〘八十四話〙ミーア、過去の自分と対面する
今わかる範囲での状況確認を終えたところで、私は自分自身……、スライム体の現状についても確認していきたいと思います。
ここ日本に強制転移させられたスライム体は、このミーアボディに浸透している分と、凶龍を倒す際に謎空間から大放出したとき、出し切らず残っていた分だけです。
残りは全部、あちらの世界。
湖に残してきた分とか、アールヴの村周囲の把握のため適当にばらまいた分とかがありますが、その量だってたかが知れていますし、さすがに異世界のスライム体とは連携しようがありません。
ということで、今現在すべてを足してもせいぜい1DKのアパートの部屋を埋めるくらいの量でしかありません。
なんて大幅減量……。喪失感がひどい。
凶龍の魔滓を吸収した大部分のスライム体は、あの状況で虹色魔石を用意出来るわけもなく……、私と離れてしまったからには残念ながらいずれ死滅してしまうでしょう。
それ以外の虹色魔石と共にあるスライム体については、何もなければ死滅せず半永久的に任せた仕事を続けてくれるはずですが。
それにしても女神のやつ。
私にずっと浄化作業をさせなくて良かったのかしらん?
それとも私じゃ役立たずだとでも思った?
もしそうなら、マジそんなこと知るか! と、あんたの方こそちゃんと、仕事しろと。説明は考えを共有するためには必要不可欠。それが出来てないあんたこそ無能なんだからね!
まぁ凶龍を滅したからには当分の間は大丈夫なのかもしれませんけど……。
向こうに残ったスライム体で浄化できる範囲はせいぜい湖とアールヴの村周辺くらいのものです。っていうか、いまさら私が向こうの世界の心配をしてやる義理はないですけれど。
…………。
「でも、アンヌのことは心配です……」
ああもう、あっちのことはひとまず置いておこう。
そうそう。
変化と言えばこれもそうです。
「あー、あー、あいうえお。かきくけこ。いろはにほへとちりぬるを~」
ミーアの口で話すとき、全然ろれつが回らず苦労してたお喋りが普通にできるようになっているのです。向こうの言葉が不自由だったせいもあるとはいえ、アンヌの名前を噛まずに言えるようになるとか、奇跡が起きました!
肝心のアンヌには会えないですけれどね……。
はっ、ダメダメ。
マイナス思考はいったん置いとけ~。
他にも考えなきゃいけないことはいっぱいあるのです。
どうやら世界を跨いで転移させられた際、スライム体とミーアボディの同化が著しく進んでしまったみたいで、おかげさまで自在に話せるようになった……たぶん。まぁそこまではいいのです。
けれど、そのせいで……私、頭機能を司っていたスライム体が、ミーアボディから出られなくなってしまったのです。
もちろんスライム体全体としての連携は変わらずきっちりとれるのですが、頭機能を割り当てたスライム体の移動ができないというのはかなり大きな弱点となりうる、由々しき事態です。
転移前スライム体の時はここが頭って決まった部位はなかったのでどこを潰されたとしても痛くも痒くもなかったわけですが……、今は違います。
くっそぅ、これはもう女神の呪いとしか……。
碌なことをしてくれません、あのクソ女神。
まぁ、そうは言ってもこの日本で何と戦うの? って話でもあるので、これは余計な心配なのかもしれません。そもそも魔法だってありますし、現有スライム体だけでも、この世界では十分チートすぎる能力だと思います。
何はともあれ、とりあえずこれからどうしたらいいんでしょう?
