人手不足
笑顔の後にエレナ婆からこんな言葉があった。
「そう言えば叔父様のこと、御本人やお噂から聞き及んでおります。
……叔父上をどう送り出したものかお悩みであるなら、我々が助力いたしますよ」
「……はい?」
それは全く予想外の言葉で、思わずそう聞き返すことになり……するとエレナ婆は更なる笑顔である提案をしてくれた。
確かに叔父上の対処には悩む部分があり、それが上手くいくのならありがたいばかりだが、本当に上手くいくかがなんとも言えず躊躇してしまっていたが、試してみても損する話ではないとなって、試してもらうことになった。
エレナ婆が取り仕切る形で何人かの女性が協力してくれて、結果がどうあれ報酬を支払うことを約束し……そうしてその日はそのまま帰宅することになり、数日後。
……ものの見事にエレナ婆の作戦が成功し、叔父上は大陸行きを快諾、もうすぐにでも出立したいということで、準備を整えた飛空艇を前にして叔父上の見送りが行われることになった。
「いやぁ、色々と支度整えてもらっちまって、悪かったな、ブライト」
「いえ、まぁ……兄上の下に行ってくださるのですから、このくらいは当然ですよ。
落ち着いたとは言え戦地は戦地です、十分に気をつけてください。
必要な物資なども連絡があれば送らせていただきます……ご武運を」
と、俺がそう言うと叔父上は、ニカリと輝く笑顔を見せてくる。
見送り側は俺、コーデリアさん、姉上、母上、プルミア、それぞれの護衛。
見送られる側は叔父上、女性、女性、女性。
……うん、つまりエレナ婆の作戦とはシンプルに言うのならハニートラップだった。
叔父上を繁華街の店に呼び出し、そこで叔父上とお近付きになりたいという女性達に歓待させ、おだててその勢いのまま大陸に行かせようという訳だ。
俺が強制することや、半ば囚人のように送りつけることも出来たのだけど、それで叔父上の恨みを買うと何をされるかが分からず、兄上にとってもリスクのある話となるので、どうしたものかと思っていたのだけど……いやはや、まさかあっさりハニートラップで落ちてしまうとなぁ。
我が叔父ながら色々と不安になってしまう。
こんなのを兄上の下に送り込んでしまって本当に良いのかと思ってしまう部分もあったのだけど、そこら辺は叔父上の両腕に絡みつく女性達がなんとかしてくれるらしい。
女性達はエレナ婆に強制されたとかではなく、自ら名乗り出て今回の作戦に参加してくれていた。
参加するだけで十分な報酬が出る上に、上手くいけば叔父上と結婚出来るか愛人になれるかする訳で、仮になんらかのトラブルがあって戻ってきたとしてもある程度の保障はすると伝えてあるので、むしろ前のめり過ぎる程だったそうだ。
……まぁ、貴族との縁を結べるチャンスと思えば、アリなんだろうか?
そうやって叔父上とくっついた女性は三人、いずれも叶えたい夢があるとかで、叔父上はそのための踏み台……ということらしい。
踏み台だからと言って愛情がない訳ではなく、使い捨てにするつもりとかでもないようなので……まぁ、それなら良いかと考えている。
と、言うかアレだ、あの年齢あの立場でハニートラップに引っかかっている方がアレなので、叔父上に関してはどんな目に遭ったとしても同情しなくて良いと思う。
「……最後の確認だけど、向こうで戦果を上げたら領地をもらえんだよな?」
「えぇ、兄上にもその点についての確認は行っています、ウィルバートフォース家の当主としてお約束します」
「その場合の支援も期待して良いのか?」
「無制限にと言われたら困りますが、叔父上の領地の安定は兄上のためでもありますので、相応の支援はさせていただくつもりです」
「よぅっし、お前がそう言ってくれんのなら安心だ。
実際お前は嘘は言わねぇからなぁ……だから他の連中もついてくるんだろうな。
……もちろんちゃんと領地が安定した時には借りは返すからよ、楽しみにしといてくれや!」
と、そう言って叔父上は飛空艇へと向かっていく。
「ご武運を」
そう言って胸に手を当て敬意を示し……女性達は何も言わないが自分達に任せてくれと、自信満々な顔をこちらに見せてから、叔父上に何かを語りかけ、叔父上の気持ちを更に盛り上げていく。
そうして飛空艇が飛び立って……それが見えなくなるまで見送った俺は、やれやれとため息を吐き出してから屋敷に戻るために馬車へと足を向ける。
その際に見えた表情は……コーデリアさんはいつもの通り、まぁ特に思う所はないのだろう。
母上はなんとも嫌そうな表情をしていて……父上の似たような状況を見たことがあるのかもなぁ。
姉上も少しだけ嫌そう……と、言うか不満そうな表情をしていたがすぐにいつもの微笑みを取り戻していて、そしてプルミアはなんとも頭を抱えたくなることに満面の笑みだった。
嬉しいとか面白いことがあったとかではないように見える、そういった表情と言うよりもワクワクしているようで……馬車に移動する途中、プルミアに声をかける。
「大陸には行かせないし、領地も与えないからな。兄上もきっとそんな真似はお許しにならないだろう」
そんな俺の言葉を受けてプルミアは大口を開けての絶望顔という、令嬢にあるまじき表情を見せてくる。
慌てたジェミィとロック、メイド達がどうにかしようとするが、結局馬車までそのままで……全く、なんてことを考えているんだか。
と、言うか領地経営がしたいのならこっちでやれば良いのになぁ……そのための領地ならどうとでも都合出来るんだが……。
離れてはいるが、いくつかの島も得たことだしなぁ……まぁ、プルミアのことだ、大陸という未知の世界での冒険に憧れてしまっているのだろう。
実際は未知でもなんでもない、人々が住まう普通の世界なんだが……。
と、そんなことを考えながら母上達とは別の馬車に乗り込み、帰路につく。
屋敷についたならコーデリアさんをエスコートしながら中に入り……入ったならコーデリアさん達とは別れて執務室へ。
それから溜まっている仕事を片付けていく。
叔父上を送り出したことで騒動は全て解決……とも行かない。
叔父上が連れてきた連中のこともあるし、戦車のこともある、助力頂いた司教様のこともあるから……相応に忙しい。
そこらが片付けば叔父上による襲撃について、王家にも問い合わせるという本番も待っているので、まぁ、悪くはない気分だ。
戦車が手に入ったこともそれなりに利のあることだった。
王都の技術レベルを知ることが出来たし、滅茶苦茶なあの作りは博士にとっても良い刺激になったようだ。
そりゃそうやれば可能かもしれないけど、常識があればやらないだろ……と、そんな仕組みが山盛りで、よくもまぁここまで無事にやって来られたものだと感心する程の造りとなっているようだ。
……後は、博士も驚くような技術も一部だが使われていたらしい。
発想が突飛と言うか、先進的と言うか……普通の学者や技術者が思いつくようなものではないんだとか。
その辺りはまだ調査中で、追々博士が報告書を上げてくれるそうだ……その際に、どういった部分が特異なのかも説明をしてくれることになっている。
……ソレに関してはなんとなくだが王太子が考え出したもののような気がするなぁ。
そんな突飛な新技術、いきなり採用されるとも思えないし、王太子辺りがゴリ押しした可能性が高い気もする。
……まぁ、その辺りも含めて博士の報告書待ちだ。
司教様に関しては礼状を送っていて……また折を見て挨拶をしたら問題はないだろう。
残る問題は叔父上と一緒に攻撃を仕掛けた連中……騎士達。
彼らの処遇をどうするかということだった。
今回の件に関して彼らに責任はないと考えているし、責める気もない。
ただ任務に従っただけで……正当性がなく悪評に晒され、得るもののない命令に従い、最後まで逃げ出さなかった忠実さはむしろ褒めてやるべきことだろう。
……だからと言って何もなしで釈放という訳にはいかない、何しろ攻撃はされている訳だからなぁ。
だからとりあえずは捕虜ということにしている……だが叔父上に従った者達でもあるので、それ相応のホテルを用意し、悪くはない待遇としている。
本人達から今のところは文句はなく、むしろ感謝をしてくれているのか感謝状が届いたりもしている。
「雇い入れましょう」
執務机で書類を手に取り確認していると、いつの間にか執務室に入ってきたらしいバトラーからそんな声が上がる。
「……理由を聞いても良いか? 反対はしないが王都の騎士を勝手に雇うなんてのはリスクがあるだろう?
