〘四十四話〙レイナール子爵の館にて
スヴェンが出ると長くなる……
「レイナール卿、久しいな」
「ご無沙汰しております、ソールバルグ卿。いや、リンストロム領を預かって久しいのですからリンストロム卿とお呼びした方がよろしいですか? 相変わらず無茶をされているようで、母君がお嘆きなのではないですか?」
「パウル、会って早々手厳しいな。最近あちらには全然戻っていないからな、小言を聞かされることもない」
俺はこの地の冒険者ギルドのマスターからの魔伝書簡を受け、まずはレイナール領代官を務めるパウルに会いに来た。パウルを通り越して冒険者ギルドとやり取りしてはパウルの面子を潰すことになる。なによりパウル=レイナール子爵は領都の寄宿学院でのソールバルグ派閥の一員であり、在籍中は共に行動した旧知の仲だからな。
その予定でこちらに来たところで昨晩のあの事態だ。
ここ最近の飛竜種や魔獣の活発な動き。
我々は完全に後手に回っている。
まさか、こんなところまでワイバーンの飛来を許すとはな。
「なるほど……。統治領には戻らない代わりに、こんな片田舎の町には、なにがしかの問題を伴っていらして頂けると。大変ありがたいことです。それにしても今回はとんでもないタイミングとなりましたが、よもや昨晩の事態を予見されていた……などとおっしゃいはしませんよね?」
「まさかな。貴公こそ、昨晩のあの醜態。この領も色々改善の余地があるのではないか? それより、ギルドマスターはもう来ているのか? であるならば昨晩の件も含め、早急に話がしたいのだが」
俺の言葉に頷きで返したパウルがハンドベルを鳴らせば、なじみの執事が体格の良い壮年の男を伴って現れた。既にパウルとの挨拶は済んでいるのだろうその男は、俺に向かい一礼すると言葉を続けた。
「リンストロム卿にはご機嫌麗しく、私はレイナールの冒険者ギルドにおいてギルドマスターを拝命しておりますウルヴと申します。何分慣れない……」
「ああ、堅苦しい挨拶はよい。俺は領境警備隊の隊長でもあり、部下には平民も多い。普段の口調での会話も許す、話を始めよ」
堅苦しいままでは話が進まん。俺はさっさと用件に入りたい。
パウルの勧めで席に着いたところで会談は始まった。
「昨晩の件も気になっておられるでしょうが、まずは予定していた報告をさせていただきます。事の発端は商人の隊商が野盗の襲撃を受けたことです。残念ながら護衛の甲斐なく多数の被害を出し、身柄を攫われたものも少なからず出ました」
「うん、報告は受けているね。複数の野盗が徒党を組んだ、相当規模の襲撃だったらしいね。それでも隊商の本隊自体は守れたというし、多少の被害は仕方ないだろう。……ああ、すまんね、続けて」
確かに野盗の襲撃は頭の痛い問題だ。毎日どこかしらで被害の報告が上がっている。隊商本隊を守れたならそれはもう重畳というべきだろう。
魔獣という恐るべき存在の脅威が差し迫っているのに人同士で争うなど愚かなものだ……。ま、俺が言うのもなんだがな。
「実は襲撃から三日ほど経過したころ、行方不明となっていた冒険者より魔伝書簡が届きまして、驚いたことに襲撃に加わっていた野盗集団の一つを撃退したというのです。冒険者は上級三位の剣士と中級二位の斥候でしたが、魔力阻害の魔道具を使われ拉致されていたようです。それを何とか打開し、逆に討伐に成功したと」
「ほう、それは素晴らしいね。冒険者たちも一矢報いたわけだね」
ギルドマスターが俺を窺うように見る。
