〘三十七話〙冒険者見習いミーア
ブレンダの宿で英気を養った翌日、いよいよ冒険者見習い生活の始まりです。
朝も遅い時間、わざわざ迎えにきてくれたオルガと共に、ドリスに手を引かれてギルドへ向かいました。
「ようエリーネ、ミーアを連れてきたぜ。ギルマスに連絡頼まぁ」
オルガの雑な挨拶はともかく、昨日の小会議室に再び案内されました。
ギルドマスターが来るまで、ブレンダさんが籠に入れて持たせてくれたおやつを食べながら待つことにします。
昨日同様ドリスが酒場で柑橘系の飲み物を仕入れてきました。さすがに今日は食べ物までは持ってこなかった模様。
ブレンダさんお手製のおやつは、見た目マカロンみたいなサクサク生地でジャムっぽいものを挟んだ焼き菓子と、食感はほとんどドーナツで、でも形は単純な丸や四角をした揚げ菓子です。
どちらのお菓子も色は茶系の単一色のみ。特にマカロンもどきは、日本でよく見たカラフルな色合いが無いのはちょっと残念ではあるけれど、この世界に生まれて初めて食べた、頬っぺた落ちそうなくらい甘みのきいた美味しいお菓子です!
アンヌと居た時は残念ながら場所が場所だっただけに、お菓子みたいなぜいたく品をいただくなんてことは出来ませんでしたし。
う~ん、デリ~シャス!
スライム体のままであったならこんな美味しい体験、叶うこともなかったでしょう。
ミーアの体との出会いに、この世界に居るかどうかもわからない神様に感謝したいと思います。
ついこの間も神様に感謝の意を示したような気がしますが別に宗教に興味はありません。ただノリと気分で言ってるだけなのです、はい。
随分安上がりに得られる幸せな気分でお菓子をぱくつき、またもテーブルの上を散らかしていたら、ギルドマスターが現れました。
一瞬、ギルマスさんの頬がひくついたように見えたのは私だけでしょうか?
「まったく、ここは食堂じゃないんだがな……。まあいい。早速だが今日からミーアには正式な冒険者として登録するための見習い期間を過ごしてもらうことになる。……とはいうもののだ、ギルドも色々忙しくてな。それにここまで小さな見習いも前例がない。そこでお前たち二人にも見習い育成について、ぜひとも協力願いたいと考えている」
ギルドマスターがドリスとオルガにそう語りかけます。
オルガから前もって聞かされてはいたものの、ドリスはちょっと自信なさげです。
でも心配は無用!
相手は私です。
前知識全然なしの私には何を話しても知識になるわけで、不安になるだけその気持ちがもったいないと思います。
「基本毎日来てもらうが、おおまかには午前に座学、午後からは実技や実際の依頼も視野に入れて進める。あくまで予定だから、都度調整はしていくつもりだ」
うむむ、聞いてるだけで面倒くさい気分になってきました。
何もかも投げ捨ててすぐ逃げたい。
でも、これからのことを考えれば冒険者登録だけはしておいた方が何かと都合いいとは思います。
二人も協力してくれるみたいだし、正式に登録できるまでは頑張ってみますかねぇ。
とは言え。
「あ、あの……」
「なんだ、ミーアからとは珍しいな。疑問があるなら早めに解消しておけ」
「いつまでみならい? どうなればせいしき?」
期間や条件の確認は大事。
どうなれば達成なのかわからないと頑張りどころもわからないです。
「うむ、そうだったな。期間は特に設けてはいない。条件さえ達成できればその時点で見習い期間は終了だ。逆に言えば達成できない限り見習いの立場は続くだろう。条件については座学、実地実習の履修はもちろんだが、他にも細かいことが色々出てくるだろうし、今の時点ではこれくらいしか言えないな」
ふ~ん、勿体ぶりますね。
まぁいいですけど……。
――そんな感じで、いくらか疑問点とか気を付けなきゃいけないこととか確認しつつも、私のレイナールでの冒険者生活(仮)はスタートしたのでした。
***
「ミーアさんにはまず、本当の基礎の基礎から始めますね」
ギルマスさんやオルガたちとさよならし、エリーネさん講師による座学が始まりました。
有能なんですね、エリーネさん。
けれど、いくら美人で有能なエリーネさんのお話でも面倒くさいものは面倒くさいです。
「――冒険者ギルド、もしくは各職業ギルドのいずれかに所属することはヴィースハウン領の諸侯統治下の町で暮らす者の義務です。各ギルドは領主様以下、諸侯よりその任を承っていますから、その代表たるギルドマスターは相応の地位と権力を持っているとご理解ください」
そう言われても、難しい言葉が次々出てきて理解するのは大変なんですよ、ほんと。
スライム脳がんばれ~。
「ギルドへの登録は基本十二歳からとなります。それまでは親や、親族、それに代わる保護者の管理下に入ることで存在を認められていますが、人としてというより所有物に近い扱いでしかないと認識してください」
うっわ、人権って言葉はこの世界にはなさそうです。
怖い怖い。
「孤児となったものは孤児院に入り、その管理下においてのみ存在が許されます。本来あってはならないことですが、未登録者はどこの町や村にも入れませんし、そもそも形式上は存在しないものですから生きていくことはさぞや大変なことになるかと思います」
そうは言っても、あってはならないことって実際すっごく多そうですね。前世地球でだってそんな人はたくさんいたと思うし、ましてやこの世界です。
実際ミーアもその一員だったわけだしね。
どの世界でも一緒、世知辛い世の中です。
まぁ私としては別にどっちでも問題なく生きていけるんだよねぇ。
けれど、さっき登録できるまでは頑張ろうと決めたばかりです。
はぁ、面倒くさいなぁ……。
小休憩を挟みつつ、座学は続きます。
「――魔道具はミーアさんも使ったことがあるかもしれませんが、そこに使われている魔石について説明をします」
おっ、魔法がらみですか?
