83話 ラプラプリム
私はドキドキしながら〈暗所街〉の拠点である宿屋の一階で待っていた。
フィテロからの報告でゼールが不審な行動をとったと聞いた。こちらのダンジョンにはフェリルもおらず、フィテロ達のところにもいなかったようだが。
ガチャリと扉が開いて、フィテロが入ってくる。どうやら、一人みたいだ。
「あ、レイヴィスさん」
「お疲れ。こっちは駄目だったね」
レイヴィスでも吸血鬼の貴族を説得できなかったのか。でも、その人ってアルマッティに協力してくれた人だよね……?
どうして協力を拒否したのだろうか。
「どうやら、ラプラプリムは私のことが嫌いみたいだね」
「ええ………」
フィテロが思わずといった感じで声を漏らす。
そんなフィテロが口を開いた。
「実は、ゼールがラプラプリムだったんです」
「ん?」
「あ?」
「へ?」
討伐組合の面々は各々のリアクションをとって固まる。厨房で料理をしていたパーミアは盛大に肉を焦がしていた。
そんな中、レイヴィスとザザバラだけは冷静だった。
「そういうことか……」
「どうしたの?」
「シャルル・レイヴンスの話では、ユウヤミカゲミツはグリモワールを扱える器だと言っていた」
「大方、グリモワールに残るレイヴン侯の意識がゼールに流れ込んで性格が変わったように見えたのだろう」
ザザバラの考察にフィテロは納得していないようだった。それに気づいたキールが目でフィテロに問いかける。
「意識が流れ込んだだけであそこまで豹変するものでしょうか。それに、彼はグリモワールを手にする前に変わっていたような気も……」
「くだらない」
ザザバラの脇を少し不満そうな麗華がどついた。
真面目に話を聞けと言っているようだ。
「だが、ゼールとやらと話さないことには何もわからんだろう」
再び視線がフィテロに集まる。
「怪我した琴音さんを送り届けると言って帰りました」
私はため息をついて椅子に座った。
ゼール=ラプラプリム説はどうもなぁ。そもそも、ゼール自身が自分はラプラプリムだと知っていたのならなぜ私たちに教えてくれなかったのか。
「ゼールは、ラプラプリムになりたくなかったんだろうな」
討伐組合のメンバーである蜘蛛の異形であるイクスタを片手に持ちながらレオがそんなことを言った。
「どういうこと?」
珍しくレイヴィスが食いつく。
「ラプラプリムが自分の前世だと、おそらく一周目でアイツは知った」
イクスタは大人しくレオの指にいじられている。というよりは、ラプラプリムの話を聞いている?
「ま、わからなくもないけどな」
「な、何を?」
「それは言えないよ。なあ、キール?」
「そうだな。話すのは野暮だ」
なんか男共がムカつく。
ラプラプリムはレイヴィスが嫌い。ラプラプリムはゼール。ゼールは私たちの仲間。
だが、なんかきな臭い。
ゼールはまだ私たちに協力してくれるのか。シャルル・レイヴンズのことあるし。
「よし、明日ゼールに会いに行くぞ! そうと決まれば」
私はスマホを取り出してある人物に電話する。
そう、ゼールと同い年、同じ学校という人物。
疾風くんだ。
放課後。
疾風くんはダンジョンにゼールを連れて行くからと言って電話を切った。
そこからは決めてない。
とりあえず、腹を割って話したい気もする。
「来ましたよ、優希さん」
疾風くんはすごい力でゼールを引っ張りながら私に声をかけてきた。
ゼールは「小テスト、数学の小テストのべんきょ」となにやら呟いている。
「気にしないで。明日、数学の小テストがあるんですけど、こいつ文系で数学できないんです」
思ったよりいつものゼールだった。
「エクリプス化してない」
「エクリプス化って何ですか!」
ゼールは心底嫌そうに私を睨みつけた。
右手には数学の教科書。
「大学生のおねーさんが教えてあげようか?」
「む。優希さんって文理どっちですか」
「理系」
「教えろっ」
ダンジョンの入り口で、数学を教える大学生と教えられる高校生。目立たないわけも……なくもなかった。
人が少ないダンジョンを選んだお陰で、冒険者は私たちだけだった。
「ねえ、ゼール」
「何ですか」
勉強会により心に余裕ができたのか、ゼールは私の問いかけに答えた。
「ゼールは、ラプラプリムなの?」
「…………」
なにやら真剣な顔でゼールは私を見つめた。
「優希さんには、どう見えますか」
「えっと、いつものゼール」
「ならばよし。余計なことは忘れてください」
余計なこと!?