ということで。
「うん、まずは身だしなみを整えましょう」
ただいまミーアボディは血まみれズタズタぼろ布チュニックと、腰でかろうじて保持されてるだけのスカートみたいになったかぼちゃパンツのみでスースーしてます。下から覗かれたら丸見えです、あらいやだ。ま、そんな奴どこにもいませんけれども。
再会したアンヌがツインテールに括ってくれた髪はとうの昔にほどけ、ばっさっばさのまま腰下までたらしている状況。
残った右足にはあの戦いをなんとか生き残った編み上げブーツが存在を主張していますが、片方だけでは如何ともしがたく。せっかくドリスに選んでもらったやつでしたが仕方ありません。
ぷにょ袋を収めた背負い袋は死守して無事だったので中から着替えを出して着込むこととします。
いつ誰に見られるかわかりません。痴女にはなりたくないのでそこはきっちり整えます。
まず全身の汚れをスライムパックでキレイキレイしましょう!
ぱっつんぷにぷにお肌になったところで新品のかぼちゃパンツをはき、ドリスに選んでもらった淡い緑の可愛らしいワンピースを着ます。片足ないと着替えにくいので、翅を伸ばして、ふわふわしながら着替えるのです。
うん、普通に飛べましたよ。飛ぶくらいじゃ、もう魔力はたいして消費しないのです。あまり無駄遣いしない方がいいのかもしれませんが、ケチって不便するのも違うと思います。
「うん、さっぱりしました」
やっぱ身だしなみは大切です。
一気に文明人になった気がします。
「さて心機一転、とりあえず、とりあえず……次はどうしよっか?」
***
とりあえず、最低限の魔力使用量でふよふよ低空飛行しながら、不用意に人と遭遇しないよう注意しつつ移動しています。
時折動物を見かけては捉えてスライム体の糧となってもらっています。こちらの生き物は魔器官がないので直接魔力を得られないため効率が悪いですが、仕方ありません。普通のご飯として吸収し、魔力はチート級のミーア魔器官さんに頑張ってもらって蓄えるしかありません。
ところでここが日本であることは間違いないですが、今現在がいつであるのか不明です。うん、今何年何月なんでしょう? そのあたりも早く確認したいです。
広い森とはいえ、ここは日本。しかも富士山の裾野であるわけで、適度に進めば必ず人の住むエリアへとたどり着きます。迷子になるなんて私に限ってはありえませんしね。
高速道路に上がり、そこから適当なトラックにでも潜り込んで移動してしまうって手もありますね。まぁ、まだ人が多くいるところに出るのは躊躇われるのでしませんでしたが……。
半日ほどかけ、ゆっくり辺りを確認しながら進み、ようやく人里までたどり着きました。
このあたりは過疎が進んでいるようですが、それでもそれなりの生活感があってちょっと安心している私がいます。季節的には春がすぎてこれから梅雨の季節を迎えるといったところで、湿り気のある苔むした舗装路のわきで紫陽花が至るところで元気に花をさかせています。
「ええっ、今、〇▲年の六月なんですか? マジですか!」
なんとか見つけた昔ながらの田舎の商店で壁時計を発見し、ようやく今がいつなのか確認できました。ついでにつけっぱなしのTVも見て簡単な情報収集もできました。
もちろんスライムアイで!
まじ驚きです。
今って中年サラリーマンであった私がたぶん死んだ? と思われるその年なんですから!
私にとっては随分昔も大昔。遠く遠く過ぎ去った過去であるはずなのに。
夜寝てそのまま、起きたらスライムだったので死んだって認識は薄いとはいえ、記憶にある限り私が人として在った最後の月です。
異世界と日本。
時間の流れとか違ったり?
そもそも異世界と日本、時間の位相とか、連続性とか全然違うのかしらん。
ま、知りませんけど。
適当なこと考えましたけど。
それにしたって、あまりに時間差激しいんじゃないでしょうか?
なにもかも女神のせいです!
そう思っておくしかありませんね。
でもですよ。
そうなると俄然気になってくるのはサラリーマンである私の家。そしてもちろん私自身の元の体のこと!
