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37話 次の目的地

「アスファ」


 白い獣はピタッと足を止めて振り向いた。

 尾を振って耳を動かす。額の赤い結晶と青い瞳が光を反射する。


「……………」

「君の彼女、またルシファーと喧嘩するみたいだよ」

「それがどうした」


 白い獣に話しかけたのは、人間の形をした異形だ。

 背中には翼がある。


「行かないの?」

「アポカリプス。余計なことして堕天してみろ」


 アポカリプスと呼ばれた天使は楽しそうにアスファを見つめる。


「怒られるだろう。それに、神から宮殿の清掃と、上級天使からは食事の配膳を頼まれた」


 ようするに、中級天使は愛する者のところへフラリと会いに行く暇さえないのだ。


 すると突然、白い獣の額の赤が青へと変わる。

 同時に体毛が黒へと変わり、瞳の色が赤色になる。


「アスファ。やってみないとわかんないよ」

「グゥウウ………」


 口から漏れたのは低い唸り声だ。牙を剥き出しにして、尻尾を激しく振る。


「全く。中級天使も大変だねぇ」


 中級天使、アスファは定期的に見た目が変わる。

 しかし、誰も彼の属性を知らない。

 なぜなら、彼を天使にしたのは………。


「ほんと、あの方も物好きだねぇ。それが神様のやることかい?」



     ☆☆☆



 哀奈(あいな)は欠伸をした。


 拠点を移して、もうすぐ一週間だ。

 動きはない。レイヴィス達が何をしたいのかも、わからない。

 哀奈は無意味にスキルの鍛錬と習得を繰り返していた。レベルアップとか、意味のわからないこともさせられた。


「レイヴィス。もうやめようよ」

「死ぬ気で鍛錬しなさい」

「むー!」


 哀奈は頬を膨らませて、レイヴィスを睨む。

 そこに足音が近づいて来た。オルトとレイチェルだ。


「見つけたぞ」


 オルトは地図を見せる。遠い大地のようだ。

 レイヴィスはそれを手に取って、印を指でなぞる。


「ぐるぐる、回ってるね」

「おそらくパトロールだ」


 レイヴィスは鼻を鳴らす。


「私とオルト、哀奈で行こう」

「三人で大丈夫かい?」


 宇宙(そら)がそれとなく呟く。


「大丈夫。私を誰だと思っているの?」

「………僕が知る限り最強の異形、かな」




 レイヴィス達が向かっているのは、とある山奥である。

 かつては集落があったそうだが、今ではその跡地があるだけの、ただの森である。

 そこにいると思われるのが、堕天使の猫又レイラである。


「レイラってどんな天使なの?」


 哀奈の無邪気な問いかけに、レイヴィスは首を傾げる。


「うーん、冷静沈着明鏡止水」

「何となくわかった」


 オルトはため息をついた。


「そんな奴が、協力してくれるとは思わねーな」

「どうして?」

「こんな静かな場所にいるくらいだ。争い事なんて、好みじゃねーだろ。俺達と違って」


 レイヴィスは立ち止まる。

 オルトと哀奈は驚いたように、足を止めてレイヴィスを見つめた。


「どうしたの?」


 哀奈の言葉を無視して、レイヴィスは静かにオルトを見つめた。


「勘違い、してるね」

「何を、だ?」

「私は争い事は嫌いだよ。戦うのは、大嫌い」

「は? 英雄なんだろ。それに、今回も」

「私は………お人好しなだけだよ。戦闘狂は、オルトとオラシルだけじゃないかな」

「マジかよ」


 オルトは申し訳なさそうに頭を下げた。


「嫌なら、戦う必要はない。別に、俺だけでも」

「言ったでしょ。私はお人好しなんだよ。結局、人と異形を遠ざけて、世界を分けても、人が好きで、平和が好きなの。平和の為に人は戦わなきゃいけない時だってある」


 レイヴィスは微笑んだ。


「別に怒ってないよ。ただ、勘違いして欲しくないんだ。私は、戦わないために戦うんだってこと知って欲しかっただけ」


 オルトは頷いた。




「山ははじめて〜」


 哀奈が先導して、二人はゆっくりと後ろを歩いている。オルトは呆れたようにレイヴィスに耳打ちをした。


「今に見てろ。すぐにガス欠になるぞ」

「アンデットだから、そんなことないんじゃないかな」


 どうやら、山の頂上に目的のレイラはいるらしい。

 頂上がどうなっているのかは、わからないので慎重に行くしかない。


「止まりなさい」


 後ろから声がした。

 哀奈が驚いて転んだ。オルトは背中の鉄パイプに手をかける。戦闘員としては満点の動きだ。

 レイヴィスは静かに振り返る。


