〘四十八話〙ミーアの失敗
お世話になりっぱなしのドリスにすら何も言わず、黙って姿を隠したのはすっごく悪いことをしたとは思っています。
けれど感傷に浸って声をかければ、情に絆され決心も鈍っちゃうし、理由を問いただされたりすれば変に話がこじれたりして、ろくなことにならないと相場は決まっています。
私がいなくなれば当然騒ぎにもなるでしょうけど、後のことを気にすればきりがありません。
だからもう知りません。
どうせここに戻ることもないでしょうし。
この町を去ることにした私でしたけど、呼び出し主のことはやっぱ気になるため、去り際の駄賃としてこっそり確認することにします。
手っ取り早くその場に行くため、私を招くためにギルドに寄こされた立派な馬車にこっそり便乗しちゃいました。これなら絶対迷子になりません。
馬車での私の席は、見晴らしの良い天井席です。
ミーアの体の機能を極限まで落とし、さらにスライム体による光学迷彩で体を隠すことで気配と視覚、両方から見つかりにくくなるよう工夫しました。
それに屋根の上って案外気付きにくいんじゃないでしょうか?
わかりませんけれど。
あのままギルマスについて行ったとしても、もしかすると問題は起こらなかったのかもしれません。
けれど、その逆も然り……なのです。
呼び出し主が私の想像通りだとすれば、素直について行ってまた前みたく閉じ込められてはたまりません。
けれど、好奇心を抑えることも出来なかったため、今こうしてここにいます。
もちろん何かあれば自重なんてせず、全力で逃げ通す所存です!
難しい表情を浮かべたギルドマスターが御者の人と二言三言会話を交わし、多少揉めてはいたものの馬車に乗り込んだところで、私を天井に乗せた馬車は無事動き出しました。
ちなみにお馬さんの姿は元の世界の馬と相違なく、きれいな毛並みは丁寧に世話をされていることが窺われ、さすがお貴族様所有と変なところで感心した私なのでした。
馬車に揺られつつ、私は見納めになるだろうレイナールの町の眺めを堪能します。
お貴族様の館は市場とは逆方向なため、市場が見れないのは残念ですが、それでも活気ある町の様子を見るのは楽しいものです。
大きな川にかかった石造りのアーチ橋を渡る馬車から左手に目をやれば、ギルドの習練場が望めます。私が魔法をぶっぱなした広々とした中州の修練場も見えます。まだ最近のことなのに懐かしく感じます。
橋を渡り切ったところで、遠くからでもよく見えていた高い塔がある場所に出ます。監視塔ですね。ここから川の下流をほどなく行けばそこはもう海です。
ワイバーン襲来の際はここが十分な役割を果たしたそうで、監視の係だった人にはお役目ごくろうさまと言っておきましょう。
所どころで曲がりつつ、しばらく道なりに進んでいけば、少しばかり古びた教会? 寺院が目に入ってきます。あまり高くない尖塔が二つ並んだ、西洋風の佇まいをした石造りの寺院です。
オルガが時々言ってた女神フェリアナとかいう神様を祀ってるところでしょうかね。あまり活気がある様には見えませんが、元日本人である私も宗教には毛ほども興味ありません。オルガはああ見えて結構信心深かったりするのでしょうかね?
何にしろ、関わらないのが吉です。
そう思う私の心とは裏腹に、妙なざわめきを覚えてしまうのはなぜでしょう。
ま、この地からはもう去りますし気にするだけ無駄ってものですね。
そんなこんなで、十分町の景色を堪能させてもらったところで馬車は予想通りの場所、レイナールの代官様のお屋敷に違いない場所へと到着しました。
遠くからでも見ることが出来た、元の世界、ドイツの角々した見た目のお城にも似た代官館は威圧感バッチリで、そんなお金があるのなら町にもっと還元しろと言いたいです。
馬車は両開きの大きな門から迎え入れられ、そのまま広い敷地内へと吸い込まれていきます。
ギルドマスターは私が居ないことで怒られちゃうかもしれませんね。
ま、知ったことではありません。
私は馬車からひっそりと離れ、館の壁伝いに屋根に上がります。ギルマスの動向を探るため、久しぶりに目の代わりとなるスライム体を伸ばしますが、用心のため出すのは一つだけにしておきます。
お貴族様の館だけに何があるかも知れませんし、出し過ぎは私自身の隙にも繋がりますからね。
さて、馬車に乗っていた時同様、気配を消し動向を窺うこととしましょう。
***
執事らしき人に案内されて歩いているギルドマスターは、ギルドでの様子と違いかなり緊張しているようです。館内の佇まいは前世での欧州貴族の館を彷彿とさせるもので、マスターの緊張もかくやと言ったところです。
それにしても前から思っていることですが、人の形をした生き物が暮らしていく中で、建物や道具、服装に趣味趣向、食事に至るまで……、人にかかわってくる様々なものが前世の物と似通ってくるのは必然と言うものなのでしょうか?
