたら中級、そして上級が待っているものだ。
騎士達には訓練中でさえ高給を払っているんだからな、あの程度は受け入れてもらわないとな」
訓練としての罵倒。前世の軍隊のものを模倣しているソレは、映画とかとは少し違う形でやらせている。
個人や個性を罵倒するのではなく、騎士としてチームとしての部分を罵倒し、連携や信頼といった集団としての未熟さを徹底して教え込むような形だ。
……個人的な罵倒となると精神的負荷が強すぎるのと、その後の関係性にも悪影響がありそうで、しかもまだ精神医学が発達していないこちらでやり過ぎるのも良くないだろうと考えての判断だ。
罵倒付きの生存訓練などが中級、そして上級は……。
「中級まではおいらもなんとかなったんだけどねぇ、上級は無理だったなぁ。
……鎧着てゴールがどこか分からない走り込み、鎧着て崖から落下、また落下するための崖登り、鎧着て湖を潜水横断、湖底にはロープや網などのトラップ付き……改めて思い出してみてもさ、兄貴って実は馬鹿なんじゃないの?」
「いや、ちゃんと命の保証はしてあるし、救助チームも待機させているんだから問題ないだろ。
ちなみにそれは上級でも入口でしかないからな、飛空艇からの降下着地、降下着水訓練に、どちらかの鎧が完全に破壊されるまで殴り合う戦闘訓練、海からの上陸訓練。
……それとこれが表には出さないようにしているが、訓練の卒業試験として拷問訓練も行っているな」
「ばーか、ばーか、ばーか!!
おいら下手したらそんなことされてたのかよ!?」
……そこまで酷いことはしていないんだがなぁ、リタイアも認めているし。
実際フィリップはリタイアしている訳で、だからといって冷遇したりはせずに適材適所、その後の面倒もしっかり見てやっている。
拷問も実際に痛めつけたりはしない……移動中の馬車を強盗に扮した騎士団に襲撃させて、立ち上がれない程度に狭い個人用の鉄の檻に押し込んで尋問する……と、程度のものだ。
仲間の場所や砦の位置、秘密や弱点を吐けと迫り、直接怪我をさせるようなことはせずに檻を水に……ギリギリ呼吸が出来る程度の深さに沈めたり、昼夜問わずガンガン鉄棒で叩いたり、逆に何もせずに放置したり、火を熾した炭山の前に置いて熱したり……と、そんな感じになる。
そこまでの訓練を終えている騎士であれば、これも訓練の一部なのだろうと気付くはずだ。
が、だからといって心の底からそうだと信じることは難しく、訓練だとしてもいつ終わるか分からず、立つことも出来ない中で心と体がどんどん弱っていって……それでも仲間を裏切らずに信じられるのかを見極める。
……そこで情報を吐き出してしまったとしても失格にしたりはしない、ただ再訓練を申し付けるだけ。
再訓練を終えてからの拷問訓練はなし、再訓練をしっかり終えられたなら卒業で、特に処分などはないし、相応のボーナスも出す。
そして最後まで耐えきったなら、ライデル他、騎士団の上層部が『救助』に来て助け出し、仲間として迎え入れてくれる。
見事救助された騎士は、将来の上層部……つまりは士官候補生のようなものとなれると、そんな仕組みになっている訳だ。
情報管理も出来ない者を上層部にする訳にはいかないからなぁ……。
だけどもリタイア組を冷遇したりは本当にしない、そこで人材を取りこぼすとかは論外だ。
その後の活躍次第、忠誠次第……実際フィリップはリタイア組だが、上層部以上の情報に触れている訳で、フィリップのようにその後の頑張りで信頼を勝ち取ったならそれで良し。
ただその道は簡単に成し得るものではなく、運が悪ければ機会にすら恵まれないこともあるので分かりやすくて簡単な入口を設けてやっていると、そんな形となる。
そして当然の話ではあるが、俺もその訓練を体験している。
実行役のライデルはドン引きで顔色を悪くしていたが、リーダーが未経験のまま過酷な訓練を押し付けてふんぞり返るなんてのは最悪だろう。
しっかりとクリア基準レベルのものを……一応はやってもらった。
多分だがどこかで手加減は入っていたんだろうとは思う、仕事の関係もあって途中退出もしていたからなぁ……完全に同じとは言えないだろうなぁ。
「……ま、再挑戦したいのならいつでも言ってくれて良い。
クリアしたならそれだけで給料が増えるからな、生涯続く特別手当だ……フィリップの若さなら最終的な金額差はかなりのものとなるぞ」
「ぜーったいイヤ! 今のままでイイ!!