この辺の話は彼からの魔伝書簡ですでに知っている話だ。パウルと共有するための説明であり、俺は軽く頷いて話を進めさせる。
「はい、その野盗は頭目を含め、十七名が全滅。奪われた金品も一部は失われたものの、逆にため込んであった財も多く、当ギルドとしては多少なりとも救われた結果となりました」
「ふーん、なるほど。けれどそれで済むような話ではないんだね? わざわざスヴェン様が来館され、私を交えて話をするというんだからね。いや、どんな話を聞かせてくれるのか楽しみだね」
パウルめ、相変わらず口が回ることだ。
「討伐を果たしました冒険者は現地で事後処理をした後、拉致されていた女子供も引き連れてギルドに戻ってきたのですが、そこで一つ問題がありまして……」
「へぇ、子供までいたのかい。野盗どもは本当に見境ないようだね」
パウルが自らの執務机から身を乗り出し、興味を示している。
「女は三人で、レイナールの商業ギルド登録でしたが、子供の方が未登録児だったのです。そのままでは町に入ることが出来ないため、現場判断で通行保証金を払うことで通行許可を得て、町に入る次第となりました」
「子供が通行保証金を払ったのかい? 確か金貨十枚が必要なのではなかったかな? ふむ、なんとも興味深い子供だね……、続けて?」
パウルめ、どこが話の要点か気付いたな。俺としてもここからが確認しておきたいところだ。
「回りくどいことはこれくらいにしておきましょう。ご報告差し上げたいのはその子供についてです。本人曰く、名前はミーア。年齢は推定十歳の女児です。外見も幼く髪色も珍しいため、お目にすることがあるならば驚かれることでしょう。出自については未確認ですが、今日この場で判明するかもしれません」
ギルドマスターが強い視線で俺を見てくるので頷いて返す。
こちらとしてもそれこそ望むところ。
昨晩のことさえなければ、アンヌへも良い話が出来ると思っていたのだが……。
「その女児、ミーアについては冒険者ギルドのルールに則り見習いとして教育し、いずれ正式な冒険者として登録させる手筈です。それを踏まえ、ミーアの適性などを確認していく中で問題が起こりました」
ギルドマスターがそこで間をとり、俺とパウルの方を見据え大きなため息をついた後、覚悟を決めたように話し出した。
「まず魔力測定を行いました。魔力紋の登録と属性確認、合わせて魔器官の発達深度を確認するためです。結果は驚くべきものでした……」
「なんだい、もったいぶらずに早く言いたまえよ」
「では……、今から言うこれは事実です。ミーアは全属性持ちでした。基礎四元はもちろん、光、闇、それらの派生属性に至るまで、すべての属性への適応を魔道具は示しました。更に言えば魔器官深度は十段階中の十。測定できる最高の値となりました」
「ま、待ちたまえ、ウルヴ。それは間違いないんだろうね? そのようなこと、あり得るのか?」
「まごうことなき事実です。ギルドの記録でも全属性持ちなど存在したためしも無く、本当に驚くべきことです」
さすがのパウルも開いた口が塞がらないといったところか。俺ですら魔伝書簡で報告を受けた時は言葉を失ったからな。
だが……、俺はミーアの異常性を知っている。
それゆえ、そんなこともあり得る……と、妙に納得も出来るのだ。
だが言葉だけでは何とでも言える。
やはりミーアと実際に会い、俺の目でしっかり確認せねばならぬ。
「報告には続きがあります」
ふむ。
俺が知らない話が、まだあると?
