#2
「それで、本日はどのようなご用件ですか?」
令嬢二人を応接スペースのソファへと案内し、熟れた手つきで飲み物を用意しながら、トキヤが訊ねる。
シノは無言のまま、事務所とエントランスを繋ぐ狭い廊下に立っている。事務所まで入ってくる気はないようだった。トキヤは少しばかりどういった扱いをするかに迷ったが、レイカの「あれのことは気にしなくても良い」という言葉に促され、彼のことを無視することにした。
「ちょっとした相談事よ」
出された紅茶を上品な手つきで口元に運ぶレイカの出で立ちは、相変わらずゴシックイメージのするものだ。ただし、この日はパンツの代わりにチェック柄のスカートを穿いていた。
「相談事、ですか。……何か例のことで?」
トキヤの声音が硬いものへと変化する。
「例のこと」について、この場に集った人間が今更何かを確認しあうまでもない。
勝手にモノが動く怪異を調査して欲しいという建前の元、レイカが祖父の死の真相を探ろうとした一件のことである。悪意を持つ第三者の介入が発覚したことで緊張状態が続いていたのだが、ついに何か動きが―― とトキヤは思ったのだが。レイカはゆるゆると首を振ると、あっさりとそれを否定した。
「そうじゃないわ。個人的な―― と言ったらちょっと語弊あるかしら。とにかく別件よ別件。そんな身構えるほどのことではないわ」
「そ、そうですか」
拍子抜けし、浮かしかけた腰を落ち着けるトキヤ。その様子があまりに滑稽であったのか、珍しくフウカが小さな笑みをこぼした。
フウカは先日同じような格好をしていたが、薄い色で染められたシャツのサイズが一回り小さいようで、体のラインが妙に強調されるかたちになってしまっている。
レイカとフウカは背丈も同じほどで、顔つきも似ているが、体の凹凸には明確な差異があった。
レイカは良く言えばスレンダーで今の服装がとても良く似合っているが、悪く言えば起伏に乏しい体であるとも言えるだろう。その点、フウカは女性らしい丸みがあり、出るべきところは出て、締まるべきところは締まっていた。
早い話が、男には目に毒なのである。特にその胸元が。
どうやら、そういう方面に関して、フウカは認識が甘いらしい。笑みにつられて差し向けたトキヤの視線が慌てて逸らされたことを目ざとく認めたレイカは、わざとらしく咳払いをし、彼の気を引いた。
「良いかしら。話を続けても?」
「もちろん、構いませんが」
なるべくフウカのほうに視線を向けないように、トキヤは応えた。彼は自分ではうまく感情を隠せていると思っているようだが、生い立ち上、相手の表情や視線の先を読むことに長けているレイカには、彼の機微など筒抜けのである。
――まぁ、あからさまなスケベどもよりはずっとマシだ。
そう考えを改めたレイカは、それからは特に冷たい視線を送るでもなく、話を元の脈絡へと戻していく。
「私たちが今、現役でカレッジに通っているという話は、前にしたわよね?」
「ええ、具体的には聞いていませんが、そのこと自体は何かの拍子に聞いた覚えがありますね」
カレッジというのは、シュトの中心区の一部である七番地区を丸々占める規模で存在する、極東一と言われる品格と設備を備えた最高学府である。正式名称は他にあるが、シュトにおいて他に大学校があるわけではないので、シュトの市民からは基本的に大学校を表す「カレッジ」の名称で呼ばれている。
生徒は皆、小中の十年間の尋常教育を修めた若者で、専攻する学問によって多少の違いはあるが、六年の学修期間を想定している。
今年十八歳になるレイカとフウカは、カレッジの二回生だ。
貴種である彼女たちがカレッジに通っていることを聞かされても、トキヤは別段驚くことはなかった。むしろ、彼女たちがただの姉妹ではなく「双子」であったことに、少しだけ驚かされた。確かに彼女たちは似ているが、違いがハッキリとしている。もちろん、双子が全員そっくりな性格と顔を持って生まれてくるわけではないということは知っていたが、ある意味ここまで「似ていない」双子も珍しいと思ったものだった。
「まぁ、そのカレッジでの友達、というか知り合いのことなんだけれど。……オオトミ君ってのが居て」
「男性ですか?」
思わず飛び出した問に、レイカは少しだけ慌てたようだった。
「べ、べべ、別に恋人とかそういうわけじゃないのよ? 何、疑ってるの?」
「いえ、そういうわけではないのですが。男性の知り合いというのは、少々意外な気がしまして」
レイカの珍しすぎる反応に苦笑を浮かべ、トキヤはやんわりと否定の意を示した。
尋常教育はあまねく施されるようになってきたが、それ以上の教育となると難しいというのが現状だ。専門課程ともなると、学を施す側もその道の体現者を雇ったり、施設を充実させねばならず、必然的に多大な費用がかかってしまう。学費もそれに比例するように高額であり、それは平民に支払える額ではない。そういうわけで、カレッジに通っている生徒は、その九割五分が高貴な出自を持っている。
その中には当然、レイカたちのような未婚の女性も含まれる。女性の地位は向上傾向にあるとはいえ、極東には未だに「身分のある未婚の若い女性を、みだりに若い男と一緒にしておくべきではない」等の思想が残っており、女性は独立した存在であるとは見なされていない。
カレッジは組単位の管理ではないので、「女性だけを隔離する」というような措置は取っていないので、その体制に危機感を憶え、娘の入学を渋る親も少なくはない。よしんばカレッジに進学できたとしても、親によって男性との交友を固く禁じられるというケースも多い。
――とはいえ、親の目が常にあるわけではない以上、強い縛めがあるわけではないので、「間違い」は多々起こるものである。レイカは「間違い」を疑われたことを恥じたわけだったが、トキヤはそういった言いがかりを付けたかったわけではない。単にイメージの問題で、レイカに「身近な男性」が存在していたことに驚きを覚えたのであった。
今でこそあまり気兼ねなく接しているものの、レイカは男性に対する警戒心が強い。美しい容姿を持っていることだとか、その生い立ちが起因しているのだろう。基本的に何に対しても懐疑的な態度を取ることが多いレイカであるが、特に男性に対する態度にその傾向が強く見られた。
「言わんとすることはなんとなくわかった気がするけど、きちんと否定はしておくわね。ただの知り合いよ。もしくは友人。ちょっと色々あって知り合っただけの人。いい?」
「わかりました。シツレイなことはもう口にしません」
大げさなくらいの否定のしようだった。トキヤは手をかざし、身を引いて誓う羽目になった。レイカは鉾を収め、深々と息をついた。
「よろしい。……それで、そのオオトミ君のことなのだけれど。最近ソワソワして落ち着かなくて、見てるこっちがイライラしてしまうくらいだったから、思い切って訊いてみたのよ。何か心配事でもあるのかってね」
「それで、結局何かがあったのですか?」
「それがおかしなことを言うのよ。彼、二十七番地区の、比較的カレッジに通うのに便利な位置にある場所に家を借りて住んでるんだけど、そこの一室から妙な音と声がするんだ、って」
「それは、まさか」
おおよそ「探偵」に寄せられるべきではない相談事とは思えない内容を想像し、トキヤは表情をこわばらせた。先ほどのような緊張からくるものではなく、これは純粋な「嫌気」からくるものだ。
それを知ってか知らずか、レイカは淡々ととどめを刺すように言うのだった。
「お察しみたいだけれど、彼はこう言うわけ。「俺の家に幽霊が出るんだ」ーってね」
お待たせいたしました。これより三日間隔の投稿に戻ります。