兄貴には十分なお給金もらってるしね~~、多すぎて使い道に困ってるくらいだよ。
新参の騎士もほとんどが同じ考えだと思うよ……まぁ、あの訓練も無駄ではなかったと思ってるけどねぇ。
……今後もあの訓練は続けるんだ?」
「続けると言うか、より洗練させていくつもりだ。
……所詮は素人が考えた付け焼き刃だからなぁ、騎士達のアイデアでどんどん良いものになってくれることを願っているよ。
今のままではいけないだろうからな」
「いや、十分でしょ。
実戦も訓練も何度か見かけたけど、全く問題なかったじゃんか。
兄貴とライデルさんが鍛え上げた軍隊って、声も上げずに妙に良い連携でささっと動いてあっという間に敵を制圧するからさ、無敵でしょ」
「……ドルイド族には惨敗したからなぁ」
「いや、それは……」
「閉所などが多い室内戦で、武器的な有利を取っても惨敗でな、今は良いがいつ対立することになるかは誰にも分からないからな……。
せめてギリギリ敗北とかどうにか鎮圧とか、そのレベルになってもらわないとなぁ。
訓練も戦略も抜本的な見直しが必要になるだろうな」
……前世のそれっぽい軍隊を仕上げてみたが、こちらの世界にしか存在しないドルイドへの対処は不可能で……ただ真似ただけの俺では新しい戦略を考え出すことが出来ない。
そうなったらもうプロに任せるのが一番で、騎士達が自ら洗練させていくしかないのだろう。
「……ドルイドの皆は疲れやすいから、狙うならそこかなぁ。
後は角とか足元も弱そうだよ……角は大事なものらしいから狙うのは気が引けるけど、どうしようもない時はしょうがないかな。
……あとは催涙薬だっけ? 鎧の中にまで入り込むような毒煙を開発させてるんでしょ? あれがあれば息が早く切れるだろうから、鎮圧しやすくなるかもねぇ」
「悪くない案だ、フィリップの名前付きでライデルに提出しておこう。
……フィリップが現役引退したら作戦参謀も悪くないかもな。騎士としての経験も積んでおけば、相当な出世が望めるかもしれないぞ」
「ぜーーったいにイヤだってば! おいらは今の仕事でじゅーぶん!!
