82話 もう一つの配信枠
ゼールはアンデッドは得意ではない。今も、フィテロの後ろでノロノロと歩いている。
本来なら回避盾である自分が、前を歩くべきなのだが、どうやら腰が抜けてしまったようだ。
「どうしてオルトさんがいないんですかぁ……」
情けない声が漏れる。
今頃、琴音の配信ではあることないこと言われているに違いない。ゼールは臆病なのだ、昔から。
「仕方ないですよー、ユーキさんと別のダンジョンに行くように言われたんだから。私がいるだけありがたいと思ってください」
そうだ。
本来は、フィテロは来ないはずだった。興味本意でついてきてくれて本当に助かった。
「こんな汚ねぇ場所にフェリルがいるとは思えません。ああ、こんなことなら疾風を呼ぶんだった」
「でも、ゼールがいないとダメなんでしょう?」
ゼールは真顔になる。
ラプラスの悪魔について、何も知らない。もしかしたら、レイヴン侯ラプラプリムは未来視の能力でも持っているのではなかろうか。
「僕はレイヴン侯とは相対する存在ですよ。あらゆる面においてね」
琴音が足を止めた。振り向いた彼女の顔はとても呆れ顔で、冷ややかでもあった。
「どういう意味?」
「僕は彼には敵わないって意味ですよ。人生のあらゆる面において、ね」
レイヴン侯はフェリルとくだらない話ができるのに、自分はできない。フェリルがあの時、助けてくれたのだって、自分の向こうにいるレイヴン侯を見ていたにすぎない。
「僕は、レイヴン侯にはなれない」
「当たり前でしょ。ゼールはレイヴン侯じゃないんだから」
ゼールはまだ、誰にも言っていなかった。
一周目にて、フェリルがかつて愛した人の生まれ変わりがゼールであるとほのめかしていたことを。
だが、一周目ではゼールはフェリルと恋仲にはなれなかった。つまり、それは。
「フェリルは、レイヴン侯になんてもう興味ないに決まってますよ。ラプラスの悪魔だって、もう主人が死んでるのに協力するメリットないじゃないですか」
ゼールは饒舌になっていた。
自分が拒否している。フェリルに会いたくない。自分の中に眠るレイヴン侯が目覚めたら、フェリルが恋をしたのは、ゼールではなくなってしまう。
自分は自分のままがいい。
僕はアルマッティとエクリプスみたいに、ごちゃ混ぜになんかなりたくない。
「ゼールは、一周目みたいに家族が響木奏に殺されてもいいっていうの?」
「そんなことは……」
琴音は怒ったように再び歩き出した。
自分がわがままなのはわかっている。わかっているけれど。
「………わかったよ」
ゼールは諦めて琴音の前に出た。短剣を握りしめて歩き出す。ここにフェリルはいない気がする。
それでも、ゼールは進むしかなかった。
しばらくして、ボス部屋まで辿り着いた。
重々しい扉を、ゼールはそっと開く。
「ようやく来たか、“異形殺しのラプラプリム”」
そこにいたのは、緑色の皮膚に大きな巨大を持ったデカい異形。
小鬼である。
「この大きさは初めて見ましたねぇ」
フィテロは呑気に呟いた。
もしかしたら、ゴブリンの中でも上位とされるゴブリンキングかもしれない。そういえば、“First001”にはゴブリンキングはいなかった。
「どうします?」
「倒すしかないでしょう。というか、アイツは今なんと……」
ゴブリンは腰に下げていた大きなナタを手に持った。そして、その刃先を迷いなくゼールへと向ける。
「姿形が変われど、オレの目は誤魔化せないぞ! 貴様を殺す! 同胞の、仇!」
ゼールは目を閉じる。
「僕は、ラプラスじゃない」
「嘘だ! 貴様の匂い、気配、覇気、全てあの“異形殺しのラプラプリム”のものだ!」
『俺には見えるよ、ラプラス。お前はいずれ、大切なもの同士を天秤にかけるだろう』
『また、悪魔の予言か?』
『お前は優しいな、ラプラプリム』
ゼールは震える。
ああ、また。こうやって自分の中にいるアイツが出てくるんだ。
「僕はゼール! ラプラプリムなんて知らない!!」
その叫びが開戦の合図だった。
ゴブリンがナタを大きく振り下ろす。地面が割れて、割れた地面の破片がこちらへと飛んでくる。
「任せてください! ……よっと!!」
フィテロが見えない糸を使って破片を止めた。
ゼールはすかさずゴブリンへと突っ込む。
「【ガード】!【蜃気楼】!」
ゴブリンは突然のことに驚く。
敵が分裂したのだ、当然だろう。
その隙をフィテロは見逃さない。
「【ファイアボール】!」
ゴブリンの皮膚が焼ける臭いがした。
琴音は顔を顰める。
今だ!!
