〘四十三話〙真夜中の攻防と厨二なミーア
「おい、あれ……なんだと思う?」
月の出ていない、深い闇と瞬く無数の星々が空を支配したかのような夜だった。
この日も退屈で眠気との戦いが常であるはずの夜間の監視塔勤務は、何気に気付いてしまったソレのせいで退屈とは正反対の緊張を強いられる時間になってしまった。
「ん~、何だ?」
相方が俺の指し示す方に目をやり、斥候の技能の一つでいつも俺に自慢してくる暗視を使ったのがわかった。生意気にも中級二位なんて実力を持つこいつは、夜の張り番には是非ともご一緒願いたいやつなのである。
「どうだ? お前と違って俺のとろくさい目じゃよくわからんからな。是非とも何が見えるのか教えてくれや」
嫉妬の混じった俺の皮肉たっぷりの問いかけに、いつもなら倍返しで言葉を返してくるはずのそいつの口から出た言葉は、俺の考えていたものとは全く別物。
怖気が湧いちまう、冗談でも聞きたくもなかった言葉だった。
「……ワイバーン……だ。まじ、かよ。やべぇ、やべぇぞ、おい……」
「お、おまっ、何言って……」
俺と相方が見つめる先、さっきまではオレの目だと黒い何かがぼんやりと動いて見えるくらいのものでしかなかった。
そいつがいつの間にやら暗視が無くたって十分確認できる距離まで近づいてきてやがる!
「まじワイバーン……、早え、しかも二頭かよ、冗談じゃねぇ!」
俺と相方は慌てて緊急の信号弾を監視塔から打ち上げる。眩い光を放ちながら打ち上がったそいつは、ピークでバカでかい炸裂音でもって周囲に非常事態であることを知らしめてくれる。
それと同時に、予め決めてある対象に一括で送れるよう常備してある魔導書簡を、ワイバーン襲来を知らせる手短な報告を込めたうえで、各警備詰め所に送る。
魔道具は高くつくが緊急事態にそんなけち臭いこと言ってられるか!
レイナールの町にはお貴族様ご自慢の結界があるから、ワイバーンと言えども今すぐどうこうってこたぁないだろうが、奴ら相手にどれだけ持ち堪えてくれるのやら。
こんなことは初めてだから全くわかんねぇ。
そうこうするうちに俺たちが動いた甲斐もあってか、一気に町中が騒がしくなってきた。外壁の上通路に警備要員がぞろぞろ上がってきて、そいつらもかなり近づいてきたワイバーンを見つけては、指さし騒ぎだしてる。
冒険者ギルドにも連絡はいってるはずだが、やつらの中にこんな夜中に出張ってくれるハイグレードのやつらとかいるのかね?
いてくれれば相当心強いが、所詮他所もんの集まりだからなぁ……。
集まった皆がどうなることかと戦々恐々としていたその時。
ワイバーンがその口腔からチロチロと赤白い炎を漏らすのが見えたかと思ったら、のこぎりのような歯が覗く、長いくちばし状の咢を開き、次の瞬間、話には聞いたことのあるファイヤーブレスを放った。
外壁よりもまだ数十メートルは離れているにもかかわらず、放ってきやがった。たぶんその少し先が結界の境界なのかね。
放たれたブレスは結界にぶち当たることで進む力が放射状に広がる力に変わり、その有り余る余波で周囲が一斉に燃え広がる。
外壁の外縁は町に入れない奴らが多く住み着いてスラムを作ってやがるし、更にその外側は町の住民の胃袋を支える畑が広がっているんだ。
なんてこった。
二頭のワイバーンは結界の強度を試すかのように代わる代わるブレスを放ち、結界にぶち当たってははじかれ、その余波でもって被害が広がる。
なんでこんなことに……。
どうしてワイバーンがこんなとこまで来やがるんだ?
領境警備隊はどうしたんだよ。
お貴族様はちゃんと仕事やってんのか?
町の警備隊はあくまで人が主な相手であって、襲撃を受けるとしてもせいぜい周囲にいる熊、猪や狼系の魔獣程度のものだ。
あんな化け物を相手にやり合うなんて出来るわけねぇ。
町にも上級や中級の魔法士や剣士はいるだろうが、そいつらがワイバーン相手に命張ってくれるかと言えば微妙なところだ。冒険者連中なんて特にそうだろ。ずっとこの町にいるわけでもねぇ奴らがわざわざ危険を冒すとは思えねぇ。
くっそ。
俺も相方も、外壁の上でワイバーンの凶行を見るしかないやつらも、いつ破られるかもしれない結界を歯がゆい思いで見つめることしか出来ない。
この町の代官であるレイナール子爵へも連絡は行ってるはずだから、もう少しすりゃ、お貴族様子飼いの強力な魔法士様がおいであそばして、この凶悪なワイバーンを倒すなり追い払うなりしてくれるんだよな? そうだろ?