それってラプラプリムのことだよね?
「グリモワールって何? レイヴィスのことどうして嫌いなの、フェリルはどこ、ラプラスの悪魔って」
「質問多いですよ。僕は何も……知らないわけではないですが」
おい。
「まずは、シャルルを味方につけるのが先でしょう」
「ん?」
ゼールは気まずそうに頬をかいた。
「シャルルは僕……ラプラプリムの遺言でレイヴィスさんに協力する気はないんです。どうして吸血鬼になっているのかも謎ですが、彼女はフェリルにも負けず劣らずの弓の名手。きっと役に立ちます」
「ゼールなら、説得できるの?」
「はい、必ず」
ラプラプリムなのかどうかは置いといて、フィテロが言ってたような性格にはなっていないようだ。
一人称も変わらず僕のままだし。
「今回の敵の動きはあらかた見えてるんですよ」
「え?」
「そうなのか、影光」
疾風くんが意外そうにそう言った。
確かに、まぬけの代名詞であるゼールがそんなことを言うとは意外だ。エクリプス化していないとはいえ、やはり中身はラプラプリムなのか。
「敵の狙いは僕。第一に、グリモワールを持たせたくなかった。しかし、これは失敗しました」
数学の教科書がみるみるうちに禍々しい書物へと姿を変える。マジで便利じゃんその本。
「第二に、シャルルとの合流を避けたい」
「どうして?」
「単純に、シャルルがザザバラとの協力を惜しまなくなるから。アナスタシア、フェリル、シャルルという超遠距離射程のアタッカーが増えるのは面白くないんです」
もしかして、敵には遠距離アタッカーに対処できる奴が少ないのか!?
じゃあ、なんでアナスタシアを生かしたんだ?
テレビ局ダンジョン化事件のときにいくらでも倒せたはずなのに!
「第三に、ラプラスの悪魔との合流を避けたい。ここが一番大事。全てを阻止するには僕を殺すのが手っ取り早いでしょ? でも、できなくなった」
私はグリモワールを見る。
簡単に倒せなくなったのか。
回避系のスキルを多く持ってはいるが、攻撃力のないゼールのままなら倒せた。しかし、今のゼールは速いし、火力も高い。
ヒットアンドアウェイされたら敵うわけがない。
しかし、狙われている以上は守らなくてはならない。そう、ただでさえ強いゼールを、討伐組合がアシストするのだ。
「な、なんてこった。ゼールキャリーになるってこと? 絶対無理」
「僕だってキャリーしたくないです」
ゼールは「うーん」と首を傾げる。
どうしたらキャリーをしなくて済むか考えているらしい。諦めろ。
「というか、ラプラプリムはどうしてレイヴィスが嫌いなの?」
「え」
ゼールは驚いたように私を見た。
「知らないんですか?」
「なにを?」
「レイヴィスの正体ですよ」
「知らないけど」
ゼールはすっと息を吸って、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「彼女は、特級天使に指示できる唯一の存在。本当の創造神。本当の名前は、記憶の神ムネモシュネ」
「俺は彼女が嫌いだ。役目を放棄し、天使や神に舐められ、堕天した彼女が」
つまり、それが全ての答えだった。




