〘四十九話〙スヴェン、色々考察する
まったく、何だというのだあの幼子は。
こちらが迎えの馬車まで送って会う段取りを整え、懇意にしていたアンヌまでこの場を訪れ待っていたというのに……、来ないばかりかあの騒ぎだ。
そもそも俺たちの存在は幼子には伝えていなかったはずなのだが、まぁギルドでの状況を聞くにつけ、疑念に思うような状況となってしまったのは仕方がない。
アンヌは、あの幼子が隔離されていたことを忘れられず、怯えてしまい来ることを拒んだと思っているようだが、そのような理由で姿をくらませたとはとても思えぬ。
あの幼子には何かある。
只ならぬ魔力量や全属性持ちである事実。ワイバーンを歯牙にもかけない、恐るべき威力を持つ火属性魔法。異常とも思える自然治癒力を見せ、仮死状態からの回復する様をみせつけてくれた。
どれもこれも、安易に見過ごし放置しておけるようなものではなく、幼子どうこうというのはもはや関係なく、為政者によって管理しておくべき存在であり、決して野放しにしてよいものではない。
俺は考えを巡らせながらも、目の前の品を見る。
一つはなんとも不思議で美しい色彩を放つ、虹色の魔石。
もう一つは先日の騒ぎの中、わずかではあるが入手できた侵入者のものと思われる遺留物だ。
虹色魔石はミーアが魔力を込め創り出したという代物だ。
これについての調査ももちろん進めなければならぬが、今はもう一つの方の正体が気になって仕方がない。
侵入者の遺留物。
まぁ侵入者と言葉を濁しているが、ほぼ間違いなくミーアであろう。
代官の館でこのような非常識なことを仕出かすものは無教養で常識無しのあの幼子くらいしか考えつかん。貴族の館に侵入し、更には高位貴族の居る室内の様子を窺うなどという舐めたことをしでかせば、通常なら最低でも禁固十年は固く、場合によっては死罪にすらなりうるところだ。
遺留物は指で摘まめる程度の小さなもので、あの時俺が気付けたのはシャープエッジでなにがしか切断した感触を得ていたこともあるが、何と言っても遺留物からかすかに感じ取れる魔力によってだ。
――俺はヴィースハウン領内でも数少ない二属性持ちだが、そのことは周囲には秘匿していて、知られているのは風属性のみとなっている。
もう一つの属性についてはあえて公表はしておらず、それを知っているのは領主一族とダール伯爵、それに領境警備隊の副官二人だけだ。その副官らについても強制誓約により守秘を徹底させている。
貴族には色々あるということだ。
わざわざ公表し、自らの優位を捨てる必要はない。
強制誓約を使えることでおのずと分かることだが、俺のもう一つの属性とは闇属性だ。
闇属性自体も珍しいものではあるが、居ないわけではない。最たる例が冒険者ギルドのギルドマスターであるウルヴだ。
数少ない闇属性でしかも特級。
この俺と同じだ。
風属性では上級一位を得ているので、本来であれば特級である闇属性の方が等級は上なのだが、そこが政敵の多い上位貴族の面倒なところで、あえて周囲には伏せてあるわけだ。
アンヌら無属性魔法士たちは魔導ボードを使い魔力の測定を行なっているが、無属性はその特性上受動的であり、相手が自発的に魔力を放出するなり、受け入れる意思を示さないとその能力を発揮しずらい。
それに対し闇属性は発せられた魔力はもちろんのこと、更には相手の意志にかかわらず懐深く探りを入れることすら可能となる。
もちろんそれを行うには相手の等級にもよるが、相応の等級が必要になってくるのであるが。
何にせよ、闇属性は人の意志や魔力にかかわる能力を中心に発展してきた歴史があり、それ故あまり快く思っていないものも多いと聞く。俺に言わせればどんな属性でも使う人間によって良くも悪くもなるのだから、区別するのも馬鹿らしいとなるのだが。
所詮持たざる者の妬みだな――。
遺留物を見つけられたのはその闇属性を持つが故のことである。
もっと言えば俺の体に埋め込まれている特殊な魔道具のおかげである。どこまで本当なのかわからぬが、女神フェリアナの啓示によりもたらされた魔法陣により、精霊の霊力すら認識出来るという代物であり、使いこなすにも人を選ぶという扱いに困る魔道具だ。
代々領主一族に引き継がれてきたが適合者が現れずにいた。幸いなことに傍系ながら俺はそれに適合し、おかげで周りに対し魔力の扱いや把握において優位性を得ることが出来た。
具体的に言うなら、魔導ボードの上位互換としてとても優れていて、それにより普通ならば漠然としか感じられない周囲の魔力を、確たる情報として認識できるようになることがあげられる。
遺留物はそんな俺の体内にある魔道具の魔力探知網に引っかかった。
しかも過去にも感じたことのある感触を伴ってだ。
死んだように眠っていたあの時のミーア。
あの幼子から微弱ながらも感じとれた魔力。いや、言い伝えの女神の啓示によれば霊力と言った方がよいのか? それと同じものをこの遺留物からも感じるのだ。
見たところ微妙に青みがかってはいるものの透明に近い。液体のようにも見えるが、流れ出してしまうこともなく、小さくはあるが不定形で歪な形を維持している。
一見すると、卵の白身がその見た目に近いように思うが、代官館の客室にそのようなものを捨ておく愚か者は居ないであろう。
侵入者へと繋がる大事な遺留物だが、時が経つとともにまるで水分が抜けていく水泡のように萎んでいき、直感的に不味く感じたため、つい手を近づけてしまったのだが、その際指先からかすかに魔力が抜き取られる感覚を覚えた。
「ぬぅ、なんと面妖な……。まさかこれは、これで生きているというのか……」
俺はそれに興味がわき、指先を遺留物に直接添え、意識して魔力を送ってみたところ、萎んでいたはずのそれがじわじわとその嵩を戻し、見つけた時の状態に近いものになったではないか。
「なるほど……、これは重畳。魔力を与えることでこの状態を維持できるのであれば、虹色魔石同様、クリスティアンに調査させることも出来よう」
思わぬ偶然の発見に我ながら得心し、俺にしては珍しく口角をあげ喜びの表情を浮かべてしまった。
気を失った時ですら全身から感じとれたミーアの魔力。
その秘密の一端を知るためのきっかけを得られたやもしれぬ。
ミーアという幼子にこれといって隔意を持っている訳ではないし、あれから悪意を感じることもない。無知ゆえの無作法な行いはままあるだろうが、それは教育次第でどうとでもなることだ。
一度は正体不明の不気味さゆえに隔離もしたが、ここに至ればあの時のアンヌの行動に感謝するべきか。間違ってもミーアを他派閥の貴族どもに渡したくはない。ましてや他領などもっての外だ。
あの非常識で行動原理も不明な、何を考えているかわからない幼子に、そうそう食指を動かせるものも居るまいが、有用になること間違いない虹色魔石のこともある。
やはり早々に取り込んでおくに越したことはない。
幸いあの幼子はアンヌにとても懐いている。
アンヌは嫌がるであろうが、ミーアを取り込むため是非とも協力してもらわねばな。
何れにしてもだ。
ミーアが見つからないことには話にならぬ。
まったく、悪いようにはしないというのに。
俺の前に現れた暁には、その頭に拳の一つでも落としてやらねば気が済まぬというものだ。
ふむ、誰かの養女にするのはどうであろうか?
ヨアンあたり、面白いかもしれぬな。
次話より三章です




