〘六十九話〙適当ミーアとリイ=ナたちの日々
湖に向かってじゃばじゃば入水してる幼気なスライム娘、ミーア九歳です。
これって遠目から見れば入水ジ〇ツしてるって思われたりしないかしらん?
などと、どうでもいいこと考えてしまう心配性な元日本人のおっさんサラリーマンが中の人となります。このフレーズも使いすぎでしょうか?
ま、そんなことは置いときまして、低い身長のせいで、ミーアの体はあっという間に水の中へと入っていきます。水の中でも歩きやすくするためスライム体で比重調整し、陸上を歩くかのように、ぽてぽてと湖底の奥深くどんどん進んでいきます。
スライム体で全身薄膜コーティングされてるので口内に湖水が入ってくることはありませんが、同時に空気だって吸えないのですよね。まぁ水の中だからそもそも空気ありませんけどね。
それにしても。
わかっていたことですが、こんな毒々しく濁った水の中、いくら強化されたミーアの目とはいえ、しょせん人の体基準。視界確保は全然できませんね。
ですのでここからはミーアボディは休眠させ、本体であるスライム体に活躍の場を譲りたいと思います。
かって知ったる我が住まいである湖、「見えなくてもどうということはない!」と言いたいところなのですが、正直私は長きに渡って住み続けてはいたものの、これっぽっちもここのことを理解なんて出来てないんですよね。
なーんにも考えてませんでしたしねぇ。
あるがままに暮らしていましたし、ぶっちゃけ出たとこ勝負のその日暮らしでうん百年?とか……訳の分からない時間感覚で、また~りと怠惰に過ごしていましたから。
湖に薄く薄く、びろーんと広がり、そのついでに周りから色々頂いて暮らしていましたが、なにしろやたらだだっ広い湖です。今となっては馬鹿みたいな大容量を誇るスライム体ではありますが、当時はまだまだ小容量でしたし、そもそも湖の全てを網羅、把握するなんてこと、する気もまったくありませんでした。
そんな私でもこの湖の環境を整えることについて、一定以上の役目を担っていたんですね。引きこもりスライムにだって役に立つことあったんです。
湖の状況に鑑みて、私は我ながら自画自賛したい心境でいっぱいです!
ふらふらふよふよ漂いながら至る所を巡っていたのは間違いないですし、そんな中で魔滓……でしたっけ? そんなものすら、いっぱい取り込んで糧としてたとしても何ら驚きではないです。来るものは拒まずの精神で、吸収できるものはみんな頂いちゃってましたからね。
それにしてもたった数ヶ月でよくもここまで……。どれだけ周囲の樹海からここに魔滓が流入したのでしょう?
それだけでこんなに変わってしまうものなのでしょうか?
いっぱいいた魚とか生き物はどうなったでしょう?
こんな環境下でも生きていけるものなのでしょうか?
見た目は毒々しいですけど案外飲んでも平気だったり、もしかしてさわやかテイスティだったりするかもしれません。
ません。
…………。
うん、それはない……、かな。
この世界の生き物は色々たくましいですからね、どうにかなってるかも知れませんし、どうにもならなかったかも知れません。
まぁどちらでも私には関係ないですけど。
けれど、少なくともなんらかの生き物がいるのはスライム体が感知しまくってるので間違いないところではあります。
などと取り留めなく思考を巡らせながら、スライム体のあらゆる感覚を駆使し湖の深いところへと、今や全スライム体をもって突き進んでおります。
すべてのスライム体を外の世界へと出したのはいつ以来でしょうか?
湖を出て、魔力の扱いを知り、魔獣ともたくさん交戦し糧を得ました。帰ってきた私は以前とは比ぶべくもないほど成長しているはずです!
体積というか質量を把握することは難しいですが、延べ広げればいったいどれほどの面積となるでしょう?
少なくとも私が住んでたレイナールの町程度なら余裕で収まって、尚お釣りの方が多いくらいの広さはあると断言できます。
それでも湖全面を覆うにはほど遠いのですがどう思って?
まあ、いいんですが。
だから何? ってことですし。
そんなこんなで、ほどほど深くって、湖流もない穏やかな場所まで来ました。
周囲は浅い所よりもさらに淀み濁りがきつくなっていて、試しにミーアの目で見てみれば視界はほぼゼロ。
なんなんでしょう、ほんとに。
文句言っても仕方ないので、とりあえずはだらけよう、さあだらけよう。
ここ数ヶ月、なんのかのあって忙しくって面倒くさくって大変でしたから。
まぁ魔力の使い方を知れて、魔法とか空を飛ぶとか楽しいこともありましたけれど。
やっぱ人間関係は疲れます。
アンヌ、それにドリスやオルガと知り合えたのは良かったですが、お貴族様、あいつらはダメです。まじ、めんどうが過ぎます。
リイ=ナやシイ=ナはまだ付き合いが浅いので保留です。
他のアールヴたちは正直どうでもいいね。
エルフっぽいのも、ただの人も結局等しくどうでもいい。
うーん、なんら関心を持てない私ってやっぱダメスライムなんでしょうか?
元日本の中年サラリーマンが中の人では、心が枯れてしまっててやる気が長続きしないのかしらん。
ミーアの体を得て、湖から出て、人のいるところを探し歩いてるときはなんのかの言っても楽しかったはずなんですけど。
けれどまぁ、今からやることは変わらない。
ぐうたらする。
アールヴのお願い?
湖のお水を綺麗に?
しらんがな!
