74話 約束
カナはボス部屋の扉を閉めた。
「勝てるわけないよ! あんな数の狼……」
一斉に仲間たちの視線がカナに向く。
カナは拳を握りしめる。疑われている。“ダンジョン”に入った途端、カイモがみんなにも見えるようになった。
モンスターと同じく、禍々しい姿のカイモを連れている自分を。
神と名乗る何かの、スパイなのではないのか?と。
「みんな、なんでスキルを隠すの?」
「黙れよ! お前だって隠してるだろ!?」
誰かが叫んだ。
怒号が増していく。
キングスライムのせいで、数がかなり減った。それでも、カナには十分多い非難の声。
「それは、みんなが言わないから………」
カナは小さく呟く。
泣きたくなったのは、いつぶりだろうか。
「あたしだって………」
『やめなよ!』
はっと顔をあげた。
知らない言語だ。顔だちと肌の色的にはアジア系だろう。
その声には、周りを咎める意味が含まれている。自分を庇ってくれている。それだけは、わかる。
「ちょっと!」
カナは思わずその子の手をとって走り出す。
知られてはいけない、偽りの自分が顔を出そうとしていたから。
「おい! カナ! あまり遠くに行くなよ!!」
「わかってるよ、レオ」
唯一の友人であるレオの声に、カナはすぐに返事をする。
「何考えてるんだ?」
『え、その声……』
思わず低い声で接してしまった。
カナはイライラして首を横に降る。
「何で、あたしを庇ったの?」
日本人は首を傾げた。
よりにもよって、世界一難しいと言われる日本語を話す日本人だ。
「えっと『ナマエハ?』」
「んー、ユーキ・クドー」
ユーキはすぐに笑顔になった。
単純な性格らしい。
カナは再びイライラとしはじめる。そこから先の会話を知らない。あと話せる日本語は『コンニチハ』と『○ケモンゲットダゼ!』ぐらいだ。
『…あーゆーおーけ?』
カナは思わず涙が出そうになる。
この日本人は何を考えているのか。いつ死ぬかもわからないこの状況で、何を考えているんだろう。
「大丈夫じゃない。私は、スパイなんかじゃない?」
『すぱい? あ! スパイ!? え!? そういうこと!?』
日本人は何かに気づいたらしく、大声をあげる。
カナはハッとしてユーキの口元を塞いだ。
誰かの足音が聞こえる。おそらくは、モンスターだ。
「しーっ」
『あいむそーりー………』
「カイモ」
カイモが姿を現す。
ユーキの身体が一瞬だけ強張ったが、すぐに息を吐いた。
『おーけー、そーりー』
ユーキはカイモをつつくと『よろしく』と呟いた。カイモは不思議そうに頷く。
「スキル、使える?」
『いえす』
ユーキはさっと剣を抜いた。
何の躊躇いもなかった。戦うことを、命を懸けることを躊躇していない。
「カイモ。あたしは戦えないから、あなたがユーキをサポートして」
(わかった)
『さぽーと……かいも?』
カナはユーキに合図を送る。
足音は近い。カナは思いっきり指笛を鳴らした。
ゴブリンライダーだ。
ダイアウルフが牙を剥き出しにして襲ってくる。
『【聖剣】!!』
ダイアウルフが倒れる。
「よし! 【傀儡】!」
死体がぎこちなく動き出す。
ユーキは驚いたようにカナを見た。
「『ダイジョウブ!』」
ユーキはまた笑った。
『よーし、前衛は任せて!』
「カイモ、【ブレス】!」
『ふぁっ!?』
カイモがゴブリンの不意をついて【ブレス】を放つ。しかし、ダイアウルフが交わした。
「やはり、本体はダイアウルフか………」
この階層のボスも、ダイアウルフである。
なんらかの関係があるのかもしれない。しかし、ここを突破されると仲間の場所まで行かれる可能性がある。
『わっとゆあねーむ』
「え………カナ・ブラック」
『カナ! やるよ!』
「は?」
自信満々に、ユーキは言う。
『あと、セブンみにっと!』
クールタイムだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「了解! カイモ、時間を稼げ!」
カイモがダイアウルフの足元に向かって突進する。バランスを崩したダイアウルフに、【傀儡】された狼が噛み付く。
それをみたダイアウルフは悔しそうに鳴くと、元いた方向へと走り去って行った。
「あいつら、また戻ってくるかな?」
(こないと思う)
カナはポカンとしているユーキを見た。
「ユーキ」
『な、なに?』
「ありがとう」
『さんきゅー………』
ユーキはふっと笑って、手を差し出した。
『うぃーあーフレンド! ね?』
カナも笑った。
「そうだね」
戻ってきたカナをレオは一瞥すると目を丸くした。
「どうかした?」
