38話 あなたのいる場所
レイラの住む山の頂上には、小さなお社があった。
だが、それだけだ。
「あんな社、守るもんかね」
オルトが釣りをしながら呟く。
「大事なものなんだよ」
「…………ここ」
水面が濁った空を映し出す。魚が餌をつついているのが見えた。
「昔はそこそこ大きな村があったらしい」
「昔っていつ?」
「昔は昔だよ。それこそ、一千年とか……」
「オルトはどうしてそんなこと知ってるの?」
「下調べくらいするだろ」
哀奈は首を傾げる。そういうもんだろうか。
「オルトは、スキル持ってないよね?」
「テメェら攻略者と一緒にすんな」
「スキル、欲しい?」
「いらねー」
魚が釣れた。
オルトは得意気にその魚を哀奈に見せびらかす。
「スキル持って攻略者になっても、魚が食えない体になったら意味ねーし」
「それに、オルトは十分強いもんね」
哀奈は魚を見て、悲しい顔をする。
「死んだら、殺さなくて済むよ」
「お前なあ。生きるってのは殺すってことなんだぞ」
「死ぬことは?」
「生かすことだ」
オルトは無言で黙る。
「嘘付いた」
「え」
驚いてオルトを見た。彼は無言で、魚をレイラから借りた桶に入れる。まだ1匹目だ。
「俺は力が欲しい。好きな女を守れる程度でいい」
「私も。強くなりたかったなあ」
哀奈はクスクスと笑う。
「私、頑張って強くなるよ。オルトよりもずっとずっと強くなって、“ダンジョン”をクリアするね」
「無理だな」
「それで、お願いするね。皆んなが、スキルを持てますようにって!」
「もっと無理だな」
オルトは川に餌を投げ込む。
もっとたくさん釣るようだ。
「それに、“サバイバー”の願いが優先されんじゃねえか?」
「どうして」
「そりゃ、二周目だからだよ」
哀奈は考え込む。自分には、生前の記憶がほとんどない。ボスの詳しい情報も、もっと前の普通に暮らしていた頃の記憶もない。
だが、ここでのことは忘れたくない。レイヴィスのこと、宇宙のこと、オルトのこと………。
「私だって二周目だよ」
「屁理屈だな」
「オルトも二周目になろう!」
「嫌だ。俺は“ダンジョン”になんか潜りたくねぇ。大体、またオラシルに喰われたらどうすんだよ」
二人の間に緊張が走った時、どこからともなく声がした。
「レイヴィスに頼んで、ボスを交換すればいいでしょう」
レイラがいつのまにか、哀奈とオルトの間に座っていた。オルトが「うおっ!?」と小さな声を漏らす。
「ボス、交換?」
「難易度調整とも言うわ」
「運営がよくやるアップデートか? てか、レイヴィスって運営側なの?」
「オラシルを、別のボスに。他のボスには、手加減するように、頼むのよ。おそらく、“サバイバー”の狙いもソレでしょうね」
哀奈の目が輝く。
「それじゃあ、皆んな生き残る!?」
「無理ね」
「それは無理だな」
すぐに不貞腐れてその場に座り込んだ。
オルトの釣竿に新たな魚が引っかかる。綺麗なニジマスだ。
「じゃあ、何のために戦うの………?」
レイラは首を傾げたが、オルトは魚を桶に入れて立ち上がる。
「難しいこと、考えないほうがいーんじゃねーの?」
立ち上がって桶を抱え上げた。
「もし、理由が欲しいなら。俺やレイヴィスにまた会うためってことで、いいんじゃね」
哀奈の目が再び輝いた。
「ほんと!? もう一回、友達になってくれる!?」
「………おう。ってか、哀奈ってガキだけど、ほんとは俺より年上だよな………」
「約束だよ! もう一回友達になって……そう! ダンジョンに行くの! レイヴィスと、オルトの友達と!」
オルトが目を瞑る。
「そうだな。二周目の俺と、仲良くな」
「…………え?」
「俺はスキルは持てない。どう考えても、記憶をそのまま持って行けるわけないだろ」
「そうね。ルールの改変は、神ですら難しい」
レイラも頷く。
哀奈は首を激しく横に振った。
「嫌だ! せっかく仲良くなれたのに、こんな一周だけの付き合いだなんて!!」
オルトは無言で歩き出す。
「行きますよ」
レイラもその後を追った。
「レイヴィス………私は、どうしたらいい?」
☆☆☆
レイヴィスはため息をなんとか堪えた。
〈魔虫街〉は変わった。良い意味で。
かつての〈魔虫街〉は迷い込んだ異形の血と、腐った肉の臭いで溢れていた。
「綺麗だ」
「誰?」
レイヴィスは足を止めて振り返る。
人間だ。こんな裏町に、しかもよりにもよって〈魔虫街〉にいるなんて、珍しいこともある。
「私はレイヴィス。シャラに用があって来た」
「どこから入ったの? 〈魔虫街〉は封鎖されて」
面倒だ。
「名前は?」
「……………コトネ」
「真名じゃないでしょ」
「真名はそうそう名乗らない」
オルトと同じだ。異形と戦うことを前提とした、余裕や隙を見せない、人間ならではの戦闘スタイル。
つまり、彼女はシャラの弟子かなにかだろう。
「生身で、裏町を?」
「人間はスキルを持てませんから!」
レイヴィスは顔を顰める。
確かに、二周目でそれは痛手かもしれない。
「やれやれ、創造神にお願いする私の立場もわかって欲しいな」
「そういう貴女は」
「レイヴィス。昔の英雄だよ」
そう言うと無言で歩き出す。
「ちょっと!」という声が後ろから聞こえた。すぐに足音も聞こえるようになる。
「シャラに何の用ですか」
「ちょっと、ね。協力して欲しくて」
「駄目です」
コトネはレイヴィスの手首を掴んだ。
「離してよ」
少しも動いてはくれない。
なぜ、彼女は止めるのだ。というか、何故人間がここにいる?
