07
「エレノア!!!」
離れに入り、大声でエレノアを呼ぶ。紳士たる行動ではないが、俺は主だ、マナーなど誰が咎めよう。応接室から灯りが漏れている、そこにいるのか!とノックもせず扉を開け放つ。
扉を開くと、そこにはエレノアが1人佇んでいた。怒りで周りなど見えない。エレノアの腕を強く掴む。
「エレノア!時間になっても戻らないなど!一体何を考えている!!」
「っっ!も、申し訳ございません!」
じわじわと涙を浮かべ、恐怖に怯えるエレノア。こんな顔をさせたいわけじゃない。時を同じくして、誰かが離れに入ってきた音がする。
「あれ?まだいるのかな?姉さまー?ただいま帰りましたー。」
2人の男女が姿を現す。1人はエレノアの元侍女、もう1人が例の恋人か!!と怒りで我を忘れそうになるが、いや、待て、今、姉さまと言ったか??エレノアと男の顔を見比べる。髪色は違うが同じ瞳を持っている。角度によって色を変える淡い金の瞳は、他にはない色合いだ。そもそも、顔がよく似ている。
「…エレノア、これはどういうことか説明してくれるか?」
と、強く掴んでしまった腕を解き、なるべく冷静に説明を求める。エレノアは真っ青な顔をし、謝罪と共に恋人改め弟、オーランドを紹介する。先程は怒りで見えていなかったが、周りをよく見ると、トルソーや刺繍糸、デザイン画で溢れていた。
詳しく問いただしたいが、ディナーの時間もすっかり過ぎ、ラファエルを寝かしつける時間が迫っているため、後日改めて説明の場を設ける。
屋敷への帰り道、エレノアと手を繋ぎ帰るも、お互い終始無言だ。聞きたいこと、言いたいことは山のようにあるが、何をどうすればいいのかわからなかった。恋人ではないという事実は大変喜ばしいが、事情がわからず喜ぶに喜べない。ただ、この繋いだ手は離したくなかった。
◆◆◆
私はエレノア・シュナイダー改め、エレノア・スペンサー。サミュエル・スペンサー子爵様と結婚した。この結婚は、あり得ない形で結ばれたが、私にも都合が良かった。
私は伯爵家長女として生まれた。すぐに弟もでき、順風満帆に見えたが、両親は政略結婚でお互いに愛人を持っていた。そのうち父の愛人に子ができたと知った母は、何を思ったのか愛人と逃げ出してしまった。私たちを置いて。不幸中の幸いだったのは、私たちはシュナイダー家特徴の、淡い金の瞳を持っていたため、不義の子とは思われなかったが、後継である弟と違い、母によく似た私は次第に父から疎まれるようになった。
父は早々に愛人であったお義母さまと再婚し、義妹が生まれた。瞳の色は引き継がなかったが、義母によく似た愛らしい子。家族団欒の場所に私の居場所はなくなっていった。ある日、私は大怪我をし、しばらく病床に伏せることとなった。お見舞いには弟しか現れず、父に見向きもされていないことを思い知った。使用人たちは気にかけてくれるが、あくまで使用人である。わたしは孤独を感じた。
まだ動けず伏せっていると、どこから聞きつけたのか、逃げたはずの母が使用人の手引きで、こっそり見舞いにやって来た。私たちを置いて逃げたことを謝る母は、苦労を強いられているのか、美しかった髪も肌もくすみ、手は荒れていた。しかし瞳は生き生きとしており、母が幸せであることがわかった。今は平民として生きているようで、今度遊びに来て、と言い、母は帰っていった。
怪我を境に、私は部屋で食事をとるようになった。食事内容は些か質素だが、与えられるだけ良しとしよう。いつ何が起こるかわからないと思った。しかし、いきなり知識も経験もない私に何ができると言うのであろう。この時、私は10歳であった。
貴族令嬢として、最低限の教育は受けたが、父は私に興味がないため、これ以上の教育は望めない。では自ら学ぼうと思い、街の図書館に通い詰める。外出ついでに母の家にも遊びに行った。母の家はこじんまりとしているものの、新しい夫と仲睦まじく、2人の間には男の子が1人いた。義弟のオーランドだ。オーランドは私によく似ていた。髪色は違えど、その瞳…。幼い私にもわかった。オーランドは今の夫との子ではなく、父の子であることが。
そのうちに母は妊娠した。今の夫との子で間違いないだろう。オーランドの成長と共に、扱いは少しずつ変化していき、オーランドも自分は違うことに気づいていた。私は同じような境遇のオーランドを憂い、勉強を教えた。自分で自分を守る術を身につけていくしかないのだ。
次第に私は母の家に寄りつかなくなり、オーランドとは図書館で会うようになった。勉強を重ね、市場調査をし、私は与えられた小遣いを全て投資にあてた。損害を出すこともあったが、概ね成功し、僅かながら資産を得た。それと同時に、刺繍の腕前に自信があり、刺繍で生計を立てられないかと考え、斬新なデザインをする小さなドレスサロンに売込みに行った。刺繍のデザインの評価は最悪であったが、どこが悪く、何が足りないなど、親切にも丁寧に教えてくれた。
刺繍自体の腕前は買ってくれたようで、お針子としてなら雇ってもいいと言われ、給料を確認すると、私の月の小遣いの10分の1にも満たなかった。貴族と平民の差を思い知り、愕然とした。勉強のため、週に2日、1日3時間だけ働かせてもらうことになった。この時の私は15歳であった。
サロンで働くのは大変だったが、たくさんのデザインを目にし、刺繍を施していくことは、とても勉強になった。オーランドに会い、私の計画を話す。投資で得たお金で、いずれ刺繍専門サロンを立ち上げる。私たちの居場所を作りたいと。オーランドには経営や、客人の接待をしてほしいと思っている。勉強もそちらに力を入れてほしい。私も刺繍の勉強に力を入れ、引き継ぎ資金を集めることに注力することを伝えた。
オーランドは驚き涙した。まだ夢半ばだが、私たちは身を寄せ合って2人で泣いた。
刺繍の腕は磨きに磨かれ、サロンのオーナーにお墨付きをもらった。デザインも評価されるようになり、試しにサロンの一角を間借りして売り出してみたら、思いの外好評で、顧客がつくようになった。




