〘十九話〙ソルヴェ村での戦い
「これは俺の落ち度だな」
狭い海峡を挟んだ対岸、船を出せば半時ほどの距離だが奴らが飛べば、そんな距離などないに等しい――。
ソルヴェの空を、敵などいないとばかりに赤黒い翼を広げ、悠然とした様子で旋回するワイバーンの群れ。我が物顔で飛んでいるワイバーン共は、翼を広げたときの幅、翼幅で言えば小さい個体ですら五m以上はあり、大きいものだと十mに届くものすら居る。
バカでかい奴らのおかげで、届くはずの日差しの多くを遮り、地に大きな影を落としている。
その数は十三頭にもなり、報告を受けた時よりも多い。
村を襲ったのはワイバーンかファイアードレイク、どちらなのか決め手に欠けていたが、赤黒い翼が示す通り奴らは火属性のワイバーンだ。
火の被害が多かったことからファイアードレイクも候補にあがっていたわけだが、これではっきりしたな。
「仮設砦の設営に乗り出すタイミング……、早まってしまったようだな。まさか、これほど早くに再度の襲来とは……」
俺はみすみす奴らに食い物を届けに来たようなものだ。
ヨアンに目にもの見せてやると息巻いてみせたものの、明らかに分が悪い。
我が隊に火属性持ちの魔法士が多いというのもその要因の一つだ。同じ属性同士の戦いは相性的には有利不利が生じない分、単純に力の強いものが勝つ。
ならばこちらが不利であるのは火を見るより明らか。
魔法攻撃で戦いを有利に持っていくことが難しい。
連れてきた三人のうち二人が火属性の中級一位、残りが土属性の中級二位だ。
上級は風属性一位の俺と火属性二位のヨアンだけで、レナートも風属性中級でしかも攻撃系の魔法は不得手と来ている。
そもそも、魔法等級、位階ともにワイバーン相手では力不足は否めないのだ。
そして何より数的優位にすら立てていないのが最悪だ。
これほどの数のワイバーンが相手では、こちらの分が悪すぎる。
相性以前の問題なのだ。
よって様子を見る余裕など全くなく、最初から全力で挑む。
詰め所から更に内陸寄り、村の中心地点となる広場がその戦場だ。
「風よ、示し処に吹き降りて、全て蹴散らし圧壊せよ、ナロウレンジ・ダウンバースト!」
上級二位の風属性範囲魔法を威力重視で狭い範囲に絞ったものだ。強烈な下降気流を急激に発生させるため、逃げる余地を与えず、木造の建物であれば圧し潰し、倒壊させる威力がある。
奴らに放てば、仕留め切れずとも地に叩き落とし、あわよくば大ダメージを与えられるし、たとえ軽微であったとしても落ちたなら、そこは剣士たちの狩場だ。
それに直撃でなくともバランスを崩し、風をつかみ損ねた飛竜が落ちることもありうる。ゆえに狙い放つよりも、魔力尽きようと数多く放つことを優先すべきだ。
「クルト、エリクやれっ!」
「言われなくっとも~!」
「りょっ!」
クルトが喜々として落ちた獲物に飛び掛かる。
エリクも普段と違い、その気勢は荒い。
ワイバーンも落ちてしまえば、その辺の魔獣同様、剣士たちでも対処可能となる。是非ともこいつらには頑張ってもらいたいものだ。
落ちたワイバーンは慌てたのか、溜めもなくファイアーブレスを放ってきたが、地に落ち傷んだワイバーンのそれにそれほどの威力はなく、予備動作を読めば対処も十分可能だ。
ブレスをやり過ごし、再度詰め寄り切りかかる二人。図体がでかいだけに二人で挑む方が効率も良いし確実だ。
この二人は中級剣士だが戦闘力だけみれば上級にも引けを取らない力を持っている。素行不良と、何より平民出身という出自が上級へのグレードアップの妨げとなっている。そんなことで実力あるものが評価されないなど……、バカらしい話ではある。
ワイバーンは、断末魔の叫びと共に二人のロングソードの餌食となり果てた。うむ、危なげなくて結構なことだ。
このルーティンで対処しきれれば一番良いのだが……。
「炎弾三点射出、ファイアーバレット=スリーラウンドバースト!」
ヨアンも健闘しているようだが、やはり火属性は相性的にダメージを与えにくく、更には高度を取られると炎弾の効果は激減してしまう。
