〘七十三話〙必然の邂逅
最初に気付いたのは毎日かかさず湖の様子を確認しに行っていた僕だった。
村の前は入り組んだ地形が多いオヴィリーネ湖にしては珍しく浜辺が広がってるところで、見通しも良くて遠くまで一望出来る景色だって抜群にいい。
そんな浜辺が続く湖畔で、日々改善されていく湖水の様子を確認していた時に、まだ相当な距離があるとはいえ、こちらに向けて歩いてくる集団が目に入ったんだ。
アールヴ族は種族特性として、基本的に身体能力が高く、当然視力だって凡人族よりも優れてるわけだけど、そんなアールブ族の中でも僕は飛びぬけて視力がいいと自負もしてるし、皆も認めてるところだ。
「うわぁ……、十、十一……十二人かぁ。門番から壁の外に村人が出てるなんて話も聞いてないし……、それに一度にあんなに大勢出るはずもないし。どう考えてもアールヴ族じゃないよね、あれ。ったく、なんて面倒な……」
ここまで来るにはまだまだ距離あるし時間はかかるとは思う。
出来れば途中で他所にそれて行ってくれるといいんだけど……。あ、でもあの集団の行先を見失ってしまうのも、それはそれでマズイ気もするな。
僕は嫌な予感をひしひしと感じたので、何はともあれ長老たちに報告するため樹上宮に向かうことにした。
***
「いつかは来るとは思うていたが、なんとも悪い頃合いに来てくれたものじゃて」
じじ様とその他大勢が僕と共に浜辺へと戻り、向かってくる集団を見ての言葉がこれ。僕もそうじゃないかと思った通り、やっぱり凡人族が向かってきてるってことで間違いないみたい。
決め手は集団の中の幾人かが着ている服で、凡人族の貴族が好んで使う意匠が入ってるらしい。質素な僕らの服装と違って、細かい刺繍や細工が入ったいかにも手間がかかってそうな服だしね、あれなら僕にだってわかるよ。
そうこうしているうちにも凡人族らしき集団はどんどん近づいてくるし、僕ら側も話を聞きつけた村人が集まってくるしで、だんだん物々しい雰囲気が漂ってきた。
「リイ=ナ……、大丈夫かな?」
騒ぎに駆け付けてきたシイ=ナが僕の横に立つと、珍しく弱気な問いかけをしてきた。
そんなの僕だってわかんない。
無言で肩をすくめてみせると、ムッとした表情を浮かべながらも自分でもないと思ったのか、黙って向かってくる集団を見ていることにしたみたい。
***
浜辺から続く緩やかな丘、ゆるい坂道を登り切ったところに通行門がある。周囲には村を囲うように土壁が連なり、その外側はもう魔獣の住む樹海だ。
僕らは凡人族集団十二人と、通行門前で相まみえた。
迎えるアールヴ族側はじじ様を筆頭に、長老のひとりであるエボ=ツ様、僕とシイ=ナ、後は父様たち戦うことに秀でた男衆が八人出ることで向こうと数を合わせ、軋轢となるようなことは避けた。
もっとも通行門の向こう、見えないところには待機してる奴らがいっぱいいると思うけど、ここは僕らの村なんだし文句言われる筋合いないよね。ほんとはシイ=ナにもそっち側に居てほしかったんだけどね。
目の前には凡人族の集団。
男が八人、そして驚くことに女の人が三人もいる。二人は小柄で、あまり戦えそうもない見た目だけど、あとの一人はヘタな男よりも強そうな見た目してるし、何より僕より大きいや。
凡人族とアールヴ族が争ったのはじじ様世代よりも前の話で、今を生きる僕たちは直接悪意にさらされたり理不尽な扱いを受けた訳ではないけど、そもそもこんな辺境の危険な樹海の中で暮らさざるを得なくなった理由は、凡人族から過去に受けた迫害によるものなんだから関係ないってことは絶対ない。
それに、ここに定住するまでの逃避行の話や、生活が落ち着くまでの苦労話をさんざん聞かされて育った村民たちの凡人族への印象が、良いものであるなんて間違っても言えない。
まぁ、そうは言っても憎しみまで覚えるかといえば、凡人族との混血が進んでいっている僕らや父様世代にとってはちょっと微妙な感じであるのも事実なんだけどね……。
とりあえずそんな感じ。
「我らはフェイロー大陸の覇国であるヴェスタル帝国、その西の護りたるヴィースハウン領より参った。私は領主であるヴィースハウン公セヴェリンより名代を賜っているスヴェン=リンストロム=ソールバルグである。領境警備隊辺境区ケービック砦隊長であり、今回のヴィーアル樹海探索にあたっての部隊長を任ぜられている」
背の高い強面の美丈夫が、よく通る声で高らかに名乗りを上げた。
貴族なんて会ったことないけど、いかにも自信たっぷりで無言の威圧感を振りまいてるこの人はきっとお貴族様で間違いないと思う。
「ほう、この樹海の探索と申されるか。して、この辺境も辺境、危険な魔獣が跋扈し、どこぞのものよりこの地へと追いやられた我ら気高きアールヴが細々と暮らす寒村へ何用で参られたわけですかな?
ああ、いかんいかん、我の紹介をしておらなんだ。年を取ると物忘れがひどくてのぉ? わしはこの村を取り仕切る長老の一人、アズ=イと申すもの。短い付き合いであろうが、頭の片隅にでも置いておいてもらえると嬉しいのぉ」
じじ様っ、あまり挑発しないで。
普段ののらりくらり、のほほんとした様子が嘘のように険を含んだ言葉に僕ビックリだよ。
「ほほう……」
ほらあ、強面美丈夫の隊長さんの口元が、嫌な形にゆがんだ笑いになってる!
「では遠慮なく申そう。我らはとある情報筋から樹海内に広大な湖があるとの知見を得ており、樹海探索の中でそれを見つけることを一つの目標に掲げていたのだが、探索を進めていくなか、ようやく湖を発見するという僥倖を得た。
そして、もう一つ。――それとは別に湖に付帯することで少々確認したいこともあってな、ついては不躾ではあるが貴方らの村内を検めさせてもらいたい」
そう言い放った凡人族の貴族。スヴェンなんちゃらさんだっけ?
名前が長すぎて覚えきれないし、その必要も感じないけど……、なんかもう、とてつもな~く面倒くさくなりそうな予感しかしない!
どうなるんだこれ?
って思った矢先。
湖に異常としか思えない異変が起こった。
時折りさざ波が立つ程度だった穏やかな湖面。
その湖面の少し沖の方で、家が二、三軒余裕で入ってしまいそうな大きな渦巻きが突如出現し、あっという間に湖面は激しい水流で乱れまくりの大荒れになった。
しかもあろうことか、その大きな渦の中から、鞭を鳴らしたような鋭い音をたてつつ竜巻みたいなものが幾条も発生し、しかもそれが大渦巻と共に移動しちゃうとか……訳の分からない様相になっていった。
なんで水の中から竜巻出てくるのっ?
竜巻って空に出来るものじゃないの?
まぁ実際見たことは無いけど……。
しかも、そんなのが間を置いて、至る所から同じように発生しちゃったりするし!
かなり沖の方とはいえ、僕たちが居るのが丘の上ってこともあり、その異常な様子は遠くからでもはっきりと見ることが出来た。
凡人族も、アールヴ族もついさっきまでの張り詰めた緊張感、丸ごとそいつに、ごっそり根こそぎ持っていかれちゃったよ。
僕……、こんな非常識なことが出来るお方、ちょっとばかり心当たり……あるんですがっ!
「ミーア……様……」
いったい何やってるんですかー!




