〘八十三話〙強制転移のその先で
「んう……」
「んんっ……」
…………。
ん~、何? つんつん?
……ううん…………。
うっとうしい、な……。
――――――。
「――って、ああっ、なにすんだ、あんのクソ女神ぃ~!」
いつからそうしていたのかわからないまどろみの中、ぼんやりした気分に浸っていたものの、外部からの刺激があることを感じ、煩わしく思ったのがきっかけでした。
そこから意識は急浮上、頭の中のもやもやも一気に晴れていきました。
そこで思わず口をついて出たのが今の言葉。
そう。
あのフェリアナとかいうクソ女神っ、私をいいように使うだけ使って終わったらポイしてくれちゃいました!
結局、女神の姿すら拝んでない!
あいつが私にしてくれたのは、こんな存在にされた? ことと頭痛だけという、とんでもない奴でした。
むっきぃーーっ!
怒りの向け先が無くてイライラします。
けどまぁともかく。
とりあえず、私は今どうなっちゃってるんでしょうか?
さっきから私をツンツンしてる、意識が戻るきっかけになったものをまず確認しましょ。
どうやら横たわってるらしいミーアボディに意識を向け、上半身を起こします。
くうぅ~。
何とか動けはしましたが、たぶん久しぶり? ――そもそも時間経過がわからないので――に動かしたせいか、ちょっとぎこちない。
っていうかそれもそのはずでした。
ミーアボディは凶龍との戦いで何とも凄惨な状態になってしまい、スライム体で応急で欠損部位を補完してバラバラにならないよう誤魔化していたんでした。
そのビジュアルのグロさに我ながらちょっと引きます。
でもアンヌと再会するためにはミーアボディをあきらめる……なんてことは極力したくない。
「ん?」
目の前で三つの輝きが、目まぐるしい動きで飛び回ってます。
時折勢いのまま私にアタックしてきたりもします。輝いてるだけの物体かと思いきや、こそばゆい不思議な感触が感じ取れます。
光やガス状のものってだけでなく、中に核のようなものが存在してるんでしょうか?
でないとツンツン感触を感じたり出来ないことない? いやいや、直接感覚に影響を及ぼすことが出来れば……。
む~。
ま、いっか。
そうか、この子たちがツンツンの原因だったのですね。
「君たち……、どうして一緒に? でも起こしてくれてありがと」
私の言葉が理解できるのか、声をかけた途端に勢いと輝きを増して飛び交ってくれたので、ちょっと鬱陶しい。(言わないけど)
「私、どうなっちゃったんでしょう? それにここ、どこ……かな?」
傷んだミーアボディのことは、良くないけど横に置いとくとして、まずは状況確認したいです。
私が横たわってたのは落ち葉交じりのふわふわした地面の上。木漏れ日が差し込んでくるぐらいの明るさがある森の中でした。
感じとれる気温も過ごしやすいと感じるくらいのもので、土の中とか、水の中ってこともなく、クソ女神もそれくらいは気を利かしたってとこなのでしょうか?
まぁどっちでもいいですけれど。
ああ、でもボロボロのミーアボディを思えば、やっぱ今の状況は随分マシと考えるべきでしょうか。
ただ、森の木の知識なんて全くない私にはこれだけでは何の判断の足しにもならないですが、とは言ってもここがヴィーアル樹海の中でないということは断言できます。あそこの植生との違いくらいは私にでも判断つきますからね!
ってことで、周りの状況を早急に確認すべく、スライム体で目玉つくって、みょ~んと上に伸ばしていきます。
上空から周囲確認です。
スライム体も普通に活動できてますが、でもいきなり自身で飛び上がるのも無防備すぎるのでやめておきます。体もまだ万全ではないですし、油断禁物です。
うむ~。
けっこう森の奥にいるようですが、十メートルも伸ばせば森から先の景色も確認できるようになりました。
「こ、高速……道路?」
ちょっと待って。
なんか、いきなり……、わかりやすすぎませんか?
こ、心の準備が……。
「まじですかぁ……」
お、落ち着け私。
はやる気持ちを抑え、さらに、か、観察します。
わ、わかりやすいもの……、
そう、道路標識! 道路標識を注視です!
道路標識は一定の間隔で表示されてるのですぐ見つけられます。
「に、にほん、日本語……です!」
長い時を生きていようが忘れたことは一度もない……。日本の言葉。日本の文字。
これ……いえ、ここは、間違いなく……。
更に更に、私は読み取った地名から、気持ちがとても高揚するのを感じます。
急いでスライム体を伸ばし、更に高度を上げます。
そうすることで見えてきた景色……。
裾野からすぅ~っと滑らかで優美な曲線を描き、弧を徐々に強めながら高度を稼いでいく雄大な景色。
前世の私も大好きだった……霊峰。
「富士山……です」
ミーアの眼から涙がにじんでいます。
意識して出そうとしなければそんなこと出来なかったはずなのに、なぜなのでしょう……、自然にどんどんあふれ出してくるのです。
「まじで、まじで帰ってきたっ!」
女神は日本に帰すとか……、残酷だけど夢のようなことを女神痛で告げてきました。
そんなことが出来るものかって半信半疑でしたし、あの状況でいきなりでしたから、今更何言ってるんだって、憤りすら感じました。
アンヌと離れることになるだなんて容認出来るはずもありません。
なのに、なのにそのまま有無を言わさず意識を刈り取られてしまいました。
それにしても。
それにしてもです。
「百歩譲って日本に帰ってきたはいいさ。だけど、だけどさっ、俺、ミーアボディで居て、スライム体のままなんだけどっ?」
つい感情が昂ってしまいます。ここは落ち着かなければっ。
とは言ってもさ、欠損、穴あき、グロなミーアボディそのまま、スライム体だってそのままで、どうやってこの現代日本で生きていけと?
