75話 詐欺師と道化師
キールは少しずつ思い出していた。
あの日、カナとフィテロはキングウルフに殺された。そして、地獄郷へと送られた。
そこで、何十年も過ごした気がする。
もはや、自分を偽ることすら辞めたとき、フィテロはキールにこう言ったのだ。
「キールはキールの時の方が面白いし、かっこいいよ」
「っ!!」
カナは口元を抑える。
そうだ。フィテロは、もう、この世には………。
“ダンジョン”第33層。
【月下の星屑】。
カラクリ人形ピエロ。
一言でいうなら、それしかない。
天井から細い糸で操られているだけの、ボスモンスター。糸は硬かったが、切ってしまえば終わりだと思っていた。
『まずい! 皆んな逃げて!』
真っ先にフィテロが反応した。
響木は驚いたように目を丸くし、周りはただただ反応できなかった。
あの中で、唯一フィテロだけがあのピエロの正体を見破った。
『先に階段を! ここは、私がやります!』
カナが最後に見たのは、討伐されたボスとその横で静かに横たわる一人の少女だった。
一周目。
地獄郷。
「落ちたねー」
「意外と、普通の荒地だな」
キールは地平線を静かに見つめた。
「地獄郷というより、死者の国だ」
フィテロは目を細めた。
「ここで、何をするんだっけ?」
「二周目に向けて、有用なスキルを好きなだけ取得しろだとさ。意味わかんねぇ」
「あの“ダンジョン”は周回型ということですかね?」
「あ?」
フィテロは空を見上げた。
綺麗な青だが、太陽はない。不気味だ。
「ゲームオーバーになったら、スタート地点からやり直せますよね?」
「馬鹿を言うな。この世はゲームとは違う」
「でも、スキルだのボスだの、それこそ“ダンジョン”だの、ゲームじゃないですか?」
キールは息を呑む。
こんな子供に言い負かされてたまるか。
「だが、ゲームオーバーになってもスタート地点には戻れない。現にオレらはスタート地点に戻れたか?」
「まだ、プレイヤーが残っていますから」
フィテロは勝ち誇ったように言う。
「私たちは、プレイヤーがゲームオーバーになるまで、ファームしてればいいんですよ」
「二周目だの、やり直しだの、スタート地点に戻るだの、そんな保証がどこにある」
「そんなものありません。でも、楽しいじゃないですか」
キールは顔を顰める。
地獄郷には、カイモは来れなかった。つまり、ゲームオーバーとやらになるまでこの女と二人きりということだ。
「楽しい? この世界が?」
「はい。そう思った方が、楽しいです」
訳の分からないことを言う。
けれど、その考え方は嫌いではなかった。
「フィテロ。お前は、いい奴だ」
この少女にだけは、嘘はつかない。
その日、キールはそう決めたのだ。
☆☆☆☆☆
私はボス部屋の扉を開けた。
そこにいたのは、寄生された機兵。
「グラスギルドって」
「よりにもよって、機兵かよ………」
レオは舌打ちをする。
機兵は、剣技を含む物理攻撃に強い耐性を持つ。つまり、魔法職が討伐には必須となる。
リヴァドラムがいれば、問題なかった。しかし、この場には魔法職はいない。
「どうする?」
レオがそう言った瞬間、後ろの扉が閉まった。
「…………え?」
デミヒューマの一人、アッセが倒れた。
血溜まりが、瞬く間に広がってゆく。
私は慌てて頭を潰した。
脳が残っていたら、寄生オーガに寄生される恐れがある。
「何、してるの?」
フォンが私の手を掴む。
「ねえ! 哀奈!」
「気を抜いたらダメ! すぐに攻撃が!」
攻撃が見えない。
何故だ。何故見えないんだ?
グラスギルドは………。
改めて、私はグラスギルドを凝視する。
話と、違う。
グラスギルドはまだ生きているのではなかったのか?
