〘九十八話〙ありえない状況
――発電所安全管理部にて――
「部長! そ、外、外見てくださいっ、外っ!」
構内の外回りを巡回中の一人から無線連絡が入ってきたのを皮切りに、他の人員たちからも慌てた声で同じような内容の報告がひっきりなしに入ってくる。
「何なんだ、いったい?」
俺もそうだが、周りで事務処理をしていた数名もその無線連絡につられ、興味深げに窓際へと歩み寄る。
「少し沖の方です! あれヤバイ、ヤバいですって!」
無線は相変わらず、続々入ってきていてスピーカーからのがなり声が非常にうるさい。
「うわっ、マジあれ?」
「と、特撮? 怪獣映画の撮影?」
「海の沖のほうで、しかもあんなバカでかい実物大の特撮撮影なんてあってたまるかよ、ありえないだろ!」
窓から外を見た安全管理部の部下たちが、驚きの声音で矢継ぎ早に感想を出し、ああだこうだと意見を言い合っている。
「あれは現実なのか? ううむ、し、信じられん……。俺は白昼夢でも見ているのか?」
「部長! みんな一緒に見てるんです、夢じゃないですって! ど、どうしましょう、あれっ」
皆、揃いも揃って浮足立ち、俺の方を見てくる。
どうしましょうと聞かれても、我々であんなものをどうにかしようもないだろ……、というのが本音だ。だが、俺の立場上そんなことを口にするわけにもいかない。
そういえば朝一で県警の方から、『原子炉周りの施設警備に不備がないよう、より一層の警戒をしてほしい――』なんて、よくわからない通達が来ていたが、まさかあれのことってわけではないよな?
俺は背中に嫌な汗をかきながら西の空が夕焼けに染まる窓の先、海岸沖に見える現実離れした光景を見つめる。
五十メートルをゆうに超えそうな巨大な生き物が、海面からその首を伸ばしている。そう、首だ。しかもそれは三叉に別れ、それぞれに恐ろし気な頭がついている。
その見た目はありていに言えば、竜。三つ首のドラゴンだ。首から下は海に沈んでいて、その様子を確認することは出来ない。
信じられん……、いや、信じたくない。
ドラゴンなんて空想上の生き物だろ!
ここは現実。アニメや漫画の世界じゃないんだぞ、ありえないだろ!
「と、とりあえずこのことを警察に連絡。総務部も当然把握していると思うが、誰か連絡入れたか? しょ、消防にも通報した方がいいのか? 自衛隊に出動してもらうにはどうしたら――」
相当混乱しているのは自分でも自覚しているが、こんな状況、落ち着ける方がおかしい。
「あっ! なにあれ? えっと……、周りに何か小さいものが飛んでます。うっそぉ、羽が生えた女の子みたいに見えるんだけど……、ええっ?」
双眼鏡を持ち出して外の様子を見ていた部下が、俺の言葉に被せるようにして叫ぶ。
「っていうか、あの子裸、まっぱじゃないか? なんなのあれ。天使かなにか?」
「うわ、裸ロリ天使!」
「スマホであれ撮れるかな? つうか、ちょっと遠すぎて無理か~」
「うわ、やっべ! ドラゴン口からなんか放った! まじ怪獣みてぇ。あんなの女の子大丈夫なのか?」
「あれこっちにきたらマジやばくない?」
皆がもう好き勝手に騒ぎ出し、収集がつかなくなってきている。
窓から見えるその様子はまさに怪獣映画を彷彿とさせるような状況を呈していて、俺はもう言葉が出ない。
構内の無線も相変わらずお祭り状態で、対応している担当者が泣きそうな顔でこちらを見てくる。
とりあえず、今すぐこちらがどうこうなる事態ではないが、さりとて楽観できる状況でもない。
部下たちが騒ぎまくってるせいで逆に俺は冷静になってきた。部長の俺がしっかりしなくてどうする。
数時間前に発電部の廃棄物管理課から、使用済み核燃料貯蔵プールの放射線量が異常に低下し、水温の低下も見られるとの一報も入ってきていて、それについての状況連絡会議にも出なきゃいけない。
まぁ、そんな会議やってる余裕がこの後あるのかどうかわからんが。
色々なことが短い時間の間に起きている。
四の五の騒いでもどうしようもなく、順番にやれることをやるしかないが……。
「あっ!」
「なんだあれ、半透明のキラキラした膜? みたいなのが両腕からどば~って……、つか、めちゃ広がってでかくなって……おおっ、ドラゴンを覆ってくぞ!」
「なんだか綺麗~」
「ほんとだ~」
「完全に包み込んじまったぞ、すっげ!」
ドラゴンと羽の生えた少女? の状況に驚くような変化が起こったようで、部下たちが大騒ぎしている。発電所内各部署からの連絡や、外回りの部下たちへの対応に追われていた俺も、それにつられて外を見る。
部下が俺にも双眼鏡を用意してくれていたので、その様子がよく確認出来る。
「見ろ、崩れてくぞ!」
「え、ドラゴンもうおしまい?」
「おいおいおいおい~、あれって、女の子がなんかしたって理解でいいのかよ?」
「あの膜がなんかやったのか?」
「ドラゴン消えていくね~」
「もうちょっと見てみたかった気もするなぁ」
「ちょっと~、そんなこと冗談でも言わないでよっ」
部下たちも気が緩んだのか、会話にも余裕が出てきたな。
俺は刻々と変化する状況に、正直ついていくことが出来てないが……。
遠くから見ていてもわかる、巨大なドラゴンのような怪物。それがボロボロと崩壊するように崩れ落ち、我々の前から消え去りつつある。
「こ、これは……、とりあえず重大な危機は去ったと考えていいのか? 総務部の方で緊急事態に対処する動きをとっているかもしれん、至急確認をとらなければならないな」
あれほど現実離れした恐ろしい光景を見せていた外の様子は、一見穏やかさを取り戻したかのように見える。
ただ、今までの出来事が嘘でなかったことを証明するかのように、羽の生えた幼い少女? が、力の抜けた様子で空に浮かぶ姿があり、沈む夕日を受け、淡く輝く半透明な羽と共に寂し気な様子が妙に印象に残る。
そんな感傷的な感想はともかく、あれが今後どう動くのか?
