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9/1.3.5.7の11時に3話ずつ更新予定です。
12話で完結です。
あまり知られた話ではないが、俺、サミュエル・スペンサーには過去に婚約者がいた。名はミザリーと言って、伯爵家の令嬢で3つ下の愛くるしい子だった。俺は子爵家で格下ではあったが、領地経営が上手くいっており、現時点でも裕福に暮らしている。お互いの家の利益のため、幼い頃に婚約が結ばれ、俺なりに大切にしてきたつもりだった。
俺は19歳になり、王宮で文官として働きつつ領地経営を手伝っていた。忙しくする中、ミザリーとの手紙のやり取りは欠かさなかった。彼女も学園に通いだし、都合が合えば王都のカフェなどに行ったものだ。誰が見ても仲睦まじい婚約者同士であっただろう。
次第に彼女からの連絡が途絶えがちになるも、毎日に忙殺され、大して気に留めていなかった。それが間違いだったと気づいたときには、既に手遅れであった。
ある日、俺は父に呼び出され領地へと戻ると、父の表情は険しく、何事かと恐れ慄く。父から告げられた内容は、婚約を解消した、と、既に彼女との婚約がなかったことになっていた。何故!?と詰め寄る俺に、父は苦い顔で事の顛末を話し始めた。
結論から言うと、ミザリーは学園生活を謳歌する中で、留学中の隣国の王子に求愛され、ミザリーもそれに応えたそうだ。隣国は大国だ。大国の王族。そう、いち個人はもとより国のことも考えると、何がベストか一目瞭然だ。子爵家との婚約など無きに等しいだろう。
解消に伴う慰謝料や、契約に関する諸々を、当家が有利になるよう進めたりと、俺が少し、少ーし我慢すれば、父が言うには悪い話どころか良い話なわけだ。
幸いしたのが、ミザリーはデビュタント前で、俺たちが婚約していたことを知る者は少ない。そもそも、隣国がけしかけた王命のようなものだ。例えどんなにミザリーを愛していたとしても断る術などない。
こうして、元婚約者は本気という名の浮気をし、俺の元から去った。愛していたかと言われたら正直わからないが、ミザリーが隣にいるのが当然で、大切だったことは間違いなかったわけで、婚約解消以降、俺の心は急速に冷えていった。
女など信じない。愛とは残酷だ。心に壁を作り女性と距離を取る。俺の見目が悪くないせいか、夜会などに参加すると、途端に女どもが群がってくる。香水臭いし、わぁわぁきゃあきゃあ五月蝿い。表情を消し、冷たい態度を取るうちに、"氷の貴公子"なんて恥ずかしい通り名までついた。
そんな俺の心のうちなど関係なく、父は次の婚約を結ぶため動いている。今日もどこぞの令嬢とお見合いだ。舞台鑑賞をして食事をするだけなのだが、この女もピーチクパーチクと耳障りだ。表情もなく、大して返事もしない俺を見て、次第に黙る女。
そう、それでいい、そのまま黙っていてくれ。舞台はなかなか面白かったが、主演女優がいただけない。ミザリーと同じ髪色に瞳。演目とはいえ、派手な衣装に派手な化粧で男に寄り添う。ミザリーもこうやって王子に寄り添ったかと思うと、吐き気がした。
この後は食事かとウンザリしていると、レストランに移動するまでもなく、令嬢は怒って帰ってしまった。はぁ、気が乗らないのに相手をさせられて、しまいには怒られるなんて、俺が悪いとは言え気分が悪い。
適当に街を歩いていると、いつもは通らないところに出た。騒がしいと思ったら、どうやらひと組の男女が揉めている。痴話喧嘩か何かだろうと通り過ぎようとしたら、男が女の腕を強く掴み拳を振りかざした。それはいけない!俺は咄嗟に振りかざした男の腕を掴み、意図せず仲裁に入る。
男は怒りに我を忘れかけていたが、俺の身なりを見て、貴族だと気づいたのだろう。女に捨て台詞を吐き、さっさと立ち去る。いくら怒っていても、貴族に歯向かうものなどそうはいない。助けた女に目を向けると、ミザリー…いや、違う。ミザリーと同じ色を持つその女は、先程舞台に立っていた主演女優だった。
舞台上とは違い、控えめな化粧に質素なブルーのワンピースが、却って彼女の美貌を引き立たせている。俺の手を取り、助けたことへの礼をする彼女から、目や手が離せない。間近で見る彼女は美しく可憐にだった。
女など信じない、と思いながらも彼女のことが気になってしまい、時間があれば彼女を見に行き、次第に言葉を交わすようになる。バイオレットはとても明るく、その表情はキラキラとしている。いつも、喜んだり怒ったり悲しんだり忙しそうだ。その貴族令嬢にはない新鮮さに、俺はすぐに虜になった。
花に宝石にドレスを手に口説き落とす。心も身体も通わせたあとには家を与え、バイオレットと濃い時間を過ごす。父や友人たちから、遊びならいいが本気になるなと忠告を受ける。わかってはいる、彼女は平民だから結婚など有り得ない。しかし本気の恋なのだ、止めることはできなかった。
彼女は仕事柄、お得意様と食事に行ったり、時には朝まで酒を飲むことがあった。あちこち引っ張りだこで留守にすることも多く、仕事よ、と言われると何も言えず、一度嫉妬心から彼女に嫌味を言った日には、私を疑うのか!と物凄い剣幕で責め立てられた。
可憐に見えて、なかなかの激情家である。それすらも愛おしかったし、惚れた弱みなのか、何かおかしいと思っても、甘くしなだれる彼女と、なし崩しにベッドを共にすれば、この際どうでも良くなった。その時の俺は22歳、下半身事情は致し方ないであろう。




