〘七十四話〙樹上宮会談と気ままなミーア
歩き出したのはいいのだけど、どうやら随分村から離れたところに出たみたい。
いったい村はどこかしらん?
湖の中では相当ぐるぐるふらふら彷徨いましたし、入ったところがわからなくなっちゃうのは当然で仕方ないことだよね!
自分の家たる湖で軽く迷子っぽくなってるスライム娘、ミーアまだ九歳です!
周りを見回してみても、代わり映えのしない景色が延々広がっていてよくわかりません。
こういう時、スライム体が得意とする魔力探知が便利なのです!
遠くの魔力も探知するイメージで、スライム体を頭からにゅい~んと幾本か伸ばし、探索してみた。
うむむむ。
「うへぇ、なんかもう周囲から嫌って言うほど魔力反応出て、わけわからない……」
つ、使えない……。
ん?
すっごく遠いところにかなり強い魔力反応あるけど……、なんだろこれ?
樹海のもっと奥の方、私も行ったことない方向。だから、村とは関係ないけど。
まじ、なんだろ?
…………。
ま、いっか。
関係ないもんね。
とりあえず、魔力で見当つけられないなら、こんな時の強~い味方。
私には、スライムウイング!があるのです。
背中から翅をみょんと展開し、ふよふよはためかせてちゃっちゃと飛び上がります。
ニ、三十メートルくらい高度をとったところでようやく湖の全景が見渡せるようになりました。ほんと嫌になるくらい大きな湖ですね。
さて、村はどこかなっと。
岸から少し離れたところで土壁に囲まれてるところだからね、見つけやすいと思うのです。
「みーつけた!」
ほらほら~。
視力強化もしてますし、あっさり見つけちゃいました。
結構離れてますがまぁ、飛んでいけばものの数分で行けるでしょう。
これでも飛ぶ速度はかなり向上して、ママチャリくらいの速度は出せるのですよ、ふっふ~ん!
さあ、改めて村に向けてれっつごー、です。
***
「先ほどの湖の大渦、あのような大それた現象がここではよくあるのかな?」
「さあてのぉ、どうだったであろうのぅ」
「ふむ、そちらの者たちもなかなかに驚きの表情を浮かべていたと思うのだが? くくっ、まぁよい。……あのような現象を引き起こすものなど察しはつく」
「不測の事態が起これば驚く。それは当然のことじゃろうて。ふぉほほ、それよりもお客人、なにがしか話を進めたいのではなかったのかの?」
「ふん、食えん老体だな。だが……、そうするとしよう」
ミーア様が起こしたに違いない常識外れな出来事にお互いの長が白々しい会話をしていて、ちょっと気になる言葉も出た気がするけど、まぁとりあえず、僕たちアールヴ族と凡人族との間で、数世代ぶり……っていうか、もしかして初めての会談がなされることになった。
じじ様ですら直接迫害を受けた経験をした訳ではないので、さすがにその場で争うという状況に陥ることにはならず、先ほどの出来事もあったせいか、周囲のみんなから反発や異論もとりあえず出なくて……僕は知らず知らずのうちに入っていた肩の力が抜けた。
いくらアールヴ族が強いといっても所詮少数民族。
今の僕らよりも個としても強かった過去の一族ですらここへ追いやられたのに今更争ってどうなるの? って話だし、凡人族との混血が進んで現実もある。
ご先祖様には申し訳ないけど、、これが悲しい現実ってやつだよね。
で、どこで会談することになったかといえば、僕らの村でそんなことが出来る場所といえば、樹上宮しかないよね。
あそこもそんなに広い訳じゃないけど、十数人ならなんとかなるかな。
***
スヴェン隊長がアールヴ族の長らしきご老人と話をしています。
いきなり争うことにならなくて、ホッとしています。フレデリクさんとか騒ぎ出さないかと、ちょっとひやひやしましたが、そこはスヴェン隊長の強烈なる威光が物を言いました。
いくら過去に遺恨があった種族とはいえ、人同士が争うなんて私はしたくありません……。
それにしてもさっきの湖の出来事にはとても驚かされました。
あんなことがあの湖では頻繁に起きるんでしょうか?
そ、そんなことないですよね……だって、あちらの皆さんもかなり驚いた表情を浮かべていたし。
それにあの時、ちょっと気になる言葉が聞こえた気もするんです。
ミーア様……って。
その声を発したのは、華奢な感じを受けますが私よりは背も高く、何よりアールヴ族特有の尖った耳と額の横に角を持つ、女の子と言っても通じそうな綺麗な顔をした少年です。
とても気になります。
もしかしてミーアちゃんと何らかの関係を持つ方なのでしょうか?
今すぐ問いかけてみたいところなのですがそこはぐっとこらえます。今から始まる会談で必ずお話しする機会はあると思いますから。
アールヴ族の長に導かれ、私たちは土壁に設けられた門をくぐり、つつがなく村の中に入れました。
村の中はヴィースハウンの一般的な街並みと違い、自然と調和したといえば聞こえはいいですが、正直人が大勢住んでいる村とは思えない佇まいをしています。
地面は当然のように土のまま、雑草が至る所にというかほとんどがそれで覆われ、人が多く通るところのみ踏み固められて道になっているといった状態です。家々の間隔もかなり離れていて、高床になってはいるものの木のみで造られた簡素な建物です。
正直あまり文化的な暮らしをしているようには見えないです。
過酷なヴィーアル樹海の中で暮らしているのだから、それを望むのは逆に酷と言うものなのかな?