「皆んな! 討伐体勢に! 対象はもう死んでる!」
機兵に死ぬという概念があるのかは定かではないが、そこにはもう宿主の意識はなかった。
「あれが、寄生オーガの本当の形態ってことか」
オルトが呟く。
おそらく、そうだろう。
宿主の脳を乗っ取り、ジワジワと破壊し、完全に自分のものとする。
機兵の場合は身体のどこかにある核だろうか。そこに本体がいるはずだ。
「なるほど、寄生オーガがグラスギルドを宿主に選んだ理由がよくわかったよ」
琴音が言った。
機兵ならば、核がどこかわからない。
なぜなら、個体によって核の場所も大きさも強度も異なるから。
「完全に詰んだ……」
「諦めるの? まだまだこれからが楽しいんじゃない」
後ろからだ。
閉まったはずの扉側に、誰かが立っていた。
《ひゃっ!?》《え、え、え!?》《誰だ!?》
その、声は。
どうして、だって。
「ね? 私なら、あの怪物を壊せるけど? ゲームオーバーになっちゃう?」
「フィテロ・アーリマン………?」
レオが呆然と呟く。
彼女は、第33層ボスと相討ちになって死んだはずだ。
「まさか、一周目の“サバイバー”」
「え? 違うよ! 私は……ただの道化師だとも」
「ふざけんな! ユーキ、早く殺っちまおう! 多分コイツ敵ですよ!」
オルトを私は手で制す。
「本当に、フィテロなの?」
「キールに誓って」
キールが誰かはわからないが、私は頷いた。
「詳しい話は後で! 貴女が仕切って!」
「了解! 【傀儡】!」
頭が潰されたアッセがぎこちなく動き出す。
そのスキルは、カナの………。
「イッツァショータイム!!」
「キサマ………ソノ、ケハイハ……」
フィテロはクスクスと笑う。
「レッツエンジョイ! こっからが楽しいんだから!」
アッセが寄生オーガに向かっていく。その様子を、怒りのこもった目でフォンが見つめていた。
「死者への冒涜………」
「カナがいても、同じことしたと思うよ」
私はフィテロを見る。
今しかない。
《種族:ヒューマン
レベル:---
名前:フィテロ・アーリマン
スキル:【カラクリ】【操糸】【変身】【ピエロコスモス】【浮遊】【即死耐性】【状態異常無効】【魔法攻撃耐性】【バリア】【鎖】【ファイアボール】【マジックボックス】【ワープゲート】【地獄郷】【否定】【スキル共有〈キール・ホワイト〉】【死神の加護】
装備:地獄郷のフード
地獄郷の服
地獄郷の服
テイム:歌う炎【ピーナッツ】
所属:地獄郷
足跡:グエル
称号:【天敵】【道化師】【挑戦者】【地獄郷の死者】》
ひぇええええ(ドン引き)。
私のアンデット時のスキル数には劣るが、それでも相当な数だ。
今まで会った人間の中ではおそらくぶっちぎりで最多。何があったらそうなるんだ。というか、死んだはずでは?
気になることは他にもある。
“地獄郷”というワードが何度か出てくる。
フィテロ………。
話したことはあまりない。彼女も、多くを語る性格ではなかった。
時折、誰かをじっと見つめては悲しそうにしていた気がする。
そういえば、キール・ホワイト?
そんな人いたっけ?
『ワットユアネーム?』
私は目を見開く。
このタイミングで現れたフィテロ。
そして、ボス戦前に行方不明になったカナ。
一周目。
どうして忘れていたんだろう。
あの時、あの人の声は………。
「ユーキさん! 呼ぶ人決めて!」
【ワープゲート】か!!
呼べるのか! 呼べるんだな!
「リヴァドラム、一択!」
「そう言うと思った! 【ワープゲート】!!」
《強ww》《黄泉の国から来ただろ》《普通に凄い》《まーた強い人が》
ゲートが開く。
道化師というより、奇術師だな。
☆☆☆
「キール、また会ったね」
その少年は警戒したようにフィテロを睨んだ。
小声で言う。
「オレはお前を知らない。オレのことはカナと呼べ」
「面白くない冗談はやめてよ。私たちは地獄郷で」
「冗談はお前の方だろ。ふざけるな」
その時、フィテロは悟った。
自分は、嵌められたのだと。
あの狼に、あの神に。
だが、違った。
死後に彼に会った。
《すまない。こちらの失態だ。まさか、ルシファーが地獄郷の挑戦者に気づいていたとは》
「なぜ、私だけ」
《さあな。“サバイバー”のミスか、もしくは》
別の天使の采配か。
☆☆☆
「キュ?」
ゲートから出てきたリヴァドラムは首を傾げた。
「リヴァドラム! 【反転】!」
「へえ」
フィテロはニヤニヤと笑う。
この子はきっと、全てを知っている。だからこそ、ここに来た。
「いくよ! 皆んな!」
キールについても、聞きたいことがある。




