〘三十八話〙ミーアの魔力と魔石の変化
胸の奥で一瞬、何かが抜き出されるような感覚を覚えました。
それに少し遅れたタイミングでギュッと握り込んだ魔石がすごく熱くなっている感覚が伝わってきて、反射的にポイってしてしまいました。
「うそ……、なに、それ……」
エリーネさんがテーブルに転がり落ちた魔石を見て、お口ぽか~んで驚きの表情を浮かべています。
私も釣られてそれを見つめました。
な、なんというか、あれです。
ほとんど無色だったはずの魔石は、今や色々な色がグルグル入り乱れ混ざり合い、目まぐるしい変化を繰り返す、けばけばしさを感じるほどの色彩を見せています。
「に、虹色の魔石……。なんて不思議、でも綺麗……」
「ほえぇ~」
私も驚きのあまり、間抜けな声を出してしまいました。
エリーネさんがその魔石を取り上げようと、恐る恐る手を伸ばします。
「あっ」
かすかに聞こえた、ガラスが擦れたような乾いた音。
その擦過音をきっかけに、魔石にピシリピシリと亀裂が生じ、それはあっという間に魔石全体に広がっていきました。
「なんてこと……」
伸ばした手を止めたエリーネさんが、落胆の声を上げます。
無数の罅は魔石の奥にまで及び、その形を維持することも出来なくなるとあっけなく崩れ、細かな結晶の寄せ集めになってしまいました。
エリーネさんが魔石屑を摘まみ上げ、手のひらに落としてじっと睨みつけています。先ほどまでの派手な色彩はすでになく、元のくすんだ透明に近い色に戻っています。
「はっ、み、ミーアさん、体に異常はありませんか? だるいとか、フラフラするとか……、少しでも変に感じることがあるのなら隠さず教えてください!」
魔石屑を見ていたかと思えば、今度は肩を掴まれ、ゆさゆさしながら私の体調を気にしてくれます。
「はにゃにゃぁ~」
そんなに揺らされたら、それこそフラフラしますから。
エリーネさん落ち着いて!
「ご、ごめんなさい。とりあえず大丈夫のようね? 私はマスターを呼んできます。ミーアさんはここで大人しく待っていてください、何もしないでくださいね」
なかなかに貴重な体験です。
動揺してるエリーネさんを見れるなんてスーパーレアに違いないです。
小走りでギルドマスターを呼びに行くエリーネさんを見送りながら、珍しい光景に出会えたことに悦に入る私なのでした。
***
「ミーア、お前は普通に座学を受けることも出来んのか……」
ギルドマスターは来て早々、疲れた様子をありありと見せて私に言いました。
そんなこと言われても……、私は至って普通。
何かしてやろうと思ってる訳じゃないです。わざとじゃないのです!
私はとっても心外です。
「むむぅ」
だからふくれっ面で抗議してあげました。
「あぁ悪かった。ワザとじゃないことはわかってる、俺が言い過ぎた。だからそんなに膨れるな」
ふふん、わかればいいのです、わかれば。
でもどうですか?
私だってけっこう表情を作ることが出来るようになったと思うのですよ?
もうアンヌに心配かけることだってないはずです。
「魔石をおかしな具合に変化させたらしいな? 色合いから察するに、複数の属性色が入り混じったような状態ではないかという、エリーネの考察だ。昨日の今日でこれとは、本当にお前というやつは……。ふん、そんなことを言っていても仕方ないな。まずは俺も見てみたい、出来るか?」
ぶつくさと小うるさいおっさんです。
それで、です。
出来るか? と問われれば。
わからない!
と答えよう。
さっきも意識してああなったわけじゃないしね。
でもミーアは馬鹿じゃないので、魔力込めればいいんだろってことは普通に察しが付くのです、えへん!
なので石ちょーだい。
私は見下ろしてくるギルマスを上目で見つめながら、おもむろに手を差し出しました。
「ふむ、いいんだな? では、この空魔石で試してみてほしい」
手に乗せられた魔石はさっきの倍は大きくて厚みもあり、ミーアの小さな手ではポロリと落としてしまいそうでちょっとビビる。
いいの、いいの?
見るからに価値がありそうなんだけど、さっきみたく崩れちゃっても知らないよ?
「心配するな、崩してしまっても文句は言わん、気にせず存分にやってくれ」
ほーそうですか、そうですか。
なら遠慮なしにやっちゃいます。
要領も何もないので、とりあえずぎゅーっと、握り……締められないので、両手で包み込みましょう、そうしましょう。
奇しくもお祈りのポーズっぽくなり、イメージしやすいです。
祈る感じで魔石に魔力どんどん送ってみましょう。
「むんっ」
さっき胸の奥で感じた何かを抜き取られたかのような喪失感。
なるほど、魔器官(そう呼んであげます、悔しいけど)から魔力が抜けていったというか、送り出した感覚だったんですね。
いや、やばいです。
空魔石ってば、乾いた砂のごとく、私の魔力をどんどん吸い込んでいきます。しかもさすがはでっかい魔石。さっきはすぐ熱くなっちゃいましたが、今度はなかなかそうはなりません。
とは言うものの、アニソン一曲分くらいの時間をかければ、さすがに吸い込む勢いに衰えが見えてきました。
私はお祈りポーズをやめ、手のひらを広げて魔石が見えるようにし、じわじわ魔力を送りながらも様子を窺います。
みんなして魔石を食い入るように見つめます。
またも変化が始まりました。
今回はじっくり様子を見ながら魔力を注いだせいか、それとも魔石が大きいからか……、色の変化は穏やかで、落ち着いた様子です。
魔石の中心から表面に向かい色彩の対流がいくつも起きています。赤、青、緑に黄色……まさに属性を表すかのような色彩の流れを見せ、その色は次々入れ替わりながら留まることなく変化し続けています。
「ううむ……、全属性を持つものが魔力を注ぐことで、よもやこのような変化が起きるとはな。俺の知る限りにおいて、このようなこと聞いたこともない。驚嘆せざるをえんな」
なんだか、もしかして、私ってすごいってことでしょうか?
「まるで魔石が生きているようです」
うんうん、だよねだよね。
けれどね、おかげで私は魔力制御がとっても大変なんです。油断するとまたさっきの二の舞になってしまいそうで。
ま、これはこれで魔力を扱ういい練習になりそうです。
じわじわ熱が籠ってきました。
きっと、この辺りが魔力の止め時です。
さっきは持てないほど熱くなりましたからね。たぶん石のキャパを超えた魔力を押し込んだせいです。だから崩れちゃったんだと思います。
「できた。これで……いい?」
私、やりきった!
魔力を注ぎ、虹色に輝く魔石をギルドマスターに手渡します。
「これは……、とんでもない、な……」
「綺麗です。綺麗すぎて涙が出てしまいそう……」
魔力を十二分に吸収した魔石は、止めた時点の色彩そのままに、鮮やかな虹色で固定化されています。
いびつな多面体をした魔石は見る角度によってもその様子を変えますし、どこから見ても華やかで美しい色彩を見せつけてくれています。
「さて……、わかっていると思うが、このことは当面他言無用だ。ミーア、いいか? これはお前を守るための処置でもある。そのことは理解できるか?」
ギルドマスターが真剣な眼差しを私に向け、問いかけてきました。
うう、迫力あります。
「わ、わかる……」
何しろ虹色した魔石だもんねぇ。
とは言え、これで何が出来るかわかりませんけれども、いかにも貴重なものっぽい見てくれだし、それだけでも欲しいっていう人が出そうだし、やばい人たちに目を付けられたりするのも困ります。
「そうか、ならば良い。エリーネ、君も気にかけておいてくれ。ミーアは何をしでかすか、わかったものではないからな。それとだ、この虹色魔石について詳細な……」
ギルドマスターは矛先をエリーネさんに変え、あれやこれやと色々話しています。
エリーネさん大変そうです。いい迷惑ですね。
まぁ私のせいですが。
うん、これ以上面倒かけないためにも、ここは大人しく崩れた魔石でもイジイジして遊んでましょう。
この魔石屑に魔力通したらどうなるかしらん?
やってみよ~。
あっ。
溶けてまた固まっちゃった……よ。
再結晶化……できちゃった。
ま、ま、魔石のリサイクル~、わ~い。(現実逃避)
き、気付かれてない……よね?
私は何もしていない。
今の現象だってな~んにも知らない、見ていない。
私は再結晶化した魔石を手で覆い隠し、それと同時に魔力を一気に送り込み、元の魔石屑に再度戻して知らんぷりを決め込むことにした。
した。
はぁ……。
そういえば昼からは実技の予定でしたけど、何するんでしょう?
最近ストレスがたまることが多いです。
今もですが。
ドカーンと一発、ぶっ放してみたいんですけど……。
ダメでしょうか?