「怖いんだ」
「……………」
「“サバイバー”と、戦うのが、怖いんだ」
「……………」
「オルト………シムラトオルは戦ってるよ」
ようやく、ピクリと指が動いた。
彼女の顔には戸惑いと嬉しさと、そして少しの絶望が張りついていた。
「どうして……」
「死んだと思ってる。敵討ちなんて、良い男じゃない」
「彼は……怖くないの?」
「最初は、怖かったと思うよ」
誰だって、最初の一歩を躊躇う。
オルトだってそうだったはずだ。初めての経験だっただろう。同じ人間と殺し合いをして、殺意を向け合って、そして、慣れてしまった。
「私も、戦えますか」
「さあ。スキル、持てないんでしょ」
どこかから、リンリンリン…………と鈴のような音が聞こえてきた。
シャラの羽音だ。とても心地よい。
「久しぶり」
「レイヴィス。何の用でしょう」
「協力して」
「わかりました」
コトネが驚いたようにシャラを見つめる。
「なんでっ、こんな信用できない怪しい人の言うことなんか! 理由も聞かずに!」
「彼女は、この地上にいる誰よりも尊い御方です」
コトネが口を開いて立ち尽くす。
わからなくもない。一番信用していた異形が、まるで宗教にハマった母親のようなことを言いはじめたのだ。
これから家の貯蓄が減り、家庭崩壊するまでの流れが透けて見える。
「ですが、コトネ。貴女はここにいなさい」
「えっ!? どうして」
「“サバイバー”と戦争します。そうでしょう、レイヴィス」
「まあ」
コトネが躊躇った。
しかし、それだけだった。
「私も行きます。私だって戦えます。最前線じゃなくたって、傷の手当てでも何でもいいですから」
怖いのだろう。置いて行かれるのが。
彼女はどこか、哀奈と似ていた。
人との繋がりを重んじ、一人になることを一番恐れている。みんなといるためには、命さえかえりみない。
「レイヴィス」
「いいよ、別に」
シャラは困ったように首を振ると、コトネの前で止まった。
「貴女には使えないけれど、いいものをあげましょう」
光の球だ。
しかし、レイヴィスにはわかる。
あれは、ユニークスキルだ。
「【女王蜂】」
レイヴィスは呟く。驚いたように、コトネがこちらを向いた。
「働き蜂を召喚するスキルだよ。クールタイムは、1匹5分。12匹なら、1時間。使い所は難しいけど、働き蜂のランクはAだから、かなり強い。シャラは“労働”を司る天使だからね」
「どうして………」
コトネが光の球を握りしめた。
「スキルを持てない、私なんかのために」
「二周目は、必ず“ダンジョン”がクリアされる。私達の切り札は、他でもない。この一周目の人間達」
哀奈ならきっと、同じ考えに辿り着いてくれるはずだ。そして、彼女を復活させたラグナロクは創造神に進言するはずだ。
普通の人間にも、スキルを。
「“サバイバー”は倒せるよ。だって、私がいるから」
「そうね」
シャラは嬉しそうにコトネを見つめた。
「大丈夫。コトネならできるわ」
☆☆☆
《二周目》
琴音は身体を震わせた。
まだ、裏町には到着していないはずなのに。
「どうしたの、琴音?」
「大丈夫か?」
心臓が鳴り止まない。
二周目ではなかったこの感情が、オルトを見た瞬間に爆発する。
「だ、大丈夫……」
「そうか?」
オルトはそう言うと、こちらを見向きもしない。
おまじないが発動したのだ。予想よりも大分早く。
これから、裏町に入れば他の皆んなの記憶も蘇るだろう。
「オルト」
「な、なんだ?」
「裏町ってどんなとこだと思う?」
「おっかない場所だろ」
即答だった。
琴音はクスリと笑う。
「そんなことないよ、きっと」
そう。
裏町は、琴音を救ってくれたあなたのいる場所だから。




