47話 光天街
もう、何年歩いたかわからない。
オルトとコトネはひたすらに、光天街を目指して線路沿いを歩き続けていた。
最初は軽口を叩き合っていたが、最近では会話もしない。
それよりも、二人にはある疑問が湧いていた。
ここは、本当に裏町なのか?
道ゆく人は、皆んなどこにでもいるような人間ばかりだ。
いや、違う。
ここは、日本ですらない。
日本なら、逆になぜ異形がいない?
「光天街は、本当にあるのか? 俺たちは、夢でも見てたんじゃないか?」
銭湯で身を清め、いつものように公園のベンチに腰を下ろしてタバコに火をつける。
コンビニでビールを入手して来たコトネに、オルトはそう言った。
「たまに、何のために旅をしているのか、わからなくなるよ」
おっとりした声でコトネは言った。
歳を重ねたせいか、今までの若さは微塵もない。
しかし、決して老けたわけでもなく、その見た目は魔女のようだ。我が嫁ながら恐ろしいと、オルトは考える。
「けれど、確かにここは裏町だ。線路は一続きだったし、それに」
「わかってる。電車も車も走ってないし、俺らは平気で線路の上を歩けてる」
本来なら、警察が飛んで来てもおかしくない。
「そう。ここの人間は秩序だっているのに警察はいないし、怪我も病気もしない。まるで、誰かの箱庭みたいだ」
「お前、知的なこと言うようになったよな」
「…………オルトは変わってないよね」
コトネはふっと笑う。「そのままでいてね」そう口を動かすとビールのプルタブを開けて一飲みした。
線路はある。あの悪魔も「電車には乗れない」と言った。つまり、電車は通っているはずなのに。
何故、オルト達には電車が見えないのか。
「ほんと、こんなとこに住んでたなんて、あの子も変わってるよね」
「俺たちが覗いた『改変された世界の記憶』ってやつか?」
コトネは頷く。
ここに来るまでに色々とヒントはあった。町の住民の話。不自然な掲示板の広告。そして、図書館。
それらから推測し、『世界の記憶』を覗いたのが、確か8年ほど前だ。
「まあ、地図を見つけたのは偶然の産物だね。お陰で目的地があと少しだってわかるし」
地図を誇らしげに広げて、コトネは空き缶をそこら辺に投げ捨てた。
この旅で、二人の倫理観は完成に終わっていた。
全てこの世界を把握するため、自分達が生き残るため、そう言い聞かせて、平気で食料を盗み、衣服を盗み、時にはホテルにも侵入した。
誰も、咎めたりしない。
「まるで、ゲームみたい。主人公が何をしても許される、夢の世界」
うっとりとした口調でコトネが呟く。
やはり、魔女だ。しかし、何十年もこうして旅をして、本来の目的を忘れていないのは褒め称えられるべきだろう。
あの時の自分達はいないにしても、だ。
「ここだよ」
突然立ち止まったコトネに文句を言おうとして顔を上げたら嬉しそうな顔が目の前にあった。
「そうか」
駅のホームには誰もいない。いつものことだ。
そう思って目を逸らそうとして、やめた。
人影が黙ってこちらを見つめていた。
「お前、工藤麗華か?」
幼い子供だ。
耳は尖っているため、エルフだとわかる。
ようやく見つけた異形は、数十年前に哀奈が殺した“サバイバー”と瓜二つだ。
「そうだよ。お兄ちゃん」
ぞわり。
今のオルトは、中年男のはずだ。
それなのに。
「うそ、だろ?」
「あら」
オルトは高校時代によく来ていた黒いパーカーを着ていた。お気に入りだった赤いスニーカーも一緒だ。
それに対して、コトネは一切変わっていない。
若返ったオルトを嬉しそうに見ているだけだ。
「お前………。俺に復讐しに来たのか?」
「ううん」
幼い少女は首を横に振る。
まるで気にしていないように、手招きした。
「案内しに来たんだよ」
「私たちをここに呼び出したフェリルという堕天使で、合ってるのかな?」
「うん」
