〘六十八話〙ミーア、お家へ帰る
ここ最近、なぜか妙な頭痛を感じたり、寝ればうなされたりと、私にしてはありえない状況に見舞われてる、苦労多き元日本人中年サラリーマンであるところのスライム娘、ミーア九歳です。
何のかの言っても、村人たちの相手をしてたらいつの間にか三日が過ぎてたくらい、驚きのお気楽さが売りであります。
「ミーア様、もう戻られてしまうのですか?」
甲斐甲斐しく用意してくれた朝ごはんをもぐもぐしてたら、シイ=ナがとても残念そうな顔をして私を見てきます。
この人、今日までずっと私にべったりでした。
村を訪れた初日の夜にうなされて以来、寝るときの抱きしめに余計力が入って大変でした。
まあ、至福の抱かれ心地でしたし悪いことでは全くないのでオッケーです。
「シイ=ナ、いい加減あきらめなよ? 歓迎気分もほどほどにしなきゃね。ミーア様に戻っていただいた理由忘れちゃだめだよ?」
私のお目付け役をさせられているだろうリイ=ナが、朝からきっちりシイ=ナの家に来て、いたって普通に突っ込みを入れてます。なんだかもうね、私がアールヴの人たちのためにどうにかすることが確定事項みたくなっててとても面倒くさいです。
でも私としては、これと言って特別なことするつもりもないし、そもそも何か約束した覚えだってないから別にいいんですけれど。
「言われなくてもわかってる、わかってるよ。支配霊域が無くなって、オヴィリーネ湖がどんどん汚染されていくのを見てきてるんだから嫌って言うほどわかってる……。
だけど、こんな小さくて幼いミーア様をすっごい勢いで魔滓で汚染されていってるあの湖に戻っていただくなんて、ほんとにいいの?」
なんかリイ=ナと揉めだしたよ?
三日の間に多少説明は受けましたけれど……、何というか、あれですね。
私が留守にしてた間に、魔獣の住処たる樹海から魔滓とかいう得体の知れないものが流れ込み、とても綺麗であったはずの湖が澱み汚染されてしまってるらしいのです。
得体の知れないって言ったものの、要は魔獣とかが出す老廃物、呼気と共に出されるもの、ぶっちゃけ魔力の残りかすみたいなものらしく、それが高いところから低い処へじゃないけど、湖に集まって溶け込んじゃってる感じなのだと。
魔滓は魔獣に限らず、魔力を持つ生き物は全て……当然、人だって出してるってことなんだけど、普通なら自然の循環の中で消費されるからなんともないみたい。あれかな、地球で言う二酸化炭素みたいな感じ?
でもヴィーアル樹海があるこの地は、そんな通常の自然サイクルを普通に上回るペースで魔滓が発生してるらしいです。そりゃまぁ、あれだけうじゃうじゃ魔獣が居ればそうもなるかもしれません。
私は長年、そんな魔力の残滓である魔滓や、その他諸々なんやかや、当然魔獣の魔力だって吸収して自身の糧としてたんだけど……、どうやら普通の生き物にはそんなのは毒にしかならないし、そもそも吸収なんか出来ない感じなのですって。
うんうん、地球でもその役目は植物が担ってたと思う。たぶん。
いやぁ、スライム体すごいくない?
私すごい!
とは言っても今まで特に意識することもなく普通に行なっていたことなわけで、アズ=イやリイ=ナの話聞いてそんなこともあるのかと、初めて認識した次第です。
「だいじょぶ、だよ?」
うん、そうとしか言えないです!
心配そうな顔で、まだ何か言いたげなシイ=ナをスルーし、いいかげん湖に向かうこととします。相手してるといつまで経っても湖に戻れません。
それに長年暮らしていた場所です。
そんな状況になってるというのならやっぱ気になるじゃないですか。
マジ面倒くさいのでグダグダしてる二人を置いて、とっとと湖に向かおうと歩き出したら、両脇に二人の『ナ』世代さんが慌てて並んできました。
くふっ、揉めるよりお役目の方が大事みたいです。
っていうか、もう付いてこなくていいのに。
「主オヴィリーネ様、いよいよ湖にお戻りなさるのですなぁ。主様に我らからお願い出来る立場ではないことは重々承知しておりますのですが……、それでも期待させていただいてもよろしいですかのぅ?」
なんか計ったかのようにじじいが出てきました。
うん、ほんといい根性してます。
だてに長老してないって感じでしょうか?