「あ~あ、俺たちゃ、もうおしまいなのかね?」
相方にふざけた口調で問いかける。
「さてな。ちっ、せっかく中級二位まで頑張ってあげたってのに……。全部無駄かよ」
「くくっ、てめぇが似合わねぇ努力なんざするからじゃねぇのか? だから女神フェリアナ様がびっくりしてくしゃみしてよ、ワイバーン共がこっちにぶっとばされてきたんじゃねぇか?」
「んなことあるかっ! 女神なんていねぇ。って、お、おいっ、あれ!」
不信心な相方が目を限界まで大きく開け、ついでに無精ひげに覆われた顎を限界まで開き、呆けた表情を見せている。
とんだ間抜け顔だ。
「なんだってんだよ? って、うっそ……」
相方のことを笑えねぇ。
おれも負けず劣らず、みっともねぇ面をさらしてる自信がある。
それくらい驚いたんだからしかたねぇ。
だってよ。
地面から轟音を伴って迸った極太の火柱。
そいつにワイバーンが飲み込まれちまったんだから……。
「消えちまった……。消えちまったぞ、おい!」
俺は横にいる相方に向け、ありったけの声を出し語りかけた。
「うるせぇなぁ、耳元でがなりまくるなって。……しかしまぁ、なんだろないったい……」
一頭のワイバーンが火柱に飲まれ、消し炭すら残さず消滅した。じゃあ、もう一頭はどうなった? と、視線をさまよわせれば。
ふと辺りから微妙に生臭いような、妙な臭いが漂ったかと思えば、火柱の余波でいまだフラフラと飛んでいたワイバーンに向かい、どこからともなく一筋の白銀が貫いた。
一瞬、世界が光に溶け真っ白になった。
白銀の光に射抜かれ硬直したワイバーンがそのまま空に居られるはずもなく、地面にまっさかさまに落ち、その衝撃でただの肉塊になっちまった。
あっけなくワイバーン二頭は俺たちの前から居なくなった。
それ自体はとても喜ばしいんだが……。
「おいおい、なんだよそれ。どうなってんだよこれ」
普段俺よりよっぽど落ち着いてる相方が、落ち着きなく行ったり来たりしている。
「落ち着けよ、おい。俺たちの頭で考えたってわかりゃしないんだからよ」
そう言ってる俺だって、実のところ頭パニクってるわけなんだがよ。
ともかく……、俺たちは九死に一生を得たみたいだ。
***
深夜、急にやってくるなんて、なんて迷惑なやつらなんでしょうか。
来訪時はちゃんとアポ取ってくれないと困ります。
つうか夜は普通に寝てください。
夜中にスライム魔力センサーで強制覚醒されたスライム娘、ミーア十歳です。
ここって樹海から相当離れてるはずなのに飛んでくるとは根性あるワイバーンですね。っていうか、砦のやつら、ちゃんと仕事しろ!
あっ、別にアンヌが悪い訳じゃないだからね。悪いのはあのえらっそうなお貴族さまに違いない。クルトもきっとサボってる。
そうだそうだ、まったくだ。
とりあえず、来てしまったものは仕方ない。
ちゃっちゃと始末して、もう一度寝ましょう。
ドリスに気付かれないよう、そ~っと抜け出し、屋根に上がりました。視線がまだまだ低く何も確認出来ないので、スライム体をみょ~んと伸ばして高さを稼ぎ、ワイバーンの感があった方を見ます。
あ~、なんか空からブレス放っちゃって好き放題してるワイバーンさんが見えます。
でもなんか見えない壁みたいなのに阻まれて、ブレスは町に届かず周りに飛び散っちゃってます。
うん、あれが結界ってやつなのかな?
ギルドの座学で教えてもらったのでそれくらいわかるのです、えっへん。
でもあれで、ずっと持ち堪えられるのかと言えば、たぶん微妙な感じ。それくらいワイバーンさんのブレス攻撃は激しい。何しろ二匹、代りばんこで放ってますから。頭いいじゃん君たち。
私は手っ取り早く、実績のあるエクスプロージョンを一発ぶちかましワイバーンを消し飛ばしました。確実迅速がモットーです。
で、もう一匹には新技を試してみます。
「貫け光速の雷撃、ペネトレイト・ライトニング・ストライク!」
ちょっと厨二心に溢れる詠唱。
白銀の稲妻。
ワイバーンをビリビリで刺し貫いてしまえ~!
…………。
うん。
見た目、その時は派手だし綺麗なんだけど。
あまりに一瞬だし、結果もなんか地味だし。
微妙だ……。
まぁ、遠距離でも目視出来さえすれば魔法は問題なく使えることがわかりましたし。
ドリスにバレる前にお宿に戻って寝ちゃおっと。
おやすみ~!




