〘十八話〙状況急転とそれぞれの思惑
まずい状況です。
外回りをしているクルトとエリクが警備隊詰め所に、息を切らせて戻ってきました。
彼らの報告によれば、ヴィーアル樹海の上空をワイバーンと見られる飛竜種複数の群れが旋回している様子を確認したとのこと。
その数、目視できたものだけでも十二頭。
まだまだ記憶に新しい、ここソルヴェ村の悪夢が頭をよぎります。
ソルヴェ村は、崖の多い海岸から続く起伏のある丘に牧草地が広がり、内陸部と違い危険な魔獣の出る森も周辺になく、霧や風の強い日が多いものの比較的暮らしやすい土地です。
この一帯に現れるのは小型の魔獣や小動物程度であり、元の村人たちが長年生活出来ていたのもそのおかげでした。
もちろん、大小数多の魔獣が跋扈するヴィーアル樹海と海峡を隔てて向かい合っている――、という最悪の地勢的条件を除いてですが。
ソルヴェの人々は懸案であったその地勢により、ワイバーン等の襲撃による村の壊滅という、最悪の結果を体現してしまいました。
彼奴らがどういう理由でこちらに飛来するのかわかりませんが、何もこのタイミングで現れなくともよいではないかと思ってしまいます。スヴェン隊長と合流出来ることは喜ばしいのですが、問題は仮設砦設営のための先遣部隊を引き連れてきていることです。
こちらに飛来しないことを祈りたいですが、どうでしょう……。
通常そこにいないものが居る。
もう嫌な予感しかしません。
***
「アンヌ、僕の気配察知の探知範囲に複数の不明要素……、いやはっきり言うよ、ワイバーンが入り込んできた。しかもこの数はまずい。……本当にやばいぞ、これは……」
ミーアちゃんといつものお勉強をしていたところにレナートが急襲してきました。
ノックもなしに入ってくるなんて無作法もいいところです。普段ならそう言い返すところなんですが、聞かされた言葉が物騒すぎてそうも言ってられません。
「冗談じゃあ、ないんだよね?」
「そんな悪趣味なことをこの僕が言うわけないだろっ! ついさっき巡回中の剣士どもも、向こう側で旋回してる複数の群れを目撃したって報告を副長にしてたんだ。なのにもう僕の気配察知エリアに入ってきてるってことがどういうことか。わかるだろっ?」
いつになく真剣な表情を見せてくるレナート。
中級二位の魔法士であるレナートの気配察知は、こう言ってはなんだけどお世辞にも広範囲であるとは言えません。いえ、それでもすごく重宝してるし助かっているのは確かなのだけど。
それだけに、危険が身近にせまっている現実をいやでも認識せざるを得ないわけで。
そんな私たちのやりとりを不思議そうに見てくる、最近少しずつその顔に表情を見せるようになったミーアちゃん。無垢なその顔をみて思わずぎゅっと抱きしめてしまった。
大丈夫、私が絶対守ってあげるからね。
***
アンヌに抱きしめられるのは柔らかくってとても良いものだけれども。
なんだかとってもヤバーい雰囲気。
日本の元サラリーマンおじさんである私でも感じとれるくらいに、みんなの様子が殺気立ってきています。
ついさっき、言葉を習ってるところに乱入してきたレナートがアンヌを連れて出て行きました。
私は邪魔と思われたのか部屋に残されたんだけど、さてどうしたものかしらん。
全身の感覚を研ぎ澄まして、ざわついてる彼らの言葉とかを拾った感じからすると、ワイバーンの群れが現れたっぽい。
ふむふむ、では更に感覚の輪を建物の外へ外へと広げてみましょう。
――うーん、やっぱ身体能力の向上だけでは、情報を得るにも限界ありますねぇ。
建物の外まで広げると一気に得られる情報が曖昧になります。
やっぱ魔法的な何かが使ってみたいんですけど!
レナートが言ってたウィンドなんとかって、かなり離れたところの情報を得てる感じだし。かと言ってそもそも私が使えるようになるのか? 使えたとしてどんなことが出来るかもわからないわけですが。
くっそー。
ケチらずに教えてくれてもいいと思わない?
っていうか、そもそも教えてもらうの待つ必要なくない?
私は自由きままなスライム娘。誰の指図も受けな~い。
魔法に必要なのって、私が思うに絶対あの謎器官がらみと睨んでます。
そうに決まってます!
アンヌや警備隊の人たちが、どういう理由があって教えてくれないのかは分からないですけど……。
ああっ!
もしかしてお金? 金なのか?
やっぱ世の中、金か? 異世界でも金なのですか?
じゃあお金持ってない私なんて、ずっとお預けのままじゃないですか。
そんなのいやです~!
覚えたい、使いたい、魔法無双したい~!
今まではスライムぷにょとスライム体浸透で得た身体能力強化があればどうにかなっていたし、アンヌの魔法見るまでは、それで十分満足していました。
魔法なんて夢物語の、あれば面白いのにな~レベルだったし、謎器官についても真面目に向き合ったことはありませんでした。
――でも今からは違う。
私は魔法がぜぇ~ったい、絶対、使ってみたい。使いたいのだ!
スライム娘の根性みせたるでぇ~、おー!
ただし、具体案これから。
***
「スヴェン隊長、遠路お疲れさまでした。長旅の疲れがあるでしょうし、ゆっくり休んで頂きたいのはやまやまなのですが……、事態がそれを許してくれそうにもありません」
「うむ、状況はこちらでも把握している。飛竜種共め。何をきっかけにして海峡渡りをすることになったのか? こちらが連れてきているのは魔法士三名、剣士五名。残りの八名は職人ギルドの連中だ。戦力になるどころか、その八名の守りのため人を割かねばならぬ。つくづく間が悪い」
仮設砦設営のための先遣隊を連れて帰ってくることが目的だったのですから、スヴェン隊長がそれを苦にする必要はないかと思います。むしろ守ることは我々の当然の義務です。隊長もそれはわかった上で、歯がゆい思いをされているのでしょう。
「まあ愚痴はこれくらいにするにしてもだ。……ヨアン、人員配置と対応は訓練通り。ギルドの連中は連れてきた魔法士一人と剣士たちに守らせる。俺たちも迎え撃つぞ。飛竜種共に目にもの見せてやろうではないか」
それでこそ隊長。
「はい。すでに配置は完了してます。あとは隊長と増員の魔法士、それに私が付くだけですよ」
「そうか、さすがだなヨアン。しかし――、再度の飛来がこれほど早いとはな。もしや……、この地のどこかに新たな営巣地を設けでもしたか?」
先遣隊の皆に指示を出し、あらかじめ想定していた見通しの良い、迎撃するに都合の良いポイントに急ぎ向かいながらも隊長がつぶやいた言葉。
あり得る話だと、内心で深く同意した私なのでした。




