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36話 英雄譚

 レイヴィスは地下区の隅っこでちびちびと酒を飲んでいた。

 ここは何もない。

 討伐組合のメンバーは、“サバイバー”のための戦い方の作戦やこれからの方針について絶え間なく話し合っているが、レイヴィスからしたら意味のないことだ。

 リーダーのオルトはかなりの頻度で外出をしているし、堕天使達も同様である。


 レイヴィスはため息をついて、再び酒を口に含む。


「酒、強いんだな」


 オルトだ。いつのまにか、哀奈(あいな)も彼に懐いている。


「長生きだからね」

「関係ねーだろ」


 オルトも酒をついで、一口含む。


「まだ、聞いてなかったな」

「何を」

「お前の英雄譚だよ」

「ああ」


 レイヴィスは目を閉じた。


「大したことないよ。ちょっとした……御伽噺みたいな、神話みたいな、そんな話」


 それは、まだ人間世界に異形がいた頃の物語。



     ☆☆☆



 人々はまだ神を信仰し、天使は神の使いとして同様に信仰されていた。

 レイヴィスのような長命種も、尊敬の対象であり、人を助け、時に暴走する異形を退治することもあった。


 まだ、文字もない時代。

 人々が異形との豊かな暮らしを続くと信じていた時代。

 突然、神に反逆する天使が増加した。堕天使が現れ、レイヴィスは人と異形との分離を考えるようになった。



 そんなある日のことである。

 とある人間から旅に付き合って欲しいという誘いがあった。レイヴィスは断った。それどころではない、と。

 しかし、人間は諦めなかった。

 毎日のようにレイヴィスに付き纏い、ストーカーのように後をつけた。最終的には行水の最中に入って来た。


「アンタ、馬鹿だろ」

「失礼な。大馬鹿者の間違いだ」

「……………」

「……………」


 レイヴィスはため息をついた。

 何故、この男が必死にレイヴィスをスカウトするのか、少し気になってしまった。

 それが、いけなかったのだ。


「俺は、英雄譚に憧れた。英雄譚には、素晴らしい仲間が必要だろ?」

「屑」

「アンタしかいないんだ! 神にも認められた逸材! 堕天使の打倒を掲げて、俺と共にルシフェルを倒そう!」

「阿保」


 レイヴィスは無謀な人間の提案に絶句した。


「ルシフェルを、倒す?」


 人間の時代が始まって以来の、史上最悪の堕天使を倒すと言わなかったか?