ゼールは短剣を握りしめて、ゴブリンの右目を潰す。ゴブリンは跪いた。
「おのれ、殺す……! ラプラプリム!!」
「だから僕は……」
「くらえ!」
ゴブリンが叫んだ。
【咆哮】。
大声で攻撃をし、敵の鼓膜を破壊する。音が聞こえなくなったり、時には気絶したりもする。
連携が取れなくなった。
周りから何も音がしない。耳が熱い。血が出ている。
ゼールはよろよろと立ちあがろうとしたところを、ゴブリンに掴まれた。
握力が強い。このままでは潰されてしまう。
「させません!」
フィテロが【鎖】でゴブリンの手を絡め取り、体勢を崩させる。ゼールはなんとか手から逃れた。
「ありがとう!」
フィテロに意識をそらした瞬間、ゴブリンは琴音に襲いかかった。
鉄のような血の匂いが、ゼールの鼻を刺激する。
琴音は動かない。
「ははは、やったぞ! オレは」
「フィテロ……【ワープゲート】は物も呼べるのか?」
「え?」
「呼べる?」
「一応できます。やったことはないですけど」
ゼールは覚悟を決めた。
あれさえあれば、琴音を助けることができるかもしれない。
「何を?」
「グリモワール」
フィテロはその名前に、背筋が凍る気がした。
地獄郷で死神に言われたことがある。
『かつて、グリモワールという書物を使ってスキルとは全く違う力を研究していた者がいた。その男は、死ぬ前に書物をどこかに隠したらしい』
その書物の名前は。
「【ワープゲート】!グリモワール!」
目の前に一冊の本が現れた。
汚いし、虫に喰われているし、なにより、血のようなものの赤いシミができていた。
ゼールは恐る恐る、それを手に取る。
「ようやく、ようやくだ!」
「グリモワール」
ゼールはそっと呟いて、ゴブリンを見据える。
「第一章」
ゴブリンは怯えたように後ずさった。
まさか、ゼールが使えるとは思わなかったのだろう。グリモワールは、主人を選ぶから。
「12ページ」
「やめろ……」
「【深淵】」
ゴブリンの足元の影が不気味に動き出す。ゆっくりとゴブリンの体が沈んでいく。
「おのれ、ラプラプリム!!」
「敵に回す相手は考えろと、俺はお前たちの先祖に告げたはずだ」
ゼールはグリモワールを閉じると琴音の方へと歩き出す。もう、ゴブリンへの興味は失ったかのように、ゴブリンには視線を向けない。
琴音はかすかに息をしていた。
ゼールはグリモワールを開く。
「第四章、124ページ」
「【完全治癒】
琴音の傷が治ったのを確認して、ゼールは琴音を抱き上げた。
もう、ゴブリンはいなくなっていた。
「フィテロ、帰ろう」
「え、ええ」
不気味な男、ラプラプリム。
かつての人間はスキルを持つことができなかった。
故に彼は作り出した。
あらゆる“魔術”を使える、世界の理を超えた一冊の書物を。魔導書、という。
ルシファーは、ラプラプリムを狙っている。
記憶の神ムネモシュネ、あらゆるスキルを再現する特級天使エクリプスと並ぶ最大の脅威、グリモワールを持つラプラプリムを。