そんなことを思いながらアールヴ族たちの後を付いていけば、周囲の樹々と比べ、ひと際大きな存在感を示す、太い幹がいくつも撚り集まりとんでもない太さになった大樹のもとへと到着しました。
見上げれば、驚くことに樹の上、十メートル近くありそうなところに、この村で見た中では一番立派ではと思えるなだらかな傾斜の屋根をもち、太い幹に床を支えられぐらつくことなくそこに在る建物がその存在感を示していました。
ここって遠くから村を望んだ時、ドリスさんが見つけたところなんじゃないかな。
「すっげぇな、こりゃ。しっかしまぁ、よくもあんなところにおっ建てたもんだぜ。めんどくせぇだろうによ」
オルガさんが遠慮のかけらもなく、大きな声でそんなことを言い放ちます。
ああ、聞いててハラハラします。
確かに、どうしてわざわざあんなところに……と、思わないでもないですが、きっと種族特有のなにかがあるんだと思います。
なんて他人事のように感想を思い浮かべていましたが、会談場所はそこみたいです。
ど、どうやって上るんですか、あれ。
***
凡人族の集団を樹上宮の広間まで案内したものの、男たちはともかく可愛らしい女の人が上ってくるのに相当怖い思いをしたようで、涙目になっててちょっとかわいそうに思った。
でもまぁここまで来てるんだし、今更だよね。
「リイ=ナや、悪いが簡単に席を設けてくれるかの」
じじ様ったらまた急にそんなことを言って~。
全くさぁ、すぐ僕に面倒を押し付けるんだから。
「はいはい、わかりましたよ。シイ=ナ、手伝ってよ」
すかさず幼馴染を巻き込んでおく。
シイ=ナは一瞬、表情をひく付かせたけど、凡人族の手前かっこ悪い態度もとれず、素直に手伝ってくれた。
広間の奥の部屋に押し込んであった長椅子を四組。それに大きなテーブル二組。それをお互いが対面で座れるよう整えたところで僕らの役目は終了だ。
「手間をかけたな」
凡人族の、スヴェンなんちゃらさんって言う、一番偉そうにしてる貴族から礼を言われた。
ちょっと意外だ。
「では始めましょうかの」
「うむ、よろしく頼む」
僕ら側は、じじ様を真ん中にエボ=ツ様と、駆けつけてきたイル=ムさんが両脇に座った。残りは座らずにその後ろに並んで立ってる感じ。
向かって凡人族側は一番偉そうな強面美丈夫、スヴェンなんちゃらさん……を真ん中に、両脇に優しそうな男としかめっ面したちょっと神経質そうな男が座り、もう一人、上ってくるとき涙目だった女の人もスヴェンなんちゃらさんに指示され、優しそうな男の人の隣へ遠慮がちながら座った。残りはこっちと同じく後ろに立ってることにしたみたい。
お互いが十二人ずつは変わらない。
まぁここはこの人数で居るには狭いし、全員座るなんて警戒して出来ないのかな……。
一応全員座れるだけの席は用意したんだけどね。
かくいう僕も立ってるわけだし、どうでもいいや。
一応武器類は入り口で外してもらい壁に立てかけてもらってるんだけど、これも素直に応じてくれたのは意外だった。偉そうなくせにその辺律儀だよね。
でもまぁ魔法もあるし、いざという時はどうとでもなると思ってるのかもね。
「では早速だが、まずはこの場を設けてもらった礼を言わせていただく。感謝する。我らお互い、遠き過去に忌まわしき出来事があり、貴方らにも積年の想いがあろうかと思うが、今回我らは政治的な思惑でこの探索隊を組んだわけではなく、争いを望むものでもない。その点を理解いただき、この会談に臨んでいただきたく思う」
都合いいこと言ってるなぁ。
でもまぁ、僕も今更争っても仕方ないと思うし……、このまま穏やかに進んでほしいかな。
「ほほっ、それはそれは。ずいぶん都合のよいことをおっしゃるものですのう……」
「ふむ……」
じ、じじさまぁ!
「とはいえじゃ! わし自身に遺恨がないとは露ほども言えぬものの……、この村の長としての立場は重々わきまえておる。そちらとの地力の差もな。先ほどもちらりと聞きは致したが、まずはそちらの用件を伺うとしますかのぉ?」
お、驚かさないでよ。
心臓止まっちゃうよ。
ホッとしたところで、頭の片隅にちょっとした違和感を覚えた。
とってもなじみあるそれ。
なんとも力強くもとても優しい……、そんな魔力。
じじ様や凡人族の貴族は会談に集中してるのかそれに気付かない。
とにかく感覚に導かれ、窓から外を見た。
ふと隣に立つシイ=ナを見れば、同じように窓の外を気にしてる。
お互い苦笑いしつつ、二人して視力を強化して外を見た。
そんな僕らの目に、ゆっくり、優雅に、気持ちよさそうに空を飛んでる……久しぶりに見る神々しい姿。
湖の水霊様である、主オヴィリーネ。
そう。
ミーア様の姿が、僕らの目に飛び込んできたのだった。