「久しぶり、レイラ」

「ムネ…………レイヴィス様」

「様はやめてよ」


 レイラはしばらく迷ってから、頷いた。


「レイヴィス。何の用でしょう」

「“サバイバー”のことは知ってる?」

「ルシファーの馬鹿が率いている雑魚共のことでしょう」


 オルトが顔を顰めた。

 わからなくもない。“サバイバー”を「雑魚」で片付けるのは、あまりいい気はしないだろう。彼らは強い。

 だが、レイラは確かにそれ以上に強い。


「その雑魚なんだけど、ちょっとヤバいんだよね」

「貴女なら一捻りでしょう。私がいなくとも」


 レイラは乗り気ではない。


「【ループ】と【反転】で“ダンジョン”をやり直そうとしてる。もしクリアされたら」

「されたら? 困ることでも?」


 レイヴィスはチラリと哀奈とオルトを見る。

 言えないことは多い。真実を言えば、彼らは離れて行く気がする。


「それがあるんだよ。言えないんだけどね」


 2本の尻尾がゆらゆらと揺れる。

 考え込むようにじっと視線は動かない。


「そう。私は協力しないわ」


 レイラは進行方向に歩き出す。山の頂上を目指しているらしい。

 哀奈は無言でレイラの後を追った。オルトも後を追う。

 しかし、レイヴィスは動かない。ここは、若者に任せるべきだろう。


「さて。私は〈魔虫街〉にでも行くかな」


 三人の後ろ姿が見えなくなると、レイヴィスはパチンと指を鳴らした。

 グニャリと空間が歪み、扉が現れる。


「〈魔虫街〉」


 ドアノブに手をかけてそう囁く。

 レイヴィスは創造主である。故に、裏町は彼女の庭である。魔物が跋扈する〈魔虫街〉も例外ではない。


 もう一度、後ろを振り返る。


「任せたよ、哀奈」



     ☆☆☆



 コトムラネオンは恐怖に震えた。

 生き残ったはずだ。自分は、生き残ったはずだ。

 なのに、どうして。自分はこんなにも不幸な目に遭わなくてはならない?


「ひぅ、あぁ………」


 足元から、虫が這い上がって来る。

 目を瞑るしかない。下半身が齧られているのがわかる。


「熱い、熱いよぉ」


 苦しい。痛い。助けて。助けて。

 憎い。“サバイバー”め。味方ではないのか。憎い。憎い。


「やめなさい」


 凛とした声が響いた。

 ザザザッと虫達が離れていく。

 恐る恐る目を開けると、虫はネオンから離れていた。


 そして、目の前のモンスターにもう一度、目を瞑る。


「私は、貴女の餌ですか」

「そうね。本来であれば、人は食料でしょう」

「私はっ。何もしてません! こんな場所も知りません! どうして“サバイバー”は、同族をこんな目に遭わせるのですか!!」

「それは、彼らが“サバイバー”だからよ」


 モンスターは巨大な蜜蜂であった。

 羽音が鈴のように心地よい。リンリンリン…………。

 ネオンの痛んだ心も傷も癒やしていく。


「痛くない……」

「私は、第29層ボス、蟲王(インセクトキング)のシャラ」

「私は……コトムラネオンです」

「真名はそうそう名乗るものではないわ。他にないの?」


 ネオンは黙った。

 他と言われても困る。


「コトネとか、どうかしら?」

「………じゃあそれで」


 今から餌にする人間に、新しい名前を付けるだろうか。

 わかっている。彼女は、敵ではない。


「〈魔虫街〉は私の名の下に封鎖したわ。彼らが現れることも、不幸な人間が増えることもないでしょう」


 その日以来、シャラはコトネにあらゆる知識を教えた。

 モンスターのこと、神のこと、天使のこと、スキルのこと。

 だが、コトネはスキルを手に入れることができなかった。


 それが、何年か前の話。



     ☆☆☆



 哀奈はレイヴィスがいないことに気づいた。

 急に泣きたい程心細くなる。


「大丈夫。あの人がお前を置いて行くわけない」


 オルトに手を引っ張られて、レイラの住む山の頂上まで辿り着いた。


「なんの用? もういいでしょう?」

「しばらく、この山にいても?」


 レイラは怪訝そうに哀奈を見つめた。


「いいけれど、そんなにゆっくりしてる暇はあるの?」

「時間なら、たくさんあるよ」


 時間稼ぎをする仲間も、他の堕天使を探す仲間も大勢いる。

 レイヴィスだって、一人で頑張っているはずだ。


「いい?」

「好きなだけいなさい。ただ、食料は自分で取りなさいよね」


 それにガックリきたのは、オルトただ一人だった。

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