第9話 ところがどっこい現実です!
——side 勇者パーティー
魔族領を目指し、荒涼とした岩山の一本道を、俺たちはひたすら進んでいた。
道中、幾度となく魔王軍の斥候や魔物の奇襲を受けた。だが、新たに加わった戦士ディアナの活躍もあり、すべて苦もなく撃退できている。
それなのに。
歩みを進めるメンバーの表情は一様に暗い。重苦しい沈黙と、胸の奥にへばりついて離れない奇妙な違和感。
「……すこし、ここで休憩しよう」
自分でも情けないほど皆にかけた声に張りがなかった。それは、俺自身もその違和感にずっと苛まれていたからだ。
街道沿いの岩場に腰を下ろし、周りを見渡した。
ベルもクリスも、力なく荷物を下ろして俯くだけで、誰も口を開こうとしない。
全員が気づいている。けれど、口にしてその事実を確定させてしまうのが、たまらなく怖かった。
そんなお通夜のような空気に、ディアナが怪訝そうに腕を組んで声をあげる。
「……何か思うことがあるなら言ってくれ。私の戦い方に不満でもあったか?」
そんなわけがない。前衛としてのディアナは完璧だった。
俺もクリスも気まずく顔を見合わせ、あいまいに言葉を濁す。
だが、ベルが耐えかねたように、意を決して口を開いた。
「じゅ……」
「じゅ?」
ベルは泣きそうな、それでいて諦めたような笑みを浮かべ、ぽつりと呟く。
「順調だね……」
――そう、恐ろしく順調に旅が進んでいるのだ。
襲撃はあった。敵も強大だった。だが、誰一人として負傷していない。戦闘中に突然仲間が「がんばれー」と後ろで呑気に手を振ることも、そんな遊び人のフォローに追われて陣形を崩されることもない。
戦士が一人増え、ただ純粋に前衛の厚みが二倍になり、敵を真正面から難なく粉砕できている。
あまりにも理想的で、あまりにも順調すぎる旅路。
「い、いや、でも……!」
俺は咄嗟に口を開く。
「ゼンがいた頃だって、ほら! 戦闘中にあいつが予測不能な動きをして敵を撹乱してくれていたから、結果的に……!」
「アーク、……認めよう」
俺の言葉をクリスが遮る。その声は酷く冷徹で、そして諦めが滲んでいた。
「だ、だが、もしかしたら! あいつがあまりにも戦わないからこそ、俺たちの潜在能力が極限まで引き出されて、今の強さがあるわけで……!」
「アーク。そのフォローは無理があるよ」
ベルが静かに首を横に振ってたしなめる。
「ディアナちゃんが優秀だから、私たちは今こんなに楽に戦えてる。ゼン君が抜けて……パーティーの総合戦力は、間違いなく跳ね上がったんだよ」
「む……」
不意に名指しで絶賛されたディアナが、耳を赤く染めて顔をそむけた。
「そ、そうか? いや、私はただ、戦士として当たり前の役割を果たしているだけなのだが……。あ、あまりストレートに褒められると、その……照れるな」
屈強な女戦士がポリポリと頬を掻き、もじもじと居心地悪そうに身をよじる。
「……というか、貴様らは今まで、前衛が実質アーク一人で魔王軍の前線と渡り合ってきたのか……? あの男が後ろで手を振っている中……?」
「うん。あとたまに、ドロップ品をポッケないないしてたよ」
「…………」
ベルのあっけらかんとした暴露に、ディアナは大きく目を見開いた。
「な、なんだその寄生虫……。よく今まで五体満足で生かしておいたな……」
反論の余地がない、残酷な正論。あいつを追い出した判断は、冒険者として、魔王討伐という大義において、何一つ間違っていなかったのだ。
「……そう、かもな」
俺はがっくりと項垂れ、地面の小石を見つめた。『実は陰ながら役に立っていたのでは』という淡い期待は露と消えた。あいつは本当に、ただの足手まといだったという事実を受け入れ――
「……?」
ふと、思考の片隅に別の『違和感』が引っかかった。
ゼンが足手まといという事実ではなく、まったく別の『何か』が。
——sideアトスの町・宿屋主人
魔族領にほど近い、前線の城塞都市。
そう言うと物々しいが、戦略的価値が低すぎるせいで戦火とは無縁の平和な町。
だったのだが、何でも昨日、町に人食いの妖怪が出たらしい。物騒な話だが、まあ、新聞には何も書いていないから、面白都市伝説が広がっているだけだろう。
この町では退屈を持て余し、荒唐無稽な噂が良く飛び出すのだ。いちいち真に受けてあげられるほど暇ではない。
そんな町で宿屋の主をやっていると、妙な客に出くわすことも多い。
たとえば、数日前にやってきた『自称・勇者パーティーメンバー』の若い男。
昨日の朝一番に意気揚々とチェックアウトしたかと思えば、昼にはふらりと戻ってきて、再チェックインの手続きをしていった。
彼の身に一体何があったのか。興味がないと言えば嘘になるが、客のプライベートに深くは踏み込まないのが宿屋としての鉄則である。
私は何も聞かず、ただ笑顔で彼に鍵を渡した。
そして今、私の目の前には、さらに『おかしな来客』が立っていた。
身に纏っているのは場末の宿屋には似つかわしくない、貴族様が夜会で着るようなヒラヒラの豪奢なドレス。なぜか腰には剣を帯びている。
だが、それ以上におかしいのは首から上だ。
顔全体を不自然なほど真っ白なおしろいで塗りたくり、唇には血のように真っ赤なルージュがのっぺりと、それも盛大にはみ出して塗られている。
新種のモンスターのコスプレだろうか?
こんなおかしな生物が帯刀して街を歩き回っているのに警邏隊は何をしているんだ? 捕まえろよ。
「店主よ! ここに腕の立つ冒険者は泊まっていないか!? 昨日から走り回って捜したが、もうここしか残ってないんだ!」
バンッ、と勢いよくカウンターを叩き、その奇抜な出で立ちの人物が身を乗り出してきた。
昨日から? ……まさか、昨日出た妖怪ってあんたかっ!?
呆れた私は、その声の響きと目元に覚えがあることに気がついた。
いやいや、まさか。嘘だろ。
グレイス様じゃねえか!?
あの生真面目で誇り高き女騎士様が、なぜこんなトチ狂った姿で!?
そら警邏隊じゃ捕まえられねぇわ!
「あ、ああ……腕が立つかどうかはわかりませんが、勇者パーティーの方でしたらお泊まりになっておりまして、また滞在を延ばされ、そのままどこかへ出かけて行かれました」
私が動揺を隠しながら答えると、グレイス様はパァッと顔を輝かせ笑みを浮かべた。
……笑み、なのだろうか?
強烈な化粧のせいで、表情の筋肉がどう動いているのか全く読み取れない。
「そうか! それで、その者はいつもどれくらいの時間に戻ってくる!?」
「あー、ちょっとわかりませんね」
「頼む! お主の宿屋としての矜持は痛いほどわかる! 客のプライバシーを頑なに守る、素晴らしい宿屋だということもわかっている! だが、今回ばかりは頼