〘九十七話〙認めたくない事態とミーアの悲しみ
汚かった海も都市部から離れていくにつれ、ましになっていってくれたのでホッと一安心のスライム娘――、いや、今の姿を娘と言っていいか至極疑問ではありますが、まぁ細かいことは置いておいて。
今は人の姿をしていない、時々可愛らしいスライム娘ミーア、見た目十歳です!
夜明け前に海に入り、大きく突き出た半島を越えてからはひたすら岸沿いを北上していくようなイメージで突き進んできたわけですが、いったい今はどのあたりまで来ているのでしょう?
スマホを使えればアプリで位置や時間とか確認出来るのでしょうけれど、さすがにあれを持ってくることは憚られました。あんなの持ってきたら色々情報だだ漏れになってしまうのは目に見えてますから。まぁそれ以前に私が茅野さんの部屋でネット使って色々調べてたことだって筒抜けになってるに違いないのです。
けれどそんなの気にしてたら情報社会である現代では何も出来ないのです。調べるなら好きにすればいいです。
邪魔できるものならやってみろ!
ってなものです。
自重しない私に敵は居ないのです!
ただし、それは魔力が潤沢にあれば……の話ですが。
そういえば三精霊たちはどこに行ったのでしょう?
空を飛んでる間は付かず離れずで側にいましたが、海に入った時点で離ればなれの行方知れずです。
まぁ腐っても異世界の火、水、風の大精霊たちなのです。
はぐれてもどうとでもなる……、でしょう?
***
たまには外の様子を見てみようと海面にぷかりと浮かび、周囲の様子を窺えば、お日様が西に傾き出しています。あと二時間もすれば日が沈むでしょう。ここまでどれくらい進んだのか知るすべがありませんが、少なくともその辺の船よりは早い速度で移動してきたのは間違いないです。
そろそろ目的地近くまで到達していると思うのですがどうでしょう?
私はスライムセンサーを広範囲に広げ、魔力、まぁ今は放射線なわけですが、その残滓となるものを探ります。
日本の原発は環境にうるさい世間の圧力に見事に応え、放射性廃棄物は極力抑えて排出しているはずですが、どうあがいたってゼロには出来ないのですから。
半身を水中に沈め、移動速度も極力落として外の様子を確認しつつ、周囲の探知を続けます。
そうして海を進みつつ、お日様が水平線に届こうかという時間。
「みつけたっ!」
ついにその反応を探り当てました!
急ぎ海中に身を沈め、かすかに掴んだその反応のもとへと全速でもって突き進みます。
くふふっ、これでようやく魔力確保できます。ここまでほんと長かったです。魔力を得るのにこんなに苦労をしなきゃいけないなんて……、ほんとあのクソ女神のせいでとんだ苦労させられます。
いや、そりゃね、現代日本に帰ってこれたのも嬉しくないわけじゃないですけれども!
それでも帰り方というかね。
スライム体のまま戻すなよっ!
現代日本にですよ、ミーアの体があるとはいえスライム体のまま放り込まれてですよ、どう生活していけばいいんですか? って話です。
この日本で、人と関われない、仙人みたいな暮らしを私はしたいとはぜぇ~ったい、思いません!
はっ。
こんなところで熱くなってどうするんですか、私。
いけません、いけません。クソ女神のことを考えるとどうしても気持ちが昂ってしまいます。
落ち着け私、自重自重。
私が女神に憤慨している間にも、どんどん反応は大きくなってきています。様子を窺うため再び海面へと体を浮かせます。
おおっ、もう遠目からでも大きな発電施設があることが確認できます。
防波堤っぽいのがにょきにょきと施設前の海を抱え込むように伸びていて、その袂に白い壁の大きな建物が幾棟も建ち並んで見えます。合間合間に高い塔がそびえ立っていて、いかにも発電所って様相を呈しています。
うんうん、前世でもTVの報道とかでよく見た光景です。
さてあそこにどうやって侵入するか、ですが。
そんなの決まってます。
どうして海から来たのって話にも繋がりますが、もちろん移動が楽だっていうのが一番の理由な訳ですが、副次的に排水口経由からの侵入にそのまま移行できるってこともあったのです。
ミーアはちゃんと先のことを考えて行動できるすごいやつなのです!
だてに前世でうだつが上がらない中年サラリーマンしてたわけじゃないのですよ。
ん? なんか全然すごくない……。
ま、いいや。
さあ、早速侵入しよう! とスライム体をまたも水中に沈めようとした矢先、私のスライムセンサーがやたらでっかい魔力を感知しました。
急に反応が現れたのですが。
これほどの反応、どうして今まで気付けなかったのでしょう?
っていうか、なんでこの日本近海で魔力反応?
そりゃもう私は大困惑、大混乱です。
何しろ日本どころかこの地球上に魔力を持つ生き物とか居るはずないんですから!
そりゃあ私だって地球全て遍く確認したわけじゃありませし、絶対なんて言っちゃいけないのかもしれないですけど、ほぼ間違いなく居ませんよね?
