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06

端的に言って、最高の夜であった。翌日も、その翌日もエレノアの元を訪れ、甘い言葉を囁く。何度抱いても初々しい反応をする彼女に溺れ、毎日のように通い詰めていれば、懐妊するまで時間などかからなかった。


エレノアは結婚してからも、よく外出しているようで、少々気になり調べてみたが、刺繍を専門とするサロンに出入りする程度であった。貴婦人方に披露した知識や、刺繍の腕前が職人並みであることに合点がいった。それ以外に目立った行動はないため、杞憂であることに安心した。


妊娠してからも共寝し、エレノアとの時間をつくる。エレノアとの会話はウィットに富んでいて、いつも楽しいし、疲れたときには甘えさせてもくれる。落ち込んだときには発破をかけてくれるし、俺にはなくてはならない人となった。だが、未だにエレノアは自分を晒さないところがあった。過ごしてきた環境もあるだろうと、ゆっくり時間をかけて、彼女の心を開こうと思っていた。



季節は移り変わり、母子共無事に出産を終える。男児が生まれた。ラファエルと名付けた子は、俺の色を持って生まれ、皆大層喜んだ。それにしても、浮かれきっていた。何もかもが順調で、すっかり忘れていたのだ。エレノアは契約妻であることを。


「サミュエル様、よろしいでしょうか?」


エレノアが改まって言う。何かおねだりかと、軽い気持ちで返事をしたことに後悔した。契約通り、男児が生まれたので離れに恋人を住まわせたいと。頭を鈍器で殴られたような衝撃がやってきた。意味がわからなかった。いや、わかっている、そういう契約だ…。バイオレットを追い出したときに、何故契約の見直しを、いや、契約を破棄しなかったのか…。


愛を乞うて縋れば良かったのか…。なのに、俺はなけなしのプライドを振りかざし、エレノアの要望を通す。自業自得だ。何もかもが手遅れだ。そもそも最初から間違っていた。


傷つきながらも、エレノアに会うことを止められない。でもイライラして、時々冷たく当たってしまうも、エレノアはいつも通り包み込んでくれる。少し悲しそうな顔をすることに、罪悪感が生まれる。全て俺が悪いのだ。



離れに例の恋人がやって来た。俺は仕事で不在だったが、エレノアが離れに行くときはロバートを同行させた。あとで対面時の様子を報告させると、彼女は男の姿を目にした途端、その男に抱きついたそうだ。淑女たる彼女がそのような行動に走るとは…。少なくとも俺はされたことがない。男はオーランドと言い、エレノアが懇意にしている刺繍専門サロンの店員だと言う。あの外出は…と思うと、はらわたが煮えくりかえる思いだった。


その日の夜は屋敷に戻らないかと思っていたが、彼女はいつも通り俺とディナーを共にし、いつも通りラファエルを寝かしつけ、いつも通り東棟で眠るようだ。いつも通りなエレノアに嬉しくもあるが、苛立ちも覚える。夜、エレノアの元に行くと、迎え入れるその姿までいつも通りだ。


母になってもエレノアは変わらず、美しく清楚で可憐で…しかし、他の男に心を寄せているかと思うと、身体を許すのかと思うと直視できない。今夜はあちらに行くのかと思ったと嫌味を言えば、意味を理解した彼女が顔を真っ赤にして俯く。その様子に俺の中の何かが切れた。


エレノアの手を掴み、乱暴にソファへ押し倒す。両手を頭上でひとまとめにし、夜着に手をかける。彼女は驚き、戸惑い、俺の名を呼ぶが、その可愛い声であの男も呼ぶのだと思うと、焦燥感でいっぱいになった。今までエレノアのことを、こんな風に乱暴に扱ったことはない。彼女は泣いて抵抗するも、俺は止まることなく、そのままソファで彼女を抱いた。


ぐったりとしている彼女をベッドに運び、何も言わず俺は部屋を後にした。契約では男児が生まれたら、触れないと言ったのに…。翌日からもエレノアは変わらず、女主人として腕をふるい、領地の仕事も手伝う。だが、それ以降、俺は彼女の元へ行くことはなかった。



エレノアのいつも通りの生活に、離れに行くということが追加された。いつも通り離れに行き、いつも通り俺とディナーをし、いつも通りラファエルを寝かしつけ、いつも通り東棟で眠る。実家から連れてきた腹心の侍女を、男の世話役に付けるため、新たに専属の侍女が欲しいと言われた時には、乾いた笑いが出た。それほど大事かと。同じ敷地内とは言え、屋敷と離れでは距離もあり、毎日通う彼女にご苦労なことだと嫌味を言ったこともあった。


ある日、いつも通りディナーをするはずが、待てども彼女は現れなかった。侍女であるカーラの報告によると、どうやら離れからまだ戻ってきていないので心配だと言う。


心が騒つく。いつも決まった時間に、離れから戻ってくるはずなのに、俺の元へ帰ってくるはずなのに…。もう二度と帰ってこないのではないかと思うと、耐え切れなかった。俺にはエレノアが必要で、エレノアと共にあるのは俺でなくてはいけない。エレノアの匂いを堪能していいのは俺だけだ!そう思うと、ひとりでに離れへと足が向かった。

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