コトネは納得したように歩き出す。
「信用できるのかよ!?」
「光天街は、死者の魂を天使が神の元へ連れて行く場所。いわば、天国と地獄と現世の狭間。彼女はすでに死んでいる。私たちに、何かをしてくるとは到底思えないよ」
「早く早く!!」
『まもなく魔導列車が到着します。お客様は線路から少し離れてお待ち下さい』
オルトはすぐにホームに飛び乗ると、コトネを引っ張り上げた。
そして、今まで決して会わなかった魔導列車が停まる。
死者達だろうか、ぞろぞろと列車から降りて来る。
「なるほど、あの悪魔は私たちを守ってくれたみたいだね」
「はあ?」
「この列車に乗ると死者としてこの街に降り立ってしまう。そうだろう?」
麗華は頷いた。
人間の死者は人形のように決められた道順、決められた歩幅で歩いて行く。
次に降りて来た異形の死者は、嬉しそうに顔を綻ばせてバラバラに歩き出す。
どうやら、異形は人形のようにはならないらしい。
「〈光天街〉はかつて、普通の人間の町だった。その名残があの秩序しかない不気味な世界だ」
コトネはオルトに説明を始めた。
彼女にここ十数年で追加された新しいクセだ。道中は助けられたが、今は少しウザい。
「けれど、それを発動した哀奈………いや、工藤優希が死んだことにより、本来の用途に戻った」
「そうだよ。私の記憶も、元通り」
「嘘をつくなよ。じゃあ何で敵対した」
「元通りなのは、死んだ後だもん」
「そうだろうね」とコトネは頷いた。
「【記憶操作】で元に戻ったのは、三つ」
世界の記憶。
天使の記憶。
そして、死者の記憶。
「町の記憶は?」
「今までの旅が答えだ。ここには、何も知らない人間がまだ住んでいたんじゃないのか?」
「住んでいた」。オルトはコトネの言葉を反芻する。
つまり、ここの住人は、既に。
「行こう。天使様が待ってる」
しばらく無言だった麗華が口を開いた。
「君は、二周目はどうするつもりだ?」
「私は【記憶保存】もないし、私が生き返ったらここでの記憶も消えてしまう。【反転】と【ループ】で保存されるのは、死ぬ前の記憶までって契約だし」
当たり前だ。
元に戻ったのは、三つだけ。
生者の記憶は元通りではない。再び生を受けたら、麗華は記憶を失い、完全に“サバイバー”陣営へと戻る。
「吸血鬼になればいい」
麗華は首を横に振った。
「無理なの」
「どこが無理なんだ? 吸血鬼もアンデットだろう?」
「吸血鬼は分類上は確かにアンデットですけど、厳密には人間に近い異形なんです。半霊とも言われてて………まあ、人間にもアンデットにもなりきれないナニカってわけですけど。つまりですね、吸血鬼になっても記憶は戻りませんよ」
3人で一斉に声のする方を見る。
二十代くらいの男だ。
「おい、コトネ」
「そうだね。生き残った住人か、もしくはそれっぽい異形かもしれない」
「失礼な! 僕はれっきとした人間ですよ!」
男は咳払いするとこう言った。
「僕はゼール。フェリルの相棒です」
「じゃ、お前も歩いて来たのか?」
「はい。ここに着いたのは、一年ほど前ですね」
オルトとコトネは顔を見合わせる。
どうやら、目的は無事に完遂できそうだ。
「連れて行ってくれ」
「はい」
「ところで、ゼールくんはいくつなんだ?」
「はい。僕は三十後半です」
「来月で四十路だよ、この人」
「俺たちより一個下か」
「余計なことを! 僕は四十路過ぎたこの人たちと違ってまだ三十代ですから!!」
「俺は二十代だけど?」
「それ言うなら僕も二十代だろ!」
「おばさんはコトネだけってことだな」
「そうだな! よし、四十路過ぎは一人だけだ!!」
「殺されたい? ここで天国行っとく?」
「「マジすんません」」
こうして、3人が集まった。
ラグナロクとの邂逅まで、そして、【反転】と【ループ】の発動まで、あと少し。




