〘七十五話〙ミーアは間が悪い
アールヴ族の長老で代表として出てきたアズ=イと名乗った老人は、なかなか癖のある人物ではあったものの、変に対立を煽ったり拒否反応を示してくることもなかったのは幸いだった。
ふふっ、相当挑発というか嫌味めいた物言いはされたがな。
だが過去にヴェスタルの各領より受けたであろう迫害を思えばそれも致し方なかろう。
この地にはアールヴと揉めるためにきたのではない。あちらの非難めいた発言に、過度の反応はしないよう部隊の者らにも釘を刺しておかねばならぬな。
特にフレデリク。
奴はソールバルグ派のラーシェン子爵家のものだが、家督を継げない次男ということもあり心持ちに余裕が少ない。ヨアンに注意するように申しつけてはあるが……。実力自体は上級三位の火属性魔法士であり、悪くはないのだがな。
面倒を起こさないでほしいものだ。
「では改めて、ここに至る仔細を申そう。ここ最近、ヴィーアル樹海のあるヴァーゲアル島よりフェイロー大陸に渡ってくる魔獣の数が激増してきている。過去数十年に遡っても、そのようなことは起こっておらず、なぜ今このような事態になってきているのか、樹海を調査をする必要が出てきたのだ。
斯様なことから、我ら部隊の目的は、その原因を探るべく今まであまり深く探ることをしなかったヴィーアル樹海を詳細に探索することにある。また、この地にはすこぶる透明度が高く美しい、大きな湖があったとの過去の資料もあり、それも合わせて確認したいという思いもあった」
当然これが理由の全てではない訳だが、まずは相手の反応を見てみたい。
「ほうほう、なるほどのう。確かにここ数ヶ月、樹海の魔獣の動きに見るべきものがあったのは事実だのう。まぁ我ら一族にとっては十分許容できる程度のものであったが。
しかしのぉ、海峡を渡ってそちらに行く魔獣どももおったのですなぁ。ほほ、因果応報というものではないですかの? ああ、これは失礼申した。……ほれ、ソールバルグ殿。わざわざアールヴの村を訪れた理由は、それだけではありますまい。勿体つけずに続きを述べられればよかろう」
くく、このくそじじいめ。何かにつけて一言多いわ。
まぁ所詮、弱者の戯言。俺はそれに惑わされたりはせぬ。が、今もフレデリクが飛び出しそうになって、ヨアンが抑えつけていたぞ。
あの程度のこと、言わせておけばいいのだ。
それでガス抜きが出来るのならば手間がかからず良いというのに。
浅慮なやつめ、奴が次男で良かったと思うしかあるまい。
「では遠慮なく申そう。今話題にした湖。そこは少々変わった湖であるらしいな? 我らが持つ資料によれば、その湖に長く触れればその物の魔力を奪うのであるとか。資料にはそれを称して魔喰の水霊が住む湖と記してあった。
これはまだこちらでも周知されていない事実なのだが、その湖の湖水から魔力紋を取り出すことに成功していてな、更に驚くことにその魔力紋と同一の魔力紋をもつ人物をこちらは確認しているのだ。
その者の名はミーアという」
この発言に長老含め、アールヴ族の面々の表情が動いたことを俺は見逃さなかった。
それと会談に参加している者のうち、後ろに立っている少年。この少年が先ほどの湖の騒ぎの中、つぶやいていた言葉を俺は聞き逃してはいない。
あやつはいる。
水霊などと称されているのは笑えるが、状況証拠的にもあやつでしかありえないし、アールヴの者らの様子を見てもそれは明らか。
「湖の、いずれの物から得られているかも知れない魔力紋。それと一致する魔力紋をもつ人物など、なんとも不思議ではあると思わぬか? しかもだ、その調査に使った湖水はな、アールヴ族とヴェスタルの民、互いの種族が争った時代にまで遡った、その当時に採取されたものであるのだ」
「えっ、隊長? ミーアちゃんって……、ええっ?」
この言葉にはアールヴ族どころか我が隊からもどよめきの声が上がった。
特にアンヌの動揺が大きいようで、会談中にもかかわらず、大きな声を上げた。冒険者のオルガやドリスが宥めているようだが、そ奴らも冷静であるようには見えん。