今現在、驚くことに日時的にはほぼその翌々日のはず。
何が? って、決まってます。
私が死んだ日です。
「ちょっと怖いけど……、確認するしか、ない!」
***
まる一日空を飛んで私の家までたどり着きました。ちょっと場所確定に手間取り、思ったより時間がかかってしまいました。
東京の衛星都市に居を構えて……といえば聞こえはいいけれど、住んでたのは中古の平屋一戸建て物件。昔はもっと田舎に住んでたけど両親が続けて亡くなった時に住んでた家をきっぱり売って、首都圏へ移り住んだわけなのです。衛星都市とはいえ一戸建てともなると私の予算と給料では中古でしか買えませんでした。
懐かしすぎる我が家。見た感じ、私の記憶そのままです。当たり前と言えば当たり前。記憶の時間そのままの時点に戻ってきたのですから。
中に入ると、さっそくいやあな臭いが出迎えてくれました。
ということでまずやったことは部屋にこもった臭いを風魔法で対処することでした。
これはほんとひどかった。
部屋にこもった臭いはほぼ除去しましたが、原因はまだ残ってます。
ということで引き続き、いやあなお片付けの時間は続きます。
これどんなバツゲーム?
「はぁ、向こうでもさんざんグロな光景を見たし、自分自身もそういうことを散々やった記憶もあるけれど、まさか元自分の体を自分の手で荼毘に付すことになろうとは……」
元自分の部屋でPCの電源を入れ、すっごく久しぶりにネットの世界に浸りながら、改めて今日一日の出来事を思い起こし気分を滅入らせてしまう私です。
とりあえず一日の宿を手に入れましたが問題は山積みです。
何しろこの世界、日本での私はもう死んでしまって居ません。
今のこの家の環境だってつかえる期間は限られてしまいます。会社も不審がることでしょう。何しろすでに三日無断欠勤!
スマホを見れば着信がすさまじいことになってますし。
「ま、使えるものは持ち出して、ここからはさっさと居なくなるしかないですね。死体も処理してしまったし、謎の失踪事件とかになるしかないですね。ああ、不憫な元サラリーマンの私。ご冥福をお祈りいたします……」
一晩を元自分の自宅で過ごした翌日。
長居は無用ですのでさっさと引き払います。
引き払うに際し持ち出したのはクレジットカードやキャッシュカード、お財布にスマホ、それに愛用していた腕時計。色々機能がついたごついやつです。
それを斜め掛けのボディバッグに詰め込んで未練たらたら、家を出ました。スマホはSIMだけ抜いておきました。通信はフリーwifiだけになるけど充電は適当にできるだろうし、アプリとかもあるしね、一応持っていきましょう。
キャッシュカードで貯金を下ろし、クレジットカードからもキャッシングで限度いっぱいまで引き出して、カードはそのままポイしました。
後のことは知りません。
死んだ私からお金が戻ることはないでしょう。カード会社さんすみません。
当面の資金は三百万円と少々。ま、お金使うことはあまりないでしょうけれど、ないよりはあった方がいいのは間違いないです。
それにしてもです。
お金をおろすため少し街を歩いただけで、周りからの視線が痛すぎだったのですが。
まぁ淡い紫の長い髪がまず目立つのと、何より小さい子供の姿であるミーアが片足義足で、しかも民族衣装のような古びたワンピースでとことこコツコツ歩いているわけで、なんというか悪目立ちに近い目立ち方をしてしまいました。
さすがに現代日本ということで、小さい子供に変に声をかけてくるような人はいなかったのですが、心配そうに見てくる大人の人もそれなりにいましたので、やっぱ幼い女の子一人で街中を歩き回るのはなるべく控えた方がよさそうではあります。
「うーん、ミーアボディの幼さと可愛らしさが疎ましい~」
この時ばかりはそう思わずにはいられないのでありました。
あ、ちなみに義足は森の木を切り出して棒状にしたものを脚の付け根にスライム体で保持してある感じです。ぷにょなスライム体で足の形を維持して歩くようにするのは、ふよってなって歩きにくいので、手っ取り早く義足にしておきました。
人目がないところでは飛べばいいのでそんな感じで凌いでいたのでした、まる。