ま、結果オーライで綺麗になったらラッキーなぐらいでどうぞ。
ミーアの体、どうしましょう?
ん~、謎空間に放り込みましょうか。
謎空間に人の体を入れていいものなのでしょうか?
道具とか服とか、食べ物とか……、色々放り込んでるんだし今更かな。
ま、生ものとはいえスライム体も浸透させてあるし、呼吸が必要なわけでもないから大丈夫でしょう!
よーし、ぐうたらするぞー!
おー!
***
ミーア様がオヴィリーネ湖にお戻りになって早、三十の日が巡った。
シイ=ナはミーア様が湖に戻ったあと、数日は元気が無かったけど、今はそんな様子は表向き影を潜め、僕に毎日小言を言ってくる小うるさい奴に戻った。
じじ様は相変わらず樹上宮で、他の長老たちと共に女神像と主様の器に祈りを捧げてる。
表向きは。
けど実態は奥の部屋で、長老たちでお酒飲んだり、おいしいもの食べたり……、他にも色々お愉しみであることを僕……、いや、僕たちは皆知っている。
ま、これまで色々苦労を掛けてきた長老たちへの敬意の気持ちを皆それなりに持っているから、敢えて見ないふりをしている訳なんだけどね。
そしてそれはじじ様たちもわかってると思う。
そもそも相手も居ることだからね。
年を考えてほどほどにして……としか言えない。
そういう行為に関して、長命であるアールヴ族はとても大らかで、それに村全体で一つの共同体という側面がとても強く、家族という括りは一応あるものの、子供が出来た時の一時的なものという扱いをされている。
だから……その点でも凡人族とは相容れないものがあるのかもしれない。
ま、こんなのほんの些細な事だと思うんだけどね、僕は。
ちなみに、万が一、授かった場合、村の人たちは怒るどころか大喜びでみんなして面倒を見たり世話を焼いたりすることになると思う。
オヴィリーネの村ではそれほどまでに子供は大切なんだ。
「ミーア様、元気に過ごされてるかな? お腹壊したりしてないかな?」
シイ=ナは時折、そんな風に僕に聞いてくるけど、それは僕だって知りたいよ。
あんな澱んで紫色に濁った湖に入っていったんだ。
普通のアールヴなら数分も持たずに逃げ出してくる、あの湖に……だよ!
一見すると小さくてたよりなさが目立つ幼い女の子。薄紫の長い髪に濃い紫色をした瞳がひと際目立つ、青白さが目立つものの綺麗で透明感あふれる肌をした凡人族の姿をした女の子。
皆が水霊様と敬うのも道理な、背中から淡く輝く半透明な四枚の羽を伸ばし、重さを感じさせない様子で、空を楽し気に飛びまわる女の子。
その姿は本当に綺麗で、とても可憐で、それでいてちょっと儚く見える、神々しさを感じるほどの美しさがある……にもかかわらず、常識を疑わせる突拍子もない行動をとることもある女の子。
そういや僕、ミーア様の非常識で死にかけたことあったっけ……。
「大丈夫だよ、それが証拠にほら……」
湖の水に視線を送る僕。
それにつられて視線を移すシイ=ナ。
「ずいぶん綺麗になってきたね……」
あれほど濁って浅い処ですら底が見えなかった湖が……、その美しさ、以前の美しさを取り戻しつつあった。
透き通った……というにはまだ時間がかかるだろうけど、それでもミーア様が湖に入ってからというもの、日に日に濁りが薄れ、透明度が上がっていくことを僕らは実感してる。
それでも以前のあの姿を取り戻すには、まだまだ時間がかかると思う。
魔滓に汚染されてしまうのは本当に……驚くほど早かったけど、水を元通り綺麗な状態にするのは汚すことの比じゃなく大変なはず。何しろこんなにも広い湖で、しかもミーア様お一人でそれをなさなきゃいけないんだから……。
「あのミーア様だからね、当然じゃないかな」
可愛いんだけど何を考えてるかわからない、表情のほとんど変わらない顔で、なんでもないように日々を過ごしてるんだろうか?
この汚染された湖の中での生活がどんなものかなんて、僕には想像もつかないけど……。
これだけ日が過ぎても陸に戻ってこないことからも、何とかなってるんだと思うほかないわけだし。
湖の中に危険な生き物が居るのかどうかさえ分からないけど、それはまぁ、ミーア様のことだから心配するだけ無駄な気もするな。
「早く戻ってこられるようになるといいね!」
「そうだね。……うん、この調子だときっともうすぐだよ。その時はまた慰労と感謝の宴ですごいことになりそうだけどね」
「だね! そうだよね。私、また思いっきり甘やかしちゃう!」
シイ=ナとのある意味平和な、日々のやり取り。
ただ、ヴィーアル樹海に狩りに出ている狩人たちの間で、ここ最近、樹海の魔獣たちの様子が浮き足立ってないかって話が出てる。いつも以上に気配に敏感かつ過敏で、ちょっとしたことで威嚇から攻撃に移るので危険度がとても上がってる。
その中の一人である僕自身も感じてることで、まるで何かに怯えてるようにも見えてちょっと不穏な感じがする。
せっかく湖の件が何とかなりそうなのにこれだから。
世の中ほんとうまく行かないように出来てるって感じるのは、僕がひねくれてるせいなのかな。
とまぁ、時折り気になる出来事がありつつも、悪い環境なりに前向きな暮らしが続いていた、そんなある日。
季節が更に進み、雪がちらほら舞い落ちる頃、そいつらはやってきた。