私がこうして生まれ変わっていることも含め、とても興味深いです。
とは言うものの、ギルドマスターの緊張の大部分は私のせいに違いないですね。
案内された部屋の中でギルドマスターともう一人、見覚えのある強面イケメンが話を始めました。
アレが呼び出し主に違いなく、聞き取った会話から強面さんはリンストロム卿ってことがわかりました。
部屋にはあと二人居たのですが、その中の一人のおかげで私はギルドマスターたちの話なんかどうでもよくなってしまいました。
「あ、あんにゅ……」
もしかして……とは思っていましたけれど……。
あまりにも久しぶりに見る、無知だった私にこの世界で生きるための知識を色々教えてくれたアンヌが居ます。
怪しかったはずの私にずっと優しくしてくれた、大事な大事なアンヌが居ます。
私の舌ったらずな口は相変わらずアンヌの名前がちゃんと発音出来ません。
アンヌが聞いたら、ちゃんと言えるまで何度でも言わせられるかも知れないです。
ほんとうに懐かしいです……。
それがちょっとした隙を生み出しました。
私のホッとした気持ちが、抑えていたミーアの魔力をほんの一瞬、普通だったら気にすることもないほどの一瞬だけ、けれど大きく漏らしてしまいました。
「誰だ!」
うっそでしょ?
強面イケメンさんがそんな一瞬の私の魔力に気付きました。
私自身は館の屋根の上に居るにもかかわらずです。
特に魔力測定の魔道具とか持っている様子もなかったのに……。
ミーア、一生に何度目かの不覚です。
ああ~、もうっ!
もっとアンヌの姿をこの目に焼き付けて置きたかったのに!
さっきのアレに気付ける人です。この場に居続けるのはちょっとよろしくありません。
残念……ですが、撤収です。
っていうかあの強面さん、窓枠からひっそり、にゅるりと侵入しているスライム謹製目玉を認識してない?
ヤバいっ、早く引き戻さなきゃ!
「風の尖刃、シャープエッジ」
それ、放ってきちゃう?
早いっ。
スライム体を戻すタイミングが遅れました。
「あっ」
思わず屋根の上で声を漏らしてしまい、それと同じくして伸ばしていたスライム目玉の感覚がぷっつり途絶えました。
切断されちゃったようです……。
距離が離れ、長く伸びてしまっていることが仇となり、反応が遅れてしまうのはどうしようもありません。
魔獣と戦う時もこれほど伸ばすことはありませんでしたし、目として使っている時に素早い動きを必要としたこともありません。
完全に油断していました。
情けないです……。
切り離されたスライム体はすぐ取り戻せるならともかく、切り離されたままの状態が続けばいくら万能スライム体であっても、もう私の意志ではどうすることも出来ません。
樹海でも時折ありましたが、魔力での繋がりがなくなったスライム体は、私という意志の下で連携していた命令がリセットされてしまい、その場にあるただのぷにょになってしまうからです。
そこにはもう自ら動く意志というものはありません。
ただ、そうなると厄介なのがスライム体自身、微力な魔力を出しているのでなかなか死滅しないことです。
ものの数十秒で伸ばしていたスライム体は戻ってきましたが、やはりちょっとだけ減っています。小指の先くらい、ほんのわずかな量ですが、それだけあれば二、三日は持ってしまうかもしれません。
ごめんね私。
でも、出来れば早く死んじゃってくれると助かるよ!
おっと、のんびりしてはいられません。
あのお貴族様なら、魔力の残滓を辿りこの場所を探し当ててしまいそうで怖いです。
いったいどうやってぷにょや私の魔力に気付けたのでしょう?
私のスライム体謹製魔力センサーみたいに魔力感知が出来る技能とかを持ってたりするのでしょうか?
アンヌとの再会も果たせず、ドリスやオルガとのお別れもしていませんが、このままの流れでこの町を出たいと思います。
冒険者登録も結局できず、志し半ばで残念ですが仕方ありません。
とっとと撤収、撤収です!