「いや、お前ってそういうのがタイプなのか?」
「あ?」
「何でもない」
「安心して。あたしはそんなんじゃないから」
「お、おう」
レオはカナの秘密を知っている。
しかし、カナのことは少しもわかっていない。
カナも、レオのことを何も知らない。
『ないすみーとぅー!』
「ははは………。こちらこそ、はじめまして。オレはレオ・グリフィン。お前は?」
『ユーキ・クドー』
「ユーキ。いい名前だな」
『へへっ』
「みんな! 集まってくれ!」
リーダー格の年長者たちの声が聞こえた。
カナとレオは顔を見合わせて近づいて行く。ユーキも黙ってついて来た。
「明日の朝から、俺たちは第2層ボス、ダイアウルフ・コロニーの攻略を開始する」
ユーキは首を傾げたままだ。
カナは手を挙げた。
「その前にやることがあります」
「なんだ?」
カナは英語を話せず首を傾げている子供たちを見る。
「言語を統一するべきです。このままじゃ、連携がとれません」
「お前! 早く帰りたくないのか!?」
「早く帰るためです。このままじゃ、いつか駄目になる」
「歳下が俺たちに指図するな!」
カナは舌打ちをする。
「わからずや……」
「落ち着け。どう考えても時間の無駄だ」
「わかんねぇのか? ボスは」
「無理だよ。言語の統一なんて。この数だぞ」
翌朝。
カナは震える身体をどうにか抑えていた。
勝てるわけがない。こんな、お互いのことを何も知らないような集団が、ボスなんかに。
「勝てるかよ」
(大丈夫?)
カイモが現れた。
皆んながカナから距離を取る。
「死にたくない」
ただ、それだけだ。
ダイアウルフ・コロニー。
巨大なダイアウルフの番と、その子供たちによる多数一体のボスモンスター。
それぞれ扱うスキルが違い、的確に有利をとってくる。ボスを倒すためには、リーダーである“キングウルフ”と“クイーンウルフ”を両方倒す必要がある。
そんな高度なことは、今の冒険者達には不可能である。
相手は連携がとれる。しかし、こちらにはできない。英語で指示をすれば、英語圏以外の人間はすぐに死ぬ。
「英語第一主義はやめるべきだよ」
何度も進言したが、取り合ってもらえず。
カナはすでに諦めかけていた。
「どうしたら、勝てる?」
ボスまで辿り着いた。
何人もの子供が、既に腰を抜かしかけている。
ボスを倒さなくては、次の階層への扉は開かない。
否。
ボスを倒さずとも、次の階層への扉は開いている。しかし、ボスは追いかけてくる。それに、簡単に通してもらえる程やわではない。
「やるか………」
「カナ、何を考えてる?」
人が減りすぎたのだ。
だが、いなくなるべき人間が減っていない。リーダーは、変わらないといけない。
「レオ。オレが、罪を背負うから。お前はこのふざけた“ダンジョン”をクリアして故郷に帰れ」
「カナ?」
カナはカイモに合図を送る。
直後、カイモはリーダー格の子供を次々と殺し始めた。その数、およそ10人。多過ぎる犠牲だった。
「【傀儡】」
死体が動き出す。
狼たちは戸惑ったように鳴き声をあげ、2体のボスはピクリとも動かない。
「行けよ!」
レオはハッとして扉の方を見る。
「行くぞ!」
『待って! カナは!? どうするの!?』
ユーキの悲鳴が聞こえた。
第4層での、一連の出来事がなければ、子供達は一周目すらやり遂げることはできなかったに違いない。
第59層、反転竜リリスカルラにたどり着く前に全滅していただろうから。
「いい度胸だな、小僧」
死体はぐちゃぐちゃにされた。
カイモもボロボロだ。
「〈暗所街〉の王を連れているとは、面白い。ここで殺すことを躊躇うレベルだ」
「ボスって喋れるのかよ……」
「どうだ? 取引をしないか?」
カナは首を傾げる。
「おそらく、上の奴らは悪巧みをしている。その悪巧みが本当だったら、貴様を更に強くしよう」
「お前に何の得がある」
「そのスキルは、我が神の加護である。そのよしみさ」
その時、階段を駆け降りてくる子供がいた。
「カナ! だいじょー………ぶ?」
その子供は、レオでもなく、ユーキでもなく。
「確か、フィテロ?」
「そ、そう! アメリカ人のフィテロ・アーリマン!」
確か、最年少組の一人だ。
「なんで」
「フィテロ、カナの本名しらないし、それに」
フィテロはボスを前にしてもいつもの調子で飄々と言った。
「こっちの方が面白そうだったから!」
その途端に狼達が笑い出す。
空気が震える。
「わかった! 貴様も、道連れにしてやろう!」
「ほんと!? 面白いとこ!?」
「ああ。行くがいい。我が神の住まう場所」
「地獄郷へ」