まぁ、それは魔法だけでなく何にでも言えることだが、炎弾の受ける影響は殊更大きい。
したがって一頭落とすためには、いくつもの魔法を組み合わせ、応用し、他の魔法士、剣士たちと協力しながら討伐を進めていかなければならない。
ヨアン、皆、すまないがなんとしても持ちこたえ、結果を出してくれることを期待する。
最悪ここを放棄し、撤退することも考慮せねばならぬかもな。
「……ナロウレンジ・ダウンバースト!」
くぅ、この魔法は魔力の消費が激しすぎる。良くてあと数発といったところか。自分の力量を見誤り魔力枯渇を起こすようなことだけは避けねばならぬ。
それにしてもワイバーン共は存外知能が高く、戦い、争うほどに学習され、次第にこちらの攻撃が通用しなくなっている。
戦闘を始めて半時も経たずして、重傷者が出た。やられたのは連れてきた土属性の魔法士だ。それ以外のものもどこかしら怪我を負っているし、俺も無傷とはいかない。
当然、皆の魔力消耗も激しい。
戦闘前にアンヌが施した補助魔法も、中級二位の技量ではブースト幅は少なく、継続時間も短いため、すでに効力を失っている。それに治癒に手を割かれ、追加のバフをかけることもかなわないでいる。
このままではじり貧か。
仕留めたワイバーンは六頭。
この面子でかなり健闘しているとは思うが損耗は激しく、未だ七頭も残っていて相変わらず上空で旋回し、こちらの様子を窺っている。
「風よっ、烈しき風刃となりすべてを薙ぎ払え! ヴァイオレントウィンド!」
なんだ?
今のは上級三位の風魔法。
放ったのは……、レナート。ダール家の自己中三男坊か。
己の等級をわきまえない魔法を唱えるなど愚かな。ヘタをすれば急性魔力欠乏症で死ぬんだぞ。奴がそれを知らないわけがない。
しかもよりによって、唱えたのがそれか!
凄まじい風、烈しく舞い踊る砂塵の嵐。それに巻き込まれれば人などあっという間にズタズタになり、瀕死となるのは間違いなしだろうが……。
魔法を放ってとっとと気を失ったレナートには悪いが、いかに烈風刃といえど、上空のワイバーンに届くころにはそよ風と化す。
しかもグレード不足の奴が放った魔法は威力自体も半端なものだ。
この魔法は地上にいる相手にこそ効果がある。
空高くにいるワイバーンにそれを放ってどうする?
案の定、ワイバーンは多少ふらつきはしたものの、目立ったダメージを与えることは全くできていない。
「とんだバカ者だ、お前は」
ともかく、どさくさにまぎれ崩れかけた建物の陰に倒れたレナートを引きずり込んで身を隠す。
青い顔をしてぶっ倒れているレナートをアンヌが慌てて介抱している。
――それを見て俺は気付いた。
あきれ果てたぞ、レナート。
貴様、アンヌに良いところを見せようとして碌に使えもしない攻撃魔法を使ったな。
無事領都に帰れた暁には、絶対お前の父親に抗議してやるからな!
今の魔法で様子を窺っていたワイバーン共がまた動く気配をみせる。
そちらも六頭やられてるんだぞ、何とも思わんのか?
ちっ、飛竜種といえども所詮魔獣か……。
隠れさせている職人ギルドの連中もこのままでは守り切れなくなる。どうする?
思い悩んでいたところで、ヨアンから進言があるという。
「スヴェン隊長。隊長が砦に戻ってからのことであり、まだ報告出来ていなかったのですが、実はこの村にはとある理由から地下室が存在します。そこならばワイバーンから身を隠すことも可能かと。実は職人ギルドの方々には早々にそこに退避してもらいました」
ヨアン……。
ヨアン=リンドグレーン。
こいつ、時折先回りが過ぎる。まさに今、こういったところだが。
いや、いいのだ、いいのだけれどな。
釈然としないものがある……。
まったく。
「よし、では籠城戦でいく。残すワイバーンは七頭。安全に時間を稼げるのであれば、各個撃破でなんとか落とせる!」
うむ、これで多少は討伐の見通しがたつというもの。
作戦が決まり、ほんの少しばかり余裕が出来た矢先。
目が眩むほどの閃光、それに激しい轟音と衝撃を伴い……、それは起こった。