「人間にできるわけないよ」

「だから誘ってる」

「私がいたって、倒せないよ。スキルもないのに」


 人間は目を細めて呟いた。


「スキルなら、神殿に行けば貰えたが?」

「は?」



 神への祈りが届けば、天使達がスキルをくれる。

 ほとんどのスキルは下級、中級の天使がくれるが、稀に上級天使がユニークスキルを与えてくれる。

 ユニークスキルは片手で数えるほどの者しか持たない、特別なスキルのことだ。ランクはS級で、例外はない。


 しかし、人間の祈りは中途半端で、寿命も短いので天使はスキルを付与したがらない。

 それなのに、この男は祈りだけでスキルを取得した。

 それだけ祈りが強いのだ。ルシフェルを倒して英雄になりたいという祈りが。


「名前は?」

「アスファだ」


 レイヴィスは右手を差し出す。


「よろしく」


 アスファは一瞬、キョトンとした顔をするがすぐに目を細めた。


「ああ、よろしく」




 二人旅は嫌いではなかった。

 お互いの無駄遣いを監視し合うことさえ、新鮮で、楽しかった。

 時には罵倒しあい、時には助け合って。

 いつしか、レイヴィスはアスファという人間に惹かれていたのかもしれない。


 旅の途中で、悪さをする堕天使を何体も殺した。

 お陰で、少しずつだがアスファとレイヴィスの名前は広がり、英雄と呼ばれてもおかしくないほどには有名になった。

 これからも、ずっと、歴史に残り続ける存在になったのは確かだろう。



「そう言えば、聞いてなかったね」

「ん?」


 アスファが酒に酔って帰って来た夜のことだ。

 窓から差し込む月明かりだけを頼りに、レイヴィスはアスファを見つめた。


「どうして、ルシフェルを倒して英雄になりたい、なんて思ったの?」

「…………なあ、レイヴィス。人は、永遠にはなれないんだよな?」

「そうだね。人間だし」


 二人が出会って、十数年の月日が流れていた。

 当然のように、アスファは歳を取り、レイヴィスは何も変わらないままで。


「俺は、天使になりたかったんだ」

「人間じゃ、碌な天使になれないよ。上位の天使しか知らないから、そんなことが」


 アスファはレイヴィスの正論を遮った。


「それでも俺は、英雄になりたいんだ」


 風がどこかから、甘くて寂しい匂いを運んで来る。

 レイヴィスは窓の外にある、無数の星を眺めた。


「ルシフェルを倒したら、神が褒美をくれるだろう。そしたら、天使にしてもらうんだ」

「駄目だよ……。アスファ。それだけは、駄目だ」


 人間が天使になっても、どれだけの偉業を成し遂げようとも、中級天使がせいぜいだろう。

 レイヴィスは知っている。

 中級天使は神の奴隷だ。意思を持たない、ただの人形だ。

 そんな風に、なって欲しくない。永遠の人形になるくらいなら、永遠の英雄になるくらいなら。

 永遠の死者になって欲しい。

 レイヴィスの中でずっと生きていれば、それでいい。


「約束したじゃないか。俺と、英雄になってくれるって」


 レイヴィスは顔を伏せた。

 大切な人の頼みを、断れなかった。


 今でも後悔している。

 どうしようもないほど、深く。




 ルシフェルという天使は、史上最悪の罪を犯した。

 それは、神殺しである。

 正確には、神に【天堕とし】を実行したのだ。


 なんらかの形で【天敵】の称号と【天堕とし】のスキルを手に入れ、神への反逆を企てたのである。

 それを未然に知ったのが、記憶の神である。

 記憶の神は、その事実を仲間の神に伝えようとした。

 しかし、天使の模範として広く信用されていたルシフェルと、年長の神でありながら、無愛想でスキルの研究ばかりしている記憶の神の言葉だ。

 皆んな、信じてくれなかった。


 結果、記憶の神は自らの配下である変化を司る天使、ヴィーラと共にルシフェルを迎え撃つことになった。

 しかし、ルシフェルの巧みな扇動により、ヴィーラは下級天使へと堕とされ、彼の協力者であったリリスカルラの神への嘘の告発により、S級堕天使となった。


 その後のヴィーラは、ヴィーガという名前になり、話すこともできないまま荒野を走ることしかできなくなったという。


 そんなヴィーラの主人であった記憶の神はというと、特に罰は受けなかった。

 リリスカルラはヴィーラは記憶の神を裏切る行為を行ったと言った。

 ご丁寧に偽りの証拠もでっち上げた。


 記憶の神は、配下に裏切られた可哀想な神として神から同情を受けた。

 しかし、記憶の神は諦めない。

 ルシフェルの計画を阻止するべく、動いていた。


 最古参の神である記憶の神を信じる神が、現れ始めた。

 平和を重んじる神々と、一部の上級天使である。


 ルシフェルは計画を早めるしかなかった。

 味方の天使達と共に、一斉に“記憶”側の天使達の裏切りの証拠を最高神へと叩きつけたのである。

 それにより、第一次堕天革命が起こる。

 怪しい天使達も次々と堕とされたのだ。


 しかし、それに対抗したのが記憶の神だった。

 もちまえのスキルで、ルシフェルの正体を強引に暴いたのである。

 最初からそうしなかったのは、あくまでも記憶の神が争い事を好まなかったためだ。

 天使に攻撃を仕掛け、一網打尽にしたのである。

 そして、無理矢理………ルシフェルに【天堕とし】を使わせたのだ。


 堕天した記憶の神が、全ての証拠だった。


 最高神は記憶の神へ謝罪した。

 堕天は取り消せない。


 神が与えたのは、大量のユニークスキル。

 それから、ルシフェル陣営の堕天。


 これが、第二次堕天革命である。




「風が運んで来る、星の匂いを嗅いだことある?」

「星に匂いなんてないだろう」


 レイヴィスは目を細める。


「誰かとさよならした時、よく匂うんだよね」

「はあ」


 アスファは呆れたように空を見上げた。


「甘くて……寂しい匂いがするんだ」




 そうして、アスファはルシフェルの元へ辿り着く。


 たった二人で、ルシフェルに挑んだのだ。


 結論から言うと、ルシフェルは倒せなかった。


 アスファとレイヴィスがルシフェルにできたのは、たったの二つだけだ。

 しかし、世界を揺るがす程、大きなことだ。


 一つ、ルシフェルの階級の格下げである。

 これにより、ルシフェルの名前はルシファーとなった。


 二つ、ルシフェルを封印した。

 ルシフェルをボスとして各地で悪さをしていた堕天使達は息を潜めることとなり、世界には小さな平和が訪れた。




「やりやがったね、アスファ」

「これで、異形も人も、静かに暮らせるな」

「………そうだね」


 アスファはレイヴィスの手をそっと取った。


「レイヴィス。俺ともう一つ、約束しないか?」

「言ってみて」

「俺はこの世界が好きだ。ずっと、この平和な世界を守って欲しい」

「永遠に、なるんなら、アスファがやりなよ」


 言葉に詰まった。

 アスファは理解している。永遠の先が、何であるのかを。あの日交わした会話が事実であると。


「拗ねるなよ。大人だろ?」

「出来るだけのことはやるよ。知り合いも、アンタと違って多いから」


 レイヴィスは笑って頷き、背を向けて立ち去ろうとしたアスファの手を掴む。


「これから、どうするの?」

「神殿に行くよ。また、会ったら、昔みたいに君の話が聞きたいな」

「勝手に終わろうとしないでよ。私にも、約束してくれなきゃ」


 アスファは黙ってレイヴィスを見つめた。


「私のこと、忘れないでね」


 その時のアスファの顔を忘れたことはない。



     ☆☆☆



「その後、異形が人間を食べる事件が発生して、神の命令により私は裏世界にダンジョンを作った。それが、裏町」


 オルトは目を見開く。


「お前が神やら、堕天使やらと知り合いなのは、かつての英雄だからか?」

「…………そうだよ。驚いた?」

「なんて言うと思ったか。ただの英雄が、堕天使に命令できるとは思えないんだが?」


 レイヴィスは真顔でオルトを見る。


「お前は………」

「レイヴィス」


 哀奈がそっとレイヴィスの手を握った。


「約束、破ったの?」

「…………」

「それで、良かったの?」


 レイヴィスは目を閉じる。



『ごめんなさい…………』



 かつての彼女はもういない。

 何千年も前の、御伽噺のような物語。


「良いんだ。これで、良かったんだよ」


 ルシファーの目的に、かつての世界の形があっても。

 もう、二度と世界は一つになりはしない。


 だから、気のせいだ。

 ふんわりと、どこから、甘くて寂しい匂いがするのは。

戦闘シーン丸カットですが、アスファはめちゃ強い設定です!今後の登場に期待ですね!

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