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66話 不意打ち

 ザザバラは重い足を何とか動かして、本拠地へと戻って来た。

 〈吸血街〉は完全にザザバラの管轄であるため、部下が一斉にワープしたことはバレていないはずだ。


「陛下………?」


 麗華(れいか)は驚いたように、ザザバラの腕の中にいるソレを見た。

 響木奏(ひびきかなで)は嬉しそうに言う。


「やったのか!?」


 ザザバラはそっと床の上にソレを置くと頷いた。

 それから、肩に担いでいた悪魔の死体も雑に投げる。悪魔の死体は、ソレの上に落ちた。


「かなりあっさりと。拍子抜けだったぞ」


 ザザバラは血塗れのソレを見て顔を顰める。

 嘘偽りの無い死体。これが、再現の天使の本領。

 特級天使は、やはり格が違う。


「死体を持って帰ってきたのは何故だ?」

「証明のためだ。死体を置いて来た方がよかったか?」


 奏は首を横に振る。

 呪術師(シャーマン)猫人(ケットシー)は目を細めて死体を見つめた。

 ザザバラは心がざわつくのを感じる。彼が一番の障害だろう。


「どうかしたのか?」

「…………いや。()()()()()()




『こっちにはシャーマンがいるが?』

『問題ありません。わたくしに任せてください』




 アルマッティは本物だ。

 今後は詐欺師と呼ぼう。


「麗華。少し疲れた。相手をしてくれないか」


 ザザバラは死体を放置して麗華の手を取る。


「は、はい」




 ザザバラの去った後、奏は死体の首元に触れた。


「死んでる………。カット、これは本物か?」

「間違いない。恐ろしいことだ」


 奏は顔を顰める。


「何がだ?」

「エクリプス様だ」

「エクリプス?」

「“光を喰らう天使”だ」


 カットはわなわなと震えて、死体を追い払うかのように手を振った。


「早く埋めろ。エクリプスは、血の契約書を………。そう、血だ。血には触れるな」


 カットはうなされるように牙を剥き出しにする。


「エクリプス様、怒りなさらぬよう。我々の大いなる目的のためなのです」


 部屋は異様な空気になっていた。

 奏が死体を埋めるように命令しようとした時だった。


「あの、エクリプスとはそんなに恐ろしい者なのですか?」


 フランソワの声に、カットは我に返ったようだった。


「異形の間では有名な話だが…………。そうか、人間は特級天使を知らないのか」


 人間たちの表情が険しくなる。


「特級天使?」

「偉大なる世界の創造神、記憶の神が最初に生み出した者。それが、特級天使。ラグナロク、アポカリプス、カノン、マーキュリー、そして、エクリプス」


 カットは死体を見下ろす。死体には翼はない。それでも、異形にはわかる。

 ルーテリス、ルヴ、ガルワル…………。

 多くの異形が恐れている。ただの死体のはずなのに。


「特級天使にはそれぞれ役割がある。常に平等で中立であるという掟のみが、彼らを縛る」


 つまり、特級天使は自由ということ。

 そして、今回の敵は堕天使ルシファーとその一味。中立という言葉は当てはまらない。なぜなら、敵は天使ですらないのだから。


「エクリプス様の仕事は仲介。喧嘩をした天使の仲を取り持つことだと言われている」

「それのどこが、“光を喰らう天使”なんだ?」

「エクリプス様は記憶の神にこそ忠実だが、それ以外を顧みない方だと言われている。神に謀反を起こした人間の国を一夜にして滅ぼしたという逸話もある」


 人間たちは再び死体を見下ろす。

 ザザバラは、とんでもなく恐ろしい天使を殺して来たようだ。


「エクリプス様を殺すとは、我らにはバチが当たるかもしれませんな」

「カット、異形を解放することを神が望んでいないと思いますか?」

「噂があるんだよ」


 ルーテリスがしばらく迷った後にそう呟いた。