これはぜひ真面目に聞きたいと思います!
「魔石は冒険者の仕事の中では重要な意味を持つ品となります。ミーアさんは魔石がどのようにして取れるかご存じですか?」
ふむふむ、ラノベ定番だと魔物を倒せば体の中にある感じでした。ここで言えば魔獣ですかね。
はて……、そんなのあったかな?
魔力受容体はあるけど石なんて無かった気が……。
うーん、すぐ吸収しちゃってるし覚えがないです。
「わからない……」
無難にそう答えました。
エリーネさんは私のその返事に柔らかな微笑みを浮かべつつ頷くと、話を続けます。
「魔獣……、いえ、魔力を持つ生き物には体内に『魔器官』と呼ばれている臓器が存在します。魔石はその中より取り出されるもので、石と呼ばれてはいますが厳密に言えば鉱石に類するものではありません」
言葉と共に、手元に持っていた小さな品物をテーブルの上に置いてくれました。
エリーネさんを窺い見れば頷いてくれたので、手に取って目の前で観察してみます。
ほとんど無色に近い、中心部に淡く紫が残った、一見多面体の水晶のように見える石。
うん、同じようなものが昨日見た魔力測定の魔道具にもいっぱい填まってました。あれはもっと大きくてキラキラしてましたけど、目の前の奴はくすんでるし随分かわいらしいサイズです。
「それが魔石です。後ろ角ウサギのもので、当ギルドでは一番多く持ち込まれる物となります。魔石は魔獣の種類や保有魔力、生存環境によって品質や大きさに差が出ますが、直接の要因としては魔器官の大きさで決まると言ってよく、大きなものほど魔石も大きく品質が高いものが多いです。もちろんそういう個体は数も少ないので希少価値もあります」
情報量多い!
魔器官ってさ……、私が魔力受容体って名前つけたやつだよね。
く~、ひねりのないそのまんまな名前だけど、悔しいけどそちらのが単純で呼びやすいです……。
「魔獣が死ねば魔力の流れは当然止まり、魔器官から出て体を廻るはずだった魔力はそこで留まってしまい、魔力溜まりとなります。そのまま放置しておくと魔力溜まりは次第に凝固し、最終的には結晶化して魔石となります。ゆえに魔器官が大きいものほど大きな魔石が取れやすい、ということに繋がるわけです。もちろん個体差もありますし、品質などは別の要因もからみます。傾向としてそうだとご理解くださいね」
私はうんうん頷くしかない。
でも……、でもね。
今まで私が魔石を見たことがない理由ははっきりしました。
私、倒したらさっさと吸収してましたからね……、魔器官。
魔石出来る時間なんか全くなかった!
くっしょ~~!
そうと知ってたら今頃『魔石長者』になれてたんじゃないでしょうか?
幾らになるのか知らないですけど。
でもまぁ、逆に考えれば魔石にしていたら、自身の魔力受容体の成長は今ほど望めなかったでしょうし……。どっちをどうとるか、トレードオフの関係なのですよねぇ。
「魔石は魔道具を作るうえで必須のものであり、需要がとても高い品です。ギルドへの依頼も採集系に次ぐ頻度で依頼が頻繁に入ります。常設で依頼を出しているところも多いです。この辺りの依頼は追々ミーアさんも受けるようになるかと思いますよ」
ほーほー、ギルドへの依頼とな!
やっぱ掲示板とかあって、依頼がいっぱい貼り付けてあって、冒険者がたかっちゃったりして、気に入ったやつをべりって剥いだりなんかして、「これ受けるわっ」とか受付嬢に言っちゃたり?
やばい、さっきから色々ありすぎて中の人のオタクおじさん、興奮が高止まり状態です!
ワクワクが過ぎて、体中に魔力がぐ~るぐる巡っているような気がします。
思わず手に持ってた魔石もギューッと握り込んだりしちゃいます。
「ミーアさん、どうしました? 気のせいかしら、興奮しているように見えるのだけど……。 ああっ! それ、空魔石なんです。あまり握りしめては魔力が……」
エリーネさんの言葉を聞くのとそれが起こったのはほぼ同時。
そう、時すでに遅しでした。