こうやって気楽な時間を楽しめる上に、領がどんどん発展していく様子を最前線で眺められるんだからねぇ。
最高の職場ってやつだよ……唯一の不満は食事が質素なことくらいかな」
「贅沢な食事ばかりだと体を壊すぞ」
「いや……兄貴は贅沢しなさ過ぎだよ、家族は結構贅沢してるのにさぁ。
毎日毎日同じような質素な食事でも平気とか、修道院の修道士じゃないんだから……」
と、そんなことを考えながら歩いていると、通りがかった市民の何人かが大慌てで恐縮し、道の端に寄って道を譲ってくる。
中には脱いだ帽子を顔に当ててこちらを見ないようにしている者までいて……余計な苦労をかけさせてしまったらしい。
こういうのを避けるために普段は馬車を使っているのだが、ここは道が狭くてそれも難しい。
仕方ないので偉そうに振る舞いながら、なるべく早くここを立ち去ることにする。
「貴族も大変だねぇ……」
と、小声でフィリップ、そんなことを言いながらもフィリップは数歩下がって小姓のように振る舞い、貴族を演出してくれる。
そうやって馬車の待っている大通りに向かうと、馬車の周囲には人だかり、御者と護衛の両手には大量の荷物があり、馬車の屋根にも結構な荷物が積み上げられている。
……献上品と言えば聞こえは良いが、ようするに差し入れのようなものだ。
まだまだ年齢的に幼いからか、こうやって色々な品を押し付けてくる市民も多い。
結婚後は特にそれが顕著で、奥方に負けない大きな体を、なんてスローガンを掲げている一派までいるらしい。
……年齢の割にはかなり高い身長なんだがなぁ。
自分の畑で採れた野菜、自慢の家畜肉、チーズなどの加工品、焼き立てのパンに料理。
特に女性陣がそうした品を持ってくることが多く……断ってもキリがないので基本的には受け入れるようにしている。
「領主様にはいつまでも元気でいてもらわないと!」
「貧乏人みたいな食事ばっかりじゃ体に悪いんでしょ!!」
「自慢の卵料理の詰め合わせだよ!」
などなど、女性陣の力いっぱいの声が上がっている中、一人の大男がのっしのっしとやってきて、その集団を散らしていく。
「ん? 街中にいるなんて珍しいな」
「あ、ほんとだ、ロビンじゃん」
ドルイドに負けないくらいの大男、2m以上はある巨漢で、質素な布服に革ブーツに革鞄、緑色のマントとフード、どうやって作ったのかも分からないような大弓を肩にかけて、当然ながら矢筒も矢も巨大で、アレで一体何を狩るつもりなのかと思うが……彼が言うには必要なものらしい。
体が大きく力が強く、そこだけを見れば騎士に向いているのだが、如何せん性格が優しすぎるために向いておらず、内向的過ぎることもあって街中での暮らしも難しく……今は俺が所有する森の森番をやってくれている。
そんなに体が大きいんだから騎士になれ、無駄飯ぐらいになるな、なんてことを言われて実家を追い出されてしまい、仕方なしに我が家までやってきて……玄関先で座り込んで号泣していたロビン。
家族の誰も巨漢ではなく、突然変異のように生まれついたとかで……恐らくだが、血筋のどこかにドルイドの血が入っていて、それが影響したのだろうなぁ。
そして家族はそれを知っていて、察していて……だからこそロビンを家から追い出したのだろう。
今ではドルイド族への風当たりはよくなっているが、数年前は全然違ったからなぁ……。
「親分! 親分! 今年は森が元気です! きっとたくさん食料とれます!!」
そんなロビンが大声を張り上げてくる、野太く酒で焼けたかのように喉をゴロゴロと鳴らしてくるが、酒は飲まないんだよなぁ。
……顔も体もゴツゴツとしていて、アゴなんか石材のような角張り方で、堀が深く目が鋭く、茶色の髪は針金のようにボサボサ、豊かな無精髭も蓄えていて油断すると40代に見えてしまうが実際は17歳……俺達と年齢が近い若者。
俺のことを親分と呼び、態度は荒々しく決して頭は悪くないはずなのだが、どうしてなのか頭が悪く見えるような言動をしてしまう。
森が元気と言うのも、俺が教えた森の管理方をしっかり理解した上で完璧に実践、記録なんかも細かく取って報告書を寄越して……言われたことをその通り、完璧過ぎる程に完璧にこなしてくれる悪くない人材だ。