「堕天した記憶の神が、最後に創造したのが、この裏町だってね」

「そうだ。その噂が本当なら、我々は神に逆らっていることになる」

「安心して。今更やめる気はないからさ」


 奏はある事に気づいた。

 カットはアルマッティの血を警戒していた。

 元は天使だったザザバラが、血を警戒しないわけがない。それなのに、ザザバラはわざわざ悪魔の死体を死体の上に投げ捨てた。


「今すぐザザバラを呼び戻せ!!」

「!! 【シールド】!」


 カットのスキルが破壊されて、衝撃波が建物の壁を壊す。


「死体役も楽ではありませんね」

「………アルマッティ、貴様ァ!」


 ルヴが素早く反応した。


「【再現】→」


 警戒したルヴが距離を取る。


「あははっ! みぃすごぉおい!!」


 着地点にいた悪魔が、ルヴを喰い殺す。

 もう既に、契約しているようだった。


「わたくしは血の契約書によって自由になりました」


 ガルワルが唸り声を上げる。


「あの吸血鬼め! 俺たちを裏切りやがった!!」

「くそっ!」


 アルマッティはニヤニヤ笑いを堪え切れずに、奏を見つめる。


「あの吸血鬼に、わたくしが殺せるわけないでしょう?」


 ガルワルとルーテリスが【遠吠え】をした。

 おそらく、仲間でも呼んだのだろう。


「やめろ! 数で敵う相手では」

「撤退を………」

「必要ないよ」


 アルマッティは目を細めて上空を見つめた。


 堕天使ルシファー。

 エクリプスを殺した張本人である。


「負け犬が帰って来たの?」

「うふふ。そう見えますか?」


 そして、二人の天使がぶつかり合う。



     ☆☆☆



「それで? 私に寝返れと?」


 麗華は予想していた説明にため息をついた。

 アスファのことがあって、麗華にも迷いがあった。この申し出は寧ろありがたかった。もう、迷わなくて済む。



『俺は、お前の父親だよ、麗華』



 本当の父親が、あの堕天使ならば麗華の居場所はここではない。それだけは確かだ。

 だが、何も覚えていないというのも悲しい。


 思い出したい。

 きっと、大切な記憶なのだろうから。


「陛下。私は貴方に従います」

「そうか」


 ザザバラはホッとしたように言う。

 どこかで、遠吠えが聞こえた。


「始まったな」


 ザザバラは身を起こした。




「逃さねーよ、裏切り者」




 第65層ボス、時計ノ国ノ白兎。




『おまじないがとけたらお姉ちゃんもお母さんもいるから』




 麗華はそっと目を閉じる。

 優希に会わなくてはいけない。こんなところに、いてはいけない。


「大丈夫」


 麗華は呟く。

 きっと、大丈夫。


「【不滅牢獄(ダークプリズン)】」

「させるか。【ストップ】」


 時が止まる。


 白兎は優雅な足取りで麗華の前で止まった。


「させねーよ?」


 ハッと後ろを振り返ると、天使とは思えないほど醜い天使がいた。

 ドロドロに溶けた皮膚からは黒い瘴気が漂っている。


 白兎は、この天使を知っている。

 中級天使バロノア。

 特級天使エクリプスが気に入っていた天使だ。


「天使様までお出ましかよ」

「あのとっきゅーてんしはいつかころーす」

「はははっ! ただの奴隷がオレに勝てるとでも?」


 そう言いつつ、白兎は冷や汗を流していた。

 どうして、止まった時の中を………。


「っ!」


 白兎はその場から大きく退いた。


「感謝するよ、クロル」

「チッ。お前のせいかよ」


 【ストップ】は無条件に世界の時を止める。

 しかし、それを回避できるスキルがある以上万能ではない。

 白兎は、敵を逃すことに加担してしまったのだ。


「もう行くよ。またね」



 再び時が動き出す。

 白兎はため息をついた。



「勝てるわけねぇ」

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