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仕事は真面目にこなしながらも、バイオレットに溺れる中で、父が病に倒れた。すぐに命を取られるようなものではないが、すっかり弱気になった父は俺に爵位を譲ることにした。爵位は先に譲り受けたが、こうなると俺は結婚をしなくてはならない。そう、バイオレットではなく、貴族令嬢とだ。わかってはいたが、バイオレットとは別れたくない。
そんなとき参加した夜会で、ある話を耳にする。どこかの男爵が借金の肩代わりに、格上である伯爵家の令嬢を妻に娶ったが、平民の愛人との間に子を成してしまい、妻が怒り狂い、子を害そうとしたというくだらない噂だ。
俺ならば、まず、婚約時に他に愛する人がいることを伝え、納得した上で結婚をする。貴族の血筋を残さなくてはいけないので、妻のことは抱くとしよう。子を、なるべく男児を儲けたら好きにしていいと約束する。愛人と子を儲けるのは、妻との間に後継が生まれてからだ。ふむ、悪くない。そうすればバイオレットと別れなくて済む。だが、そんな都合の良い妻などいるはずないと自分で自分を笑った。
そんなとき、シュナイダー伯爵領で土砂崩れが起き、大規模な損害が出たそうで、領地再建のため資金繰りに奔走していると聞いた。シュナイダー伯爵家といえば、可もなく不可もなくの印象の薄い家だ。確か息子と娘がいたな…と考えたところで、愚かな妄想が頭を過ぎる。嫌な汗が出たが、期待も捨てきれず気持ちが高揚する。俺は侍従を呼び出し、シュナイダー伯爵家について詳しく調べるよう指示を出した。
調査の結果、伯爵には娘が2人いるようで、どちらも婚約者はいない。社交の場で息子と妹はよく見かけるが、姉が姿を現したのはデビュタント時の一度きりだと言う。伯爵の話によると、姉は身体が弱いとのことだが、知る者の話では、痩せ細っているが顔色は悪くないとのことだ。現在の妻は後妻で、その妻の間にできた子は妹1人。前妻と離縁後、間を開けずに再婚したところを見ると、後妻とは以前より関係があったことが窺える。概ね、大事なのは愛する妻との娘と、後継である息子、といったところか。
本当に身体が弱ければ子を成せない可能性はあるが、弱くなければ…。どちらにせよ、その娘はいずれ政略結婚の駒となるだけだろうし、それならば俺でもいいのではないか?子を成せなければ離縁すれば良い。実家に身の置き所もないなら、俺の条件を飲むかもしれない。相変わらず卑怯な考えに吐き気がするが、これしか方法はない。
バイオレットには、貴族と結婚が必要だが、妻ができても愛しているのはお前だけだと説明するも、なかなか理解が得られなかった。それどころか物凄い形相で罵倒され、バイオレットが嫉妬してくれているのだと思えば、我慢はできたが、それにしても手がつけられないほど怒り狂った。バイオレットの気持ちもわかるが、平民と貴族では立場が違うのだから、俺のことも理解してほしい。山のようなプレゼントで、どうにか怒りをおさめるが、少々高くついた。
シュナイダー伯爵に資金援助をする代わりに、姉と面会を希望する。面会した結果、気に入れば婚約も考えていると伝えたところ、了承の返事が来た。そして、面会のために娘が屋敷へとやってきた。俺は柄にもなく緊張していた。どんな女が来るのか、どんな見た目なのか、どんな性格なのか、俺の条件を飲むのか…。
現れた娘は、ブルネットの髪に淡い金の瞳を持つ品の良い女性で、華やかさはないが、顔の作りは整っている。見た目に関してはまずまずと言えよう。美しいカーテシーを披露し、挨拶をするその声は耳心地が良い。たしかに痩せ過ぎているようだが、顔色は良い。身体は弱くなさそうに見える。受け答えも良く、妻として連れていても恥ずかしくない。こんな女性が、この話を飲むであろうか…。不安が過ぎるも、俺とバイオレットのためには、この話は避けて通れない。せめて、婚約を結ぶ前に明らかにしておくのが、誠実というものではないだろうか。
意を決して、俺は宣言する。
「この婚姻について、いくつか条件がある。それが飲めるであれば、婚約を申し込みたい。」
「どのような条件でしょうか?」
「まず、ひとつ。俺には結婚はできないが、愛する人がいる。その女性も屋敷に住まわせる予定で、あなたとは顔を合わせないで済むようにするが、わたしと女性との間を邪魔しないでほしい。
ふたつ。あなたには子を生んでもらう必要がある。できれば男児が生まれるまで。ただ、1人しか子ができなかった場合、女児であってもあなたとの子を後継とする。3年経っても子ができなければ、離縁を考える。もちろん慰謝料は十分に払う。
みっつ。あなたとの間に子が出来たあとは、わたしの子として、愛する女性とも子を儲ける予定だ。例え男児が生まれても、余程のことがない限り、その子を後継とすることはない。
よっつ。あなたが男児を生んだあとは、あなたに触れる予定はない。世間に醜態を晒さなければ、あなたの好きにしていい。」
以上、まとめて話した。泣き喚いたり、怒り狂ったりするかと思っていたが、驚いた様子は見せるものの、すぐに考えを巡らせているようだった。しばし、黙っていると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「こちらからも条件を飲むに当たり、ご相談があります。
まず、ひとつ。自分の子は自分で育てたいので、私のことは気に入らずとも、子が成人するまでは子の側に置かせていただきたいです。
ふたつ。愛する方との子は私が育てますか?もし、私の子が儚くなった場合にはどうされますか?
みっつ。もし私に愛する方ができた場合、例えばあの離れに住まわせることは可能でしょうか?世間に醜態を晒さないとなれば、敷地内に囲うのが合理的かと思いまして。
よっつ。女主人を務めるのは私でしょうか?愛する方でしょうか?」
と言われ、今度はこちらが驚く番だ。短時間で、先程の話を受け入れた上に、要望を出してくるなど、予想していなかった。面白い女だが、図々しいにも程がないか?自分の愛人を俺の家で囲うって。あと冷酷ではないか?自分の子が儚くなる想像などできるものなのか?自分のことは棚に上げるが不愉快だ。しかし、切羽詰まっていることに変わりはないため、お互いの条件を擦り合わせる。また、彼女は自分の立場を守るためにも、正式な契約書を交わしたいと言うため、公証人を立て結婚契約書も作成し、無事婚約を締結した。