問題があるとするのならどういう訳か自分で一切考えようとしない所で、100%の言いなり……記憶力もちゃんとあって読み書き計算が出来て、だけども自分で考えて行動するということをしてくれない。
ライデルが自我のない忠犬と評したロビンは、余程に管理している森の調子が良いのか、直接報告に来てくれたらしい。
屋敷ではなくここに来たのは……ただの直感か、それとも一旦屋敷に行ってからここまで追跡してきたのか。
足跡、車輪跡、あるいは匂いなどなど、森の中ならまだ分かるが街中であっても完璧な追跡が出来てしまうらしい……森で狼藉を働き街中に逃げ込んだ犯人全員が捕まるか処分されている辺り、ロビンの追跡能力は異常なレベルとなっている。
「そうか、ロビン、よくやってくれたな、森が元気なのはロビンの頑張りのおかげだろう。
ロビンが持ってきてくれる森の品はどれも美味しいからな、楽しみだよ。
……狩りの調子はどうだ? 問題はないか?」
ロビンは森番であり狩人でもある。
健全な森の維持には適度な間引きも必要だと教えた際、優し過ぎるくらいに優しい性格の彼には間引きなんてことは出来ないかもしれないなと思っていたが、実際にはそんなことはなく、積極的に狩りをしてくれている。
俺がそう命じたから、教えたから……それが森のためと信じているから。
そうやって森で暮らすうちに、奪い奪われの森の生命のサイクルを学んでいったようで……その一部となって暮らし、森を守り維持することをその生来の優しさでもって行っているようだ。
森は食料、木材、薬草、水源などの宝庫で、基本的には領主の所有物だ。
領主が許可を出した上で市民に収穫を許すこともあるが、絶対厳禁としている所も多く……そんな森を守らせるために森番を配置している。
しかし俺は森からの収入に興味はなく、どちらかと言うと自然公園的な価値を見出そうとしていて、その維持が出来さえするのなら収穫などを行って良いとの許可を出している。
……つまりはアレだ、市民それぞれが楽しむ程度、この優しいロビンを怒らせない程度なら構わないという訳だ。
欲にまみれて芽を全て摘むとか、過剰な狩りをするとか、勝手に森を切り開くとか、そんなことをしたならロビンはまず間違いなく激怒する上に買収などには絶対に応じない。
森の一部となって生きるロビンだからこそ、その見極めは完璧なはずで……安心して全てを任せることが出来ている。
「大丈夫! 狩りも問題ないよ! 密猟者も問題ない! 全部やっつけるからね!
親分にもらった名前に負けないよう、これからも頑張るよ!!」
……ロビンは親から名前をもらえなかったらしい。
名前すら与えられず奴隷のようにこき使われ、体が大きく育って手に負えないとなったら追い出されてしまった……とかなんとか。
手製の弓矢と手製の緑色に染められた革マントを被ったその姿と、森の近くの出身だからという情報から、なんとなしにロビン・フッドを思い出してしまって、思わず呟いてしまったのが、どういう訳か命名したということになってしまっていた。
その後、俺なりのロビン・フッド像を語ってみせた所、ロビンはそれに少しでも近付こうとしてくれているらしかった。
「ロビン~、元気そうじゃーん。
ちゃんとご飯も食べてるみたいだけどさー、身だしなみがやっぱいまいちだなぁ。
それじゃモテないぞ~~」
そんなロビンのことをフィリップは弟分だと思っているらしく、一番のお気に入りってくらいに気に入っていて妙に仲が良い。
「姉ちゃん、オラはオシャレとか分からねぇもん。
でも番は欲しいなぁ、もうちょっとで森も番の季節なんだよぉ」
そしてロビンはどういう訳だか、フィリップのことを姉として慕っている、姉御とかいうノリではなく実姉のように慕っている。
……ロビンの性教育とかは、フィリップに任せて良いものか迷うが、俺がやるのもアレだしなぁ、任せるしかないんだろうなぁ。
ともあれ、アレだ、話の続きは屋敷でするかとそう考えて……ロビンにそう声をかけた上で馬車に乗り込み、ロビンという護衛を加えた状態で屋敷へと向かうのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はロビンやらドルイド族やらの予定です




