84話 父と娘
ゼールは、いや、ラプラプリムは無言で〈吸血街〉を歩いていた。
隣を歩くザザバラはいかにも不機嫌で、少し後ろを歩くレイヴィスもどこか居心地が悪そうだった。
私が同行してもよかったのだろうか。
「怖いね、リヴァドラム」
「キュ?」
小首を傾げるリヴァドラム。
うん、癒しは世界を救うと言うし、リヴァドラムがいれば大丈夫な気がしてきた。
ゼールに言われたレイヴィスの真実。
あれが本当なら、今まで特級天使たちが私に協力していたり、堕天使がレイヴィスに従っていたのも納得。
そして、エクリプスことアルマッティの扱いがすごーく雑なことも。
ただ、ゼールの言っていた「役目を放棄した」という部分だけは理解できなかった。
記憶の神に、役目なんてなかったはずだ。
「ね、ゼール」
「何ですか?」
「シャルルって人、ほんとに説得できるの?」
「僕に任せてください」
その謎の自信はどこから来るのやら。しかも、シャルルに対して『ゼール』として挑む気か? 無理な気がするのだけど。
「ここがシャルルの館だ」
ザザバラの声にゼールの表情が変わる。
安心した。ちゃんとラプラプリムとして接してくれるらしい。
「お久しぶりです、父上」
シャルルは丁寧にお辞儀をして不審そうに私を見た。
「この人はレイヴィスさまの娘だ」
「はあ……」
警戒したように私を見ると、そのさらに後ろにいるレイヴィスを睨みつける。
どうやって父親に取り入ったのだ、目がそう語っていた。
「シャルル、単刀直入に言う。俺たちに協力しろ」
「レイヴィスさまに協力するのですか? あれほど嫌っていらしたのに?」
「そうだ」
ゼールは淡々とシャルルの質問に答えていく。
そんな質疑応答を繰り返し、シャルルは段々とゼールが本気であることに気づいていった。
「………父上は、レイヴィスさまの味方ですか?」
「俺は、彼女の味方だ」
ゼールはそう言うと私の方を見た。
ん? 私か??
「それに、天使が神になり変わるのを黙って見ていることはできない」
「それはそうですが……」
「フェリルもわかってくれる」
ゼールはそう言うと寂しそうに笑った。
「どうか、僕らに協力してくれないだろうか?」
「…………」
シャルルはゼールを見つめた。
彼が父親の意思を完全には受け継いでいないことには気づいただろう。断られても不思議ではない。
「わかりました」
シャルルは意外にも頷いた。
「ただし、母上はそう簡単には見つからないのでは?」
「誰が見つけるって?」
ゼールはそう言うと飾ってある肖像画を見上げた。
あれがラプラプリムか……ゼールとは似ても似つかない底知れぬ恐ろしさがあるな。
「呼び出すんだよ」
私たちはシャルル・レイヴンズの家に泊まることになった。
正直、めっちゃ不安である。
レイヴィスと同じ部屋を割り当てられ、屋敷を色々と案内された。
「使用人はいないのかな」
ゼールにそっと聞くと彼も「確かに……」と呟いた。
「三大貴族だっていうのにおかしな話ですね」
「だよね?」
「ま、気にすることないんじゃないですかね? 僕……ラプラプリムも使用人雇っていましたが、一斉解雇以来雇ってないですし」
「アンタの遺伝か……」
隣でボソッとレイヴィスが呟く。
私と同じこと考えてる……。
「というか、なんでゼールが私とレイヴィスの部屋に?」
「シャルルの部屋に僕が入るのも不自然でしょう」
「ザザバラは?」
「同じ部屋に入ろうとしたら、殺されそうになりました。『お前……異形嫌いのくせに俺と同じ部屋に入る気か?』って」
地味に似てるんだけど。
ゼールは呆れたように首を横に振る。
「異形嫌いなら、異形に恋なんてしませんよねぇ?」
「私に聞かれても」
レイヴィスがしごく真っ当なことを言って、ゼールを思いっきり突き放した。
「僕がやっていたのは“異形殺し”です」
「尚更酷くない?」
「キュア」
リヴァドラムも怯えたように同意する。
「あのねぇ、異形にだって色々いるんですよ。僕が殺していたのは、山賊みたいなマネをするやつ、言葉も通じないような化け物みたいなやつです」
「リヴァドラムとイクスタ……! ゼールお前まさか!」
「なんのまさかだよ、んなことしねーし」
私のボケに上手にツッコんでくれた。誰に鍛えられたんだろうか。
てか、女子二人の部屋で寝る気なのかな、正気か?