まだまだ予断を許さない。
このまま何もなく済んでくれるといいのだが――。
***
まさかの凶龍の魔力を得たことで私の魔力量は爆上がりしました。
代わりに三精霊の存在……が、代償となってしまいましたけど。
得た魔力は早速スライム体増殖へと割り当てさせてもらっていますが、それでもまだ元の世界に戻るための魔力量としては足りません。どれだけ転移のために魔力が必要なんだって話ですが、足りないのなら足せばいいだけの話です。
予想外の出来事で大量の魔力を得られたとはいえ、元々ここへは自ら魔力を得るために来たのですから予定を粛々と進めるだけのことです。
さすがにあれだけ派手にドンパチやるとあっちからも見られてしまったようで、ちょっと発電所周辺が騒がしくなっています。増量の成果で感度の上がったスライムセンサーにビンビン反応が上がってきます。
ですが、まぁ気にしないで突入してしまうことにしましょう。
とは言ってもわざわざ目立つ必要はありません。余裕ができたので飛びながらの光学迷彩だって余裕! もう水中には戻らず、姿を消しつつこのまま飛んでいっちゃいましょう。
夜の帳が下りると共に私は発電所の施設内に堂々と降り立ちました。当初は水中から排水口とか通ってこっそり侵入しようかと思っていたのですけれど、あれだけ騒いだ後です。もうどうでもよくなってしまいました。
手早く済ませ、おしまいにしたいと思います。
とは言っても光学迷彩をやめたりするほどの目立ちたがりでもありませんけれどね。
見つかったら見つかった時。
見つからなかったらラッキー。
そんな心づもりで行きたいと思う、魔力モリモリになったスライム娘、ミーア十歳です。
目指すは原子炉!
もうダイレクトにそこを目指します。
使用済み核燃料貯蔵プール、なんなら排水からでも吸収は可能でしょうけれど、もうそんなまどろっこしいことはいいです。
場所はネットでも大体わかってますが、それ以上にスライムセンサーからくる魔力、いえ、放射線反応でいやでもわかります。
行きましょう。
***
――発電所発電部にて――
「おい、これどう思う? なんで急にこんなこと……」
「そっちもか? こちらもちょっと変なんだ」
「どうしました? 私語は控えて、すぐ報告しなさい」
部下たちが計器を見ながら議論を始めている。少々緊張感に欠けているように思え、私は苦虫を潰したような気持になる。つい先ほど、発電所前の海岸沖でまか不思議な出来事が起こったばかりだというのに……。
「あ、はい、すみません。たった今ですが、原子炉炉心の放射線量の減少、あと、それに伴う若干の水温低下が認められましてですね……」
「こちらは、蒸気圧力がわずかながら脈動を示し、不安定になってきています。今のところ発電出力に影響が出るには至っていませんが、このままだと……」
なんですって!
「それは悠長に議論している問題ではないでしょう! 私は関係各部署に連絡を入れますから、君たちも早急に原因を究明しなさい。緊急停止する事態になってからでは遅い。だが場合によっては――」
「なんだあれ!」
「うそ、だろ?」
「冗談きつすぎ……」
な、何です?
みんな急にどうしたのです?
皆の視線は一点に集中しています。そこは原子炉の様子を見るためのモニターが並んでいます。
私もそれにつられそちらを見ます。
皆が皆、その光景を見て絶句し、その場の空気が凍り付きました。当然のごとく、私もその中の一人。
「あ、あり、えない……」
原子炉を収めている原子炉圧力容器。
それが収められている原子炉格納容器。
それらは運転時に外部から人が入れるところでは決してないのです。入るにしたって、それに至るまでにいったいどれほどの段取りと時間、それに予算が必要であることか。
そもそも原子炉建屋内に入られている時点で論外なのですが、それ以前に、人が、生きている人間が、容器内の圧力抑制プール内にいるという状況。そんなことはあってはならず、実際問題としてあるはずもないことなのです。
その絶対あるはずのない状況に私、そしてその場にいる全員が言葉を失ってしまう。
そんな場所にいる子供。
小さな女の子は、青白く見える透き通った水で満たされたプール内にその身を置き、長い髪を水中にゆらめかせながらも原子炉圧力容器にその細い腕を伸ばし、手のひらを容器外郭に添えたまま微動だにしません。
「ど、どうして……、どうやってあんな小さな子供が、そ、そんなところに……」
私は、かすれた声でそう絞り出すのがやっとなのでした。