なんてウダウダ考えてる間にもその反応は私に向かい急接近してきます。反応は水中からで、スライム的第六感がとてもとてもヤバい感を私に警告してきます。
何しろ魔力反応の大きさが半端ないです。
少なくとも今の私が脅威を感じるほどの魔力量です。
ま、マジですか……。
このまま水中に居ることに危機感を覚えた私はすかさずミーアの姿に変態し、同時に翅を展開し海中から一気に空へと躍り出ます。
さらに飛び出た勢いそのままに高度を取り、自分が飛び出したばかりの海面を注視します。
空中に出たというのに未だ魔力は感知できているというか、さっきよりさらに分かりやすいというか、もう肌で感じとれるレベルになってきました。
「これもう、なんかヤバいんですけど! っていうか、この魔力の質、私知ってるんですけどっ?」
誰かに聞いてもらえるわけでもないのに、私はそう喚き散らさないとやってられない心境です。そう、この魔力の質、私はいやというほど知っています。
知っているというかこの魔力は私にとって日本に来る切っ掛けとなった因縁の相手――。
「災禍の凶龍!」
いやマジ、まさかの奴が海中から空中に居る私に向かい、海を割り辺り一帯にしぶきをまき散らしながら飛び出してきました。
現れたのは特徴的な三本の長い首。
海面から伸びる首の長さはそこいらの高層マンションくらいありそうです。
「んんっ? 大きさがあちらで見た時より明らかに小さいです。それに、なんだかちょっと……」
魔力量にビビッて思わず空中に逃げ、いえ、飛び上がってしまいましたが、あちらでの凶龍と比べればあまり凶悪な雰囲気が感じ取れません。以前は体中からおびただしい魔滓が感じ取れ、口からはそれが溢れ出ていたものですが、それもない感じです。
感じ取れる魔力の質は間違いなく凶龍のものですが、脅威度としては案外低い印象です。
凶龍の赤、青、緑色をした三つ首が上空にいる私を確認すると、その顎を私に向け大きく開きました。その頭の様相も以前に比べれば随分大人しいというか凶悪感が薄れ、すっきりした西洋ドラゴン風の面持ちが強く出た感じになり、東洋ドラゴン風味であるひげもじゃ感もほぼありません。
なんて少ない時間の中で考えてみたものの、こちらに害意を向けていることに変わりはありません。三つ頭それぞれ開いた顎から、相変わらず溜めもくそもない、いきなりの三属性ブレス攻撃を放ってきました。
「うっわ。いきなり三つ頭同時だなんて、もう!」
私は愚痴りながらもヒラヒラと軽快にそれをよけ、直撃から逃れます。雷撃が含まれているので、逃げるにしても気を使います。
けれどやつらの動作が緩慢なこともあり当たる気はしません。見た目もそうですが、どうやら相手もまだまだ本調子ではない模様です。
各属性のブレスを放った凶龍は、それを逃れた私の行方を確認すると、こちらに首を向け睨んできます。
う~ん、首から下、胴体とかどうなってるんでしょう?
以前の凶龍なら、魔滓をまき散らすドラゴンヘッドイソギンチャク風襟巻をしていて、しかもその下は結局確認できず終いだったわけですが……。今のところ襟巻は確認できないし、そういう所からもまだまだ完全体とは程遠いように思えます。
「あれってやっぱ、あの三精霊たちがまた……、ってことなの、かな」
考えたくはありませんが、先ほどの三属性ブレスといい、体色といい、そもそも災禍の凶龍の拠り所となったのはあの三精霊であったです。
この地球であれが出たとなれば――、
そういうことなのです。
「……バカ精霊。せっかく解放してあげたっていうのに、またこうなっちゃうなんて……、ほんと――」
私は未だ決して多くはないスライム体を左右にめいっぱい広げた両腕からずりゅりと引き出し、そのまま海面から私に向かって突き出ている三つの首を覆いつくさんと放射状に広げながら落とします。
普通ならそれを避けようとする動きを見せるはずですが、どうしたことか凶龍はその場から動く様子が見られません。いえ、違いますね。よく見ればその体が小刻みに震えていることがわかります。
精霊たち……。
もしかして抗っているの?
凶龍の内面を私は知る由もありませんし、待ってあげるほどのお人よしでもありません。
両腕から放たれたスライム体は、夜空に打ち上げられた大輪の花火がしだれ落ちるかの如く、凶龍の三本の首に覆い被さっていきます。
凶龍の三つ首と目が合います。
その目からはすでに狂気は感じ取れず、ただ寂しさだけが伝わってきました。
「だったらどうして?」
そう思わずにはいられません。
一緒に行動してた時だって、悪意や狂気を感じたことは一度たりともありませんでした。
感じられたのはただただ、穢れのない好意。ただそれだけ。
間違いなく懐いてくれていました。
「なのに、なぜ?」
スライム体は三つ首を完全に覆いつくし、更に海中にある本体にもその範囲を広げながら浸透していき、魔力を奪い取っていきます。
凶龍がまだ以前の状態とは程遠いことから、今の私でも何とか対処しきれました。何より、そもそも抵抗らしき抵抗は最初のブレスだけでした……。
この魔力の源は、きっと私より先に発電所に到着した精霊たちが放射線を存分に吸収した結果得たものなのでしょう。私以外に存在を認識しえない三精霊ならば、私なんかよりもいっそう簡単にその行為に及べたことでしょう。
「くっそ~!」
私はどこにぶつけたらいいのかわからない憤りを空に向けて叫びました。
そんな空に浮かぶ私の下、魔力を奪われすでに海中にその身を沈めた凶龍は、とうとうその巨体を維持することも出来なくなり、ボロボロと崩壊しだしました。
以前の凶龍はその魔力、というか魔滓を吸い出すのに七日以上かかりました。それに比べればいかに今回の凶龍の脅威度が低かったかということがわかります。
「三精霊だけでこんなことになるなんて……、そんなこと絶対、あるわけ、ない」
崩壊した凶龍の体。
包み込んでいたスライム体の包囲網の中には何もありません。
体組織も何も残らない完全な崩壊――。
そもそも異世界での、きっと魔獣をベースにしたのであろう凶龍とは違い、物理的な存在ではなかったのだと思います。
だから魔力がなくなった凶龍は跡形もなく消え去ってしまった。
そして――、
三精霊の存在すら……、そこには無かったのでした。




