67話 再来
「レイカ…………」
記憶にないエルフの女性が嬉しそうに目を細めた。隣には、アスファもいる。
工藤麗華はそっと姉を見つめて頷いた。
姉は緊張した面持ちでゆっくりと麗華の手を握る。
「いいの?」
「うん」
姉の手は震えていた。
「大丈夫」
麗華はそっと微笑む。
昔、誰かに言われた言葉を口ずさむ。
「やめてよ」
先程の綺麗なエルフだ。
小さな女の子は目を潤ませてエルフの持っていたぬいぐるみを見ている。
これは、幼い頃の麗華に似ている。いや、きっと少女は麗華本人なのだろう。
これは、麗華の知らない物語。
「怪我してるんだから、お母さん」
麗華はハッと顔を上げた。
きっとこれは、大切な記憶なんだ。
「大丈夫」
エルフは…………母親は、そっと温かい手で少女の頭を撫でる。
心地良くて、ついつい目を細めてしまったようだ。
「怪我を治すんだよ。すぐに終わるから」
「失敗しない?」
「しないよー」
少女はベッドの上に寝そべってぬいぐるみの“治療”を待つことにしたらしい。
麗華はそっと部屋を出る。
夜空に星が輝いている。
見たこともない街並みだ。一体、いつの時代なのだろう。
「これでいいのかな?」
幼い姉が宿に入って行こうとする。
ふと足を止めてこちらを見た。
「お姉さん、ツツジ屋の蜂蜜ってこれ?」
文字が読めないのだろう。だが、それは麗華も同じだ。
「ごめんなさい。私も旅人なの」
「………そっか。わたしもごめんなさい」
姉は小さい歩幅で走って行く。
忘れていたのだろうか。こんなにも大切で、温かい記憶を。
「お姉ちゃん! アレ!」
再び目を開けると、目の前には二人の少女がいた。
幼い麗華は銅像を指差して誇らしげに言う。
「アレ、お父さんかなぁ?」
「そうだよ! ね、お母さん!」
「どーだろうねぇ」
母親はも得意気に笑うと二人の頭を撫でた。
「ほら、買い出し手伝ってね」
「何買うの?」
「お菓子買って!」
麗華の頬から温かいものが伝う。
そうだ。ずっと、一緒が良かったんだ。
「お姉ちゃん、もう帰ろう? お母さん、許してくれるよ」
姉は足を止めた。
「レイカは強くなりたくないの!?」
「なりたいよ。だけど、お母さんと離れて迷子になるのは、もっと嫌だよ!」
姉妹は母親の【スキル結晶】を奪ったカーバングルを追っていた。
しかし、幼い麗華は嫌がった。もう、母親に会えない気がしてならなかった。
……………その予想は、適中した。
姉はずっと「大丈夫」「大丈夫」と繰り返して妹を落ち着かせた。
自分が何をするべきかわかっているようだった。
だから、言わなかった。本物は心細いことも、本物は心のどこかで姉を責めていたということも。
「いい? 今からおまじないをかけるよ」
それが、最後の記憶。
「おまじないが解けたら、私も、お母さんもいるから」
きっと、そうなのだろう。
この温かい気持ちは、きっと本物なのだ。
「うん!」
麗華は笑顔で言う。
きっともう、大丈夫。
麗華は目を開けた。
最初に視界に映ったのは、白い毛玉だった。
「アスファ………?」
「む、起きたか」
あまり心配そうではない。
予想通りだったにしても、少し薄情ではないだろうか。
「あ、レイカ。起きたの?」
母親であるエルフが入って来た。
うん、やはり薄情にも程がある。
「最愛の娘が帰って来たんだよ。他になんかないの」
「おかえりー」
「待ってたぞー」
「棒読みじゃん」
麗華はため息をついた。
「それで、お姉ちゃんは?」
「家に帰ったぞ? ほら、もう夜だし」
〈暗所街〉はいつも夜だという事実を忘れているのか、それともわざとなのだろうか。
「陛下は?」
「記憶が戻ってもあの男が好きなの?」
母親は嫌そうに言う。
義理の息子になってしまうからだろう。何かあったのだろうか。
「駄目?」
「ザザバラは悪い奴じゃないけど、ほら、頭が高いじゃん」
分からなくもないが、ひどい言いようである。
少なくとも、娘の前で彼氏の悪口を言う親がいるだろうか。
「まあまあ。麗華を“ダンジョン”から連れて帰ってくれたんなら、そんなに悪口を言うこともないさ」
アスファの援護に、麗華は目を輝かせる。
「確かに少し文句言われたけど。頭が高いには賛成だ」
アスファは伸びをすると部屋を出て行こうとする。
「麗華も、落ち着いたら来い。今後について話し合う」
☆☆☆
成功してしまった。
「どうかしましたか?」
隣を歩くアルマッティが聞いて来た。
まさか、敵の本陣から無事にザザバラと麗華を連れて帰って来るとは。さすがラグナロクと同じ特級天使。格が違う。
「いえ、なんでもないです………」
「今まで通りにしてください。わたくしも、その方が嬉しいです」
「それを言うなら、アルマッティは無理してるよね」
アルマッティが驚いたように足を止めた。
リヴァドラムが不思議そうにアルマッティを見る。