「ゼール」
「わかってます。寝るときは、そこら辺の草むらで寝ますから」
「シャルルに部屋用意してもらえよそこは」
庭広いから部屋以上に寝床選び放題かもしれないけどさ!
というか、ラプラプリムならもっと堂々とすればいいのに。
「ラプラプリムは元々、異形殺しを生業とする冒険者だったので野宿には慣れているんですよ」
「それがどうして領地を持つ貴族にまで成り上がったんだ………」
私は遠くを見つめて呟く。
ただの冒険者の割には、貴族になるくらいだから何かを成し遂げたのか。それとも、成り行きなのか。
目の前にいるのに謎が多すぎる。
「さあ、何ででしょうね」
「うわなんかムカつく」
ゼールは立ち上がって部屋から出ていこうとする。
「待って」
レイヴィスがゼールを呼び止めた。
「ラプラスの悪魔はどこにいるの」
「勘付いていますか?」
「私の記憶が正しければ、ラプラプリムは悪魔を連れていたはずだ」
レイヴィスの瞳が一瞬揺れる。
「二体だ。お前の悪魔は二体いた」
「…………え?」
「一体は未来を予知する悪魔。そしてもう一体は、なんだ?」
ゼールは「うーん」と短く唸ると、へらっと笑った。
「はずれ」
ドアノブを回して扉を開く。
「僕の悪魔は一体だけだよ、レイヴィス」
「…………」
◇◇◇
ゼールはとある部屋の前で立ち止まり、静かに扉をノックした。
「どうぞ」
消えありそうな声が聞こえてから、ゼールは扉を開ける。
「さっきぶりだね」
「父上………。いえ、ゼール」
シャルルの返答に満足して、ゼールは壁にもたれかかる。その肩には、小さな蜘蛛の異形がいた。
「二人で話したいと思っていたんだよね」
「奇遇ですね。私もですよ」
シャルルは警戒したように蜘蛛を見る。
こんな異形を、父は従えていただろうか?
蜘蛛はリンゴの欠片を器用に持って頬張っている。
「吸血鬼になったのはどうして?」
「父の領土が消えて、異形は裏町に押し込まれた。私も例外ではありませんでした」
仕事がなくては、生きていくことはできない。困窮していたシャルルに手を差し伸べたのはザザバラだった。
世間知らずの箱入り娘は、彼の甘言に騙された。父や母が再び現れるまでの間、使用人として仕事をしてほしい。
しかし、そんなのは嘘であった。
ザザバラはシャルルの能力にしか興味がなかった。
地下室に閉じ込め、拷問し、吸血鬼になるように迫ったのである。
「よく、忠義を誓っていたもんだ」
「ええ。全ては父のため、母のため。ザザバラに逆らえば意味するのは死ですから」
しかし、こっそりと準備は進めていた。
ザザバラを欺き、いつか自由になる日を夢見て。
「私にも未来視の力があれば、こんな無駄なことしなくて済んだのに」
「………無駄?」
「私なんかいなくても、貴方はどうでも良かった。そうでしょう、ゼール?」
ゼールはピクリと動いた。
「貴方が欲しいのは、母だけなんですから」
私には、興味ないんでしょう?
ラプラプリムの娘である、私には。
「…………そうかもね。僕は、君には興味ないよ」
だけど、とゼールは続けた。
「それは、ゼールの話だ。シャルルに会ったとき、僕の中のラプラプリムは確かに喜んでいた」
「…………」
「僕も覚悟を決めるつもりだ。“彼女”も迎えにきてくれたことだし」
蜘蛛はみるみるうちに姿を変えた。
漆黒の狼。それは、フェリルが連れ回していたシャドウウルフに似ていた。
「敵の様子は?」
「視えるわ。相手も本気のようね」
「そうか」
ゼールはシャルルの頭に手を置いた。
「俺について来い、シャルル」
「……………はい!」
「行くぞ、イクスタ」
イクスタと呼ばれた悪魔は、ふうっと息を吐いた。
「ラプラスの仰せのままに」
やけに悪魔に詳しいイクスタの正体が明らかに……!