「まずはこれを見ていただきたく」
ウルヴが腰元から皮袋を取り出し、それをテーブル上に置いた。
拳大ほどの塊がいくつか入っているのか、それなりに膨らんでいるそれに手を入れ、我々に中身を取り出して見せた。
「ほぉ、これはなんとも美しい! 宝石? いや、まさか、魔石……なのかい?」
「ご推察通り。これは魔石なのです、子爵様。通常、魔石は魔力を込めたものの属性によって色付きますし、魔獣から取り出した際は、その魔獣固有の属性色で染まっているものです。それに鑑みれば自ずとこの魔石のとんでもなさがわかって頂けるかと存じます」
俺はパウルとウルヴのやり取りなど目もくれず、その魔石を手に取ってじっくりと眺めてみた。
多面体の魔石が外からの光を受け、複数の色が絡み合った幻想的な輝きを見せる、まさに虹色と言うしかないなんとも美しい魔石だ。これを世に出せば、その能力を差し置いても欲しがるものが数多でることは想像に難くない。
「ふん、ミーアが魔力を込めたのだろう? 相も変わらず常識外のことばかり仕出かす女児だ」
「おや、スヴェン様はやはり、そのミーアという女児をご存じなのですね? ふふ、お人が悪い。しかしこれは驚いたで済ませられる話ではないと思いますが、いかがするのです?」
「本人を前にしておらぬゆえ断定は出来ぬが……、ミーアなる女児は以前、領境警備隊で保護したソルヴェ村の生き残りで間違いないだろう。ある事情により、我らの手から離れてしまい、小規模ではあるが今まで捜索を続けていたのだ。今回ウルヴからの連絡を受け、急ぎ確認のためここに来ることになったのだが……、別れる前以上に更に問題を増やしてくれたな」
俺はウルヴとパウルを交互に見つつ、話を続ける。
「全属性持ちであるうえに、虹色の魔石を創りだす女児か……。ひとまずミーアに会うのが先決だな。ミーアに会いたいとうるさい奴もいるしな。レイナール子爵、私と、もう一人遅れてくるので滞在させてもらいたい。ギルドマスター、ミーアについては段取りを頼めるか? 日取りは追って連絡を入れる」
「私の方はかまいませんよ、準備させましょう。しかし、あのソルヴェ村の生き残りですか。中々面白いことになりそうですね」
ぬかせ。
楽しんでいるように見えるパウルに俺は内心で悪態をついた。
「話は尽きぬようですが、昨晩の……ワイバーン襲来の件についてお話をさせていただきたく」
「ふむ、そうであったな。もうわかりきったことではあるが、聞こう」
「こちらにも監視塔から魔導書簡による連絡が入り、それを受けてワイバーン二頭の撃退策をどうするか、苦慮していたところでアレでしたね」
これに関してはウルヴからの報告というのは少し違う気もするが、まぁワイバーン撃退時の話を聞くにそれも仕方なしというところか。
「もう察せられているかと思いますので、単刀直入に言いますが……、ワイバーンを撃退した二つの強力無比な魔法。それを放ったのはミーアで間違いないというのが冒険者ギルドとしての見解です。特に最初の巨大な炎柱の魔法はリンストロム卿から伺っていたものとも酷似しておりましたし、何よりワイバーンの遺骸に残っていた魔力の残滓を調べたところ、魔力紋がミーアのものと一致しましたから」
「ふん、さもありなん。それよりも俺はワイバーンへの魔法攻撃が結界内からだったのか、それとも外からだったのか、についての方が気になる。パウル、ここレイナールの結界は魔法攻撃はその守護の適用外であるのか?」
俺はそんな疑問をパウルに投げかけた。正直答えは解っているが念のため代官からの言葉で再確認しておきたい。
「結界の内からであっても結界魔道具設置時に設定した閾値を超える魔力を用いた魔法は弾かれるようになっていますね」
やはりそうか。
「ただし、今回のこの魔法、結界内から放たれたことは無属性魔法士の魔力探知によりおおよそ確認出来ています。にもかかわらず結界に綻びの跡は見受けられませんでした。ワイバーン二頭に相当負荷をかけられていましたので、正直あと数発ブレスを浴びせられていたならまずいことになっていたでしょうが、少なくともあの時点では問題なく維持されていましたね」
「そうか……」
ミーアめ。いったいどうやって結界内からの魔法攻撃を行なっていたのか?
どこまで常識はずれなことをやれば気が済むのか。
やはりあの者を放置しておくのは危険すぎるのではないか?
俺はミーアが幼い女児の皮をかぶった、正体不明の恐ろしい何か……に思えてならない。
パウルとウルヴの存在をよそに、俺は今後どのように対応していけばよいのか、結論の出ない思考の海に沈んでしまうことを止められずにいるのだった。