ここに至っても詳細を告げていなかったからな。
仕方あるまい。
「長老アズ=イ殿。それにアールヴ族の者たちよ。貴方ら、ミーアのこと、知っているのであろう? 歳は九歳の女児で、薄紫の髪に濃い紫の目。背格好は年齢よりも更に幼く見える女児だが、それはあくまで見た目だけのこと。どういう存在なのか、確たる証がある存在ではない。
我ら……、いや、俺は、そのミーアがここに来ていると確信している。この村にいるのではないか? ぜひ会わせてもらいたいと思っているのだが、いかがか?」
***
村に近づくにつれ、ようやく人々の魔力が認識出来るようになってきました。
「むむぅ、例の樹の上の家、樹上宮だっけ? そっから大きな魔力の反応を複数確認できます。あそこによく居たのはアズ=イと、あとはリイ=ナでしょうかね。誰の魔力かってところまでわからないのは不便です。冒険者ギルドにあった魔道具とか使えばわかるんでしょうか?」
もっとも、この距離では魔道具あったとしてもわからないでしょうけど。
あと誰が居るのかわかりませんけど、とりあえず覗いてみよう、シイ=ナくらいいるかもです。
「ん?」
まだ離れてますけど、私の目が窓から覗き見えるリイ=ナとシイ=ナの姿を捉えました。どうやらあちらも私に気付いたみたい! 中々いい目をしてます。さすが仮想エルフ!
「なんか言いたそうにしてますが、全くわかりません。向かいに居る人たちを気にしてるみたいですけど……」
首を振ったり、口をパクパクして何かを訴えかけてくるんですけど、全然要領を得ないです。そうこうしてるうちにもう樹上宮まで目と鼻の先、ってところまで近づいちゃいました。
リイ=ナが顔を上にあげて、何かつぶやいたのが聞こえました。
もうそれほどの距離なのです。
「ああ……、僕もう知らない」
リイ=ナは、そう言ってました。
ついでに横のシイ=ナが、「どうなっちゃうのこれ?」って言ってるのも聞こえました。
ええ?
なんかマズイ?
そして今更気付きました。
リイ=ナの前、テーブルを隔てて座っている人物に。
そう。
振り向いてこちらを見て……、一時の間をもってニヤリと笑った……、その会いたくない奴の存在に。
***
「どうしたのだ少年。妙に落ち着きがないではないか?」
俺がミーアについてアールヴ族に問いかけていた、ちょうどその時、ミーアの名をつぶやいていた少年が妙にそわそわし、落ち着きのない様子を見せ始めた。
少年の隣に立つ大人びた少女も同様な様子を見せている。
「あ、いえ、そのぉ……」
俺の問いに挙動不審な様子をみせる少年。
こういった行動は、隊の部下共においてもよく見ることだ。
失敗を隠したり、何かを誤魔化そうとしているときに見せる行動そのもの。
俺はじっくりとその様子を観察し、少年らの視線に違和感を覚えた。アールヴと言えども、しょせん普通の子供。
俺を前に隠し通せるなど、出来るはずもない。
少年の誤魔化しきれていない視線に従い、後ろを振り返ってみる。
建屋のおおよその間取りは入った時点で把握している。大きめの窓があり、木戸が開け放たれているのも分かっている。
「くははっ、なんだあれは。くく、面白い! あやつはいつも俺の想像の先を行くな」
窓の外。
前にその姿を見たのはいつの頃になるだろうか?
だがその時とたがわぬ容姿を持つ幼子。
遠路はるばる探し求めた、ミーアの姿があった。
ただし。
背中に淡く輝く四枚の大きな羽……。いや、鳥のような羽ではなく、まるで昆虫を思わせる向こう側が透けて見える半透明な翅と言った方がよい、人ではあり得ぬものを生やし、空にふわり漂うように浮かぶ姿でもって。
ふんっ。
湖の水霊……。精霊様と呼ぶはそういうことか……。
「ミーア……、ちゃん?」
アンヌが俺の行動に気付き、同じように外を見、あれを見つけて呆然とした表情を浮かべながらも声をかけている。
そうだ、アンヌ、その調子だ。
あやつを呼べ。
気を引き、情に訴えろ。
決して逃すな。
そのために危険な中、わざわざお前を連れてきたのだからな……。