そもそも家族を残して来ているんだろうし、頷く者なんて僅かなんじゃないのか?」
俺がそう返すとバトラーは頷いてから執務机の前までやってきて、力強い言葉を返してくる。
「以前から薄々感じていたことではあるのですが、人手が足りません。
領地が広がっただけでなく、様々な改革や新事業でとにかく人手不足です。
平民の移住者ですら諸手を上げて歓迎する現状、どんな背景があろうとも騎士を逃すことは出来ません。
幸いにして騎士の何人かは悪評のあまりに離縁されたりしております、その辺りを突いて高待遇を提示することで雇い入れてしまいましょう」
「……そんなにか?」
「ブライト様の福祉、経済政策のおかげで病が減り、病死者が減り、出産数が増えて人口自体は増えています。
子供達が成長したならいずれは人手不足も解消するでしょうが……様々な改革を進めた歪がここに来て表出しつつあるようです。
今報告書をまとめていますが、各所からも人手不足についての陳情が上がっています。
いっそ隣領にまで手を出したい程です。
揉め事があった北と南、どちらも併合してしまってもよろしいのでは?」
……そんなにか。
バトラーは普段、そこまで突っ込んだことは言ってこない。ましてや隣領に手を出せなんて過激なこと、あり得ない発言と言って良いだろう。
つまりはそれだけ追い詰められているということで……完全に崩壊する前に手を打っておくべきなのだろうな。
「……分かった、今回騒動を起こした騎士の中から希望する者がいれば雇い入れよう。
そして北と南に関しても手を打っておく。
ただし領地には手を出さない、出す価値がないからな……だから求人広告を出すだけにしておこう。
北と南の新聞社に金を払って我が領では移住を歓迎していて、高待遇を約束すると、そういう広告を出す。
それで何人かは移住者が来てくれるはずだ、法にも触れていないから問題にもなりにくいだろう」
法に触れていないというか、まだその辺りを規制する法律がないだけと言うか……とにかく合法ではある。
合法だと言ってそんな真似をしたなら当然抗議があって、場合によっては裁判や戦争なんてことになる訳だが、北も南もそんなことを言う余裕はないはずだ。
今は立て直しやら何やらで忙しいはず……タイミングとしても悪くはないだろう。
「……分かりました、その方向で手を打っておきます。
……後はドルイド族の方からも移住者を募ることは出来ないでしょうか?
こと力仕事において彼らの存在は圧倒的です、そういった仕事を彼らに任せることで人材を他に回すことが出来ます。
仕事を奪われたと反発する者もいるかもしれませんが、それ以上の利があるはずです」
「分かった、コーデリアさんに相談しておこう。
ただしそちらは強引な手には使えないぞ、待遇にも十分気を使う必要がある。
その辺りもまたコーデリアさんと相談すべきだろうな……大人数を引っ張りたいのなら専用の家具を揃えた専用宿舎くらいは必要かもな」
と、俺がそう返すとバトラーは頷いて、その通りにしますと言って行動を開始する。
それから数日後、求人広告が出されることになり、同じ頃に捕虜の騎士達への勧誘が行われた。
そして……、
「騎士全員の雇用が完了しました、手続きが終わりましたらブライト様へのお目通りをお願いする予定です。
その際には一人一人への声掛けをお願いします」
との報告を受けることになり、まさかそんなことになるとは思ってもいなかった俺は、しばらくの間、呆然としてしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は騎士やら何やらです
そろそろ更新ペースを戻せたら……良いなぁとは