「ほんとに、あんのクソ女神ぃ!」
日本に戻れたってことに、嬉しい気持ちだってもちろんあります。さっきも富士山に涙したばかり……。
でも、それでも、急すぎやしませんか!
向こうでやり残したことだって!
また興奮してきた。
お、落ち着け、私。
…………。
「あの後……、どうなったのでしょう? 凶龍は倒したとはいえ、あいつが出す魔滓や威圧に怯えた魔獣は相当浮足立ってたようだし……アンヌ、大丈夫だったでしょうか?」
アールヴのみんなもいたし、オルガやドリスだってついてくれてたし、大丈夫だと思うけど……、心配がすぎます。
***
ミーアボディは普通なら間違いなく死んでるくらいに――まぁもともと死んでたわけですが――損傷がひどく、本当なら新しい体に乗り換えたいところなんですけど、アンヌとの再会をあきらめたくない私としては、この体でなんとか足掻いてみたいと思います。
スライム体で体のコピーみたいなことが出来れば良いのですが、人の体もですが物質の完全複製とかは無理なのです。存在してるものの強化や増殖の補助は出来ても同じものにはなれません。
もちろん形を真似ることはでき、今もそうやってミーアボディを維持している訳ですけれど、見た目自体はスライム体であり、人の肌や、髪の毛、爪などなど、質感や色を再現するまでには至りません。
無くなった足の代用はスライム体で出来ても、それを他者が見ればどう思うか……、想像に難くないです。
ああ、欠損を治せる魔法でもあればいいのですが、無いものを無から創り出すなんてそんな都合いい魔法はありはしません。
ああ、ちなみに魔法ですが。
ためし撃ちとかしてみたところ普通に使えました。この世界に魔素とかは無いみたいですが、私の魔法の行使には今のところ問題はないようです。
今のところは。
つまり魔力は自給自足。
スライム体から魔力を得れば、魔法は使うのに支障は無いのです。が、問題もあります。
スライム体にもお食事が必要ということです。
それさえ満足出来れば魔力はどれだけでも自身で賄えるのですけれどねぇ。
魔獣のいない、この世界。十全に燃料補給することなんて出来るのでしょうか?
私に引っ付いてきた大精霊たち。
彼ら(彼女ら?)もその問題があるはずなのですが……。
なんてことでしょう、時折私にツンツンしてくるからよっぽど懐いてるのかな? と思いきや、どうやらそうやって私から燃料補給してる模様。
…………。
まぁいいんだけどねっ!
とりあえず、ミーアボディについては細胞の再生力を強化することで治せるところは治しました。が、やはり無くなった部位はどうあがいても無くなったままです。
具体的には、心臓がなく、左足は膝から下がありません。
お腹の中もほとんど空っぽでしたが、残っていた胃から出口までは、わずかに残っていた腸を増殖して伸ばすことでつなぎ合わせ、なんとか開通させました。これで口にものを入れても大丈夫、ごはんも食べられます。(まぁスライム体からだって栄養補給出来るので食べなくても大丈夫ですが)
なんていうか、フランケンミーアな私です。
蛇足ながら、女の子特有のあの臓器は無事でした。
でも、そもそも本来の血液がない状態、スライム体の力で生かされてる体なわけで……、もしアレを致したとして、出来るものなのでしょうかね? わが子孫。(ただしくはミーアの子孫だけど)
ま、試すつもりもないですがっ!
心臓は無くとも問題ないでしょうけれど、色々注意は必要ですね。血液を送る器官が無くなったので、その循環はスライム体まかせで行うことで誤魔化しますが、さすがに心臓互換の機能を持たせるには無理があります。
以前から血色の悪い肌だったわけですが、不健康そうな肌色に拍車がかかってしまいました。人前に出るためには、ちょっと対策しないとまずいでしょうか?
はぁ、どっかに心臓落ちてないですかねぇ?
こんな体でもし医療機関にでもかかろうものならマジやばい結果になりそう。
どっかの研究機関に送られてどうにかされちゃう未来が見えます。
色々心配ごとが多いですが、そんな心配、今してもしょうがないと言うね。
なるようにしかならないです。
まだまだ確認しなきゃいけないことがいっぱいあります。
日本にまた戻れたことは素直にうれしい。
けれどどうやってここで生きていくの? とか、問題山積みです。
それに。
それに、このまま女神にいいように使われたままっていうのは釈然としないにもほどがある!
元日本の……、おっと、そういえばここはもう日本なのでした。
ただの冴えない中年サラリーマンでしかなかった私ですが、あちらではそれなり……に、頑張ってたはず!
なので、もう少しあがいてみたいと思います。