「本当の一人称“あたし”だし、口調はどっちかというとエクリプス寄りなんじゃない?」
アルマッティは悲しそうに笑った。
「どうか、アルマッティのままでいさせてください。姉と離れて、この戦いのために生きてきたアルマッティとして、いさせてください」
彼女は夜空を見上げる。
都会は月しか見えないから、つまらない。
あの龍星群のいた丘みたいに、綺麗な夜空が見えたらいいのに。
「優希さんとは、きっと、もっと長くいれると思うんです。だけど、オルトや琴音とは」
寿命というものがある。
本来の力を血の契約書によって完全に取り戻したアルマッティは、私やレイヴィスと同じように永遠にも等しい寿命を手に入れた。
だから、オルトたちのように老いていくことはできない。
ならばせめて、昔のような関係のままでいたいのだろう。
偽ってきたとしても、アルマッティは月島実衣という少女の一部なのだろう。
「わかった」
「でも、我を忘れたらエクリプスの人格が出て来てしまうかもしれません」
「クロマッティになるときね」
「シロマッティです」
「キュ?」
首を傾げたリヴァドラムがおかしくなって、二人で笑い合う。
「ありがとう。また、レイカに会えた」
「別に大したことでは。それより、次はどこで会いますか?」
私は首を傾げた。
「攻略庁は未だにダンジョンのままですから」
元通りにしないといけないってことか。
でも、またダンジョンに入ったら、響木たちが攻めて来るのでは?
「敵は来ないかと」
「?」
「わたくしがいれば、そう簡単には攻めて来ません」
聞けば、本陣に突っ込んだ際に異形たちがかなりエクリプスを恐れていたとのこと。
エクリプスは、記憶の神に進言し異形を創らせた。つまりは異形の母なる存在らしい。
崇拝の対象でもある特級天使に逆らうのは、異形からしても断腸の思いだとか。
「異形を説得するのには、かなりの時間がかかります。異形は自由を欲していますが、ご存じのとおり、神に逆らうことを良しとしない勢力もあります」
死者が多く集う〈暗所街〉。
シャラが王である〈魔虫街〉。
神のお膝元である〈光天街〉。
ザザバラの統治する〈吸血街〉。
他にも、こちらの味方をしてくれる街はたくさんあるし、異形王の娘のような者もいる。
「…………ですが、異形に不満があるのは最もです。かつて、異形は人と共に生きていたのですから」
「アルマッティは、どう思ってるの?」
異形と人の世界が分たれたのは、エクリプスが死んだ後のことだ。
エクリプスは、世界の隔絶についてどう思っているのだろう。
「正直、反対です」
アルマッティはリヴァドラムを見た。
ダンジョンの発生により、テイムモンスターはある程度、この世界に馴染みつつある。
「異形と人は手を取り合うべきです。人を食す異形もいる。当たり前です。人だって、かつては異形を食していました」
では、なぜ異形だけに人喰いのレッテルが貼られて異世界に隔離されたのだろう。
一部の人間を奴隷として食し、非人道的に管理してまで。
「わたくしの予想ですが、人と異形を隔離するように神に進言したのは」
アルマッティは目を逸らした。
「言って」
「……………アスファ様です」
アルマッティは月を見上げた。
「あの方は、ヴィーラの後釜である変化を司る天使です」
それがどうしたというのだ。
「世界のあらゆる変化に気づく彼は、おそらく、自分の娘が時の変化に巻き込まれたことを知ったのでしょう」
私とレイカは装甲列車に乗って未来まで移動した。
私たちを案内したエルゥラと、私たちを乗せたヴィーガと思われる装甲列車。
でも、時の変化って何?
「エルゥラは、全知全能を司る天使でした。過去も未来も全てを見通す。しかし、堕天したことにより彼女の知識は彼女のものだけとなった」
話せないからだよね。
「二人はとあるものを見つけた。謎の建物です」
「もしかして、あの駅………?」
古代文明に突如として現れた駅。
不気味で、恐ろしかった。
「それと同時に、ヴィーガはとあることに気づく。ちょうど、人を乗せるのに適している建物だな、と」
アルマッティはまるで、二人の堕天使を咎めるように言った。
「でも、誰がそんなものを?」
「それが、問題なのです」
アルマッティは悔しそうに呟く。
「考えられるのは、記憶の神ですが、彼女がそんなことをするわけがない」
私達がいなくなるような原因を作るわけがない。
それでは、誰がそんなものを。
頭を抱えた私にアルマッティは申し訳なさそうにいう。
「悩みを増やしてしまいましたね。この話はまた後日」
「はい」
私はリヴァドラムを抱き寄せて、アルマッティに言う。
「ウチに泊まる?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「そっか。気をつけてね」
私よりも強い相手に言うのもなんだか変な感じだが、私はアルマッティが見えなくなってから自分の帰路についた。