「きたい? かってにすれば、いい。わたしはいつもどおり、するだけ……だし」
そう、今までとおんなじ。アールヴとか関係ない。
ただただ、のべぇっと自堕落に延び広がってだらだらグータラしてるだけだもんね。
久しぶりの故郷なんだし、思いっきりゆっくりしよう、そうしよう。
***
宴をした広場を過ぎ、時折出会う村の人から挨拶を受けながら集落を通り抜け、ようやく通行門を出た頃には二つのお日様も真上近くとなり、湖を前にしたのは結局お昼前となりました。
じじいたちはここまでついてきた……というか、傍から見れば私が手を繋がれ引率されてる感じですが……。
空飛んだらすぐだったのになぁ……、とか思ったけど言わないでおきました。
ミーアは空気の読める良い子です。
「うわぁ、なに、これ……」
我が生まれ出でたる母なる湖。
久しぶりの故郷を前にした私は思わずそんな言葉を漏らしてしまいました。
どこまでも透明で、どれだけ深くとも底が見通せるのではないかとすら思えた、あの美しかった湖の姿は跡形もなく、澱み濁って数メートルどころか一メートル先すら見通せなくなっていました。
聞きしに勝る酷さでした。
その濁り方もよく日本で見た茶色や黄緑に濁るようなものではなく……、不安を感じる、限りなく黒に近い紫をした、なんとも毒々しい色合いです。
まぁ考えてみればそれも然りで、魔力の残滓、魔滓が流れ込んでいるのであれば、こんな色合いになるのも必然なのかもしれません。
ああ、でも前世でのジュースとかならそんな色合いのモノ、結構あったかもしれません。
懐かしい。
コ〇ラとかファ〇タとかね。
アレもある意味、飲み過ぎは身体に毒になったかもしれません。
ま、そんな理屈や冗談はさて置き、こんな湖の状況はさすがにちょっと嫌かもしれません。
相変わらず先が見通せないほど広い広い湖ですが、全域でこんな感じなのでしょうか?
「み、ミーア様? 大丈夫ですか?」
湖を見つめ、だまりこんでしまった私を心配してか、シイ=ナが腰をおって私の顔を覗き込みながら声をかけてきました。
リイ=ナとアズ=イもさっきまでと違い、暗い表情を浮かべ私のことを見ています。
みかけ幼女の私を、大人たちがそんな顔して見つめてこないでください。
実際は私が天元突破で年上ですけどね。
仕方ない。
何はともあれ、行くしかないですし。
あの程度の汚染具合なら大丈夫でしょうけれど、念のためミーアボディはスライム体で光学迷彩する時の要領で薄膜コーティングして、保護するようにしましょう。
まぁ、ミーアボディもスライム体を十全に浸透させてあるので過剰かもしれませんが、何事も保険は大事。安全第一です。
あと演出的な意味でも!
「ああっ、ミーア様、お体が水みたいに透明になって、輝いてきました!」
「おおぉ、やはり湖の水霊様、なんと気高く神々しいお姿でありましょう……」
水に入るから翅は出してないけどね、うん。
リイ=ナは慣れちゃってて、もう無反応で面白くない、ツマラナイ。
ちなみに肌は透けても内臓の類はなぜか見えない、なんとも不思議な透明具合なミーアボディなのです。肌が透けすぎると具が見えちゃってグロ注意になっちゃうので、そこのところは透明化具合や反射、それに光でうまく調整してるのです。
その辺のこだわりが元日本人のオタク気質!
「じゃあいく、から。おせわになった」
波打ち際まで見送りに来た三人を背に、私はぽてぽてじゃぶじゃぶとリーチの短い脚で入水していきます。
湖の水は波打ち際の水であっても淡い紫に色づいていて、ちょっと悲しい。
外は肌寒い気温だけど、水はまだぬるいくらいであることが感覚として伝わってきます。
うーん、私の髪や目の色に類似してるのは、やはり魔力との因果がある感じなのでしょうかね。
そうそう、湖の生き物たちはどうなっているのでしょう?
色々疑問は尽きません。
アールヴたちは恐れて水の中には入りません。
まあそれは私が居た時からそうだったみたいですけれど。
考えてても仕方ない、いざ鎌倉、違った、いざオヴィリーネ湖!
行ってきまーす!
ん?
あぁ、違うよね。
ただいまー!
だね。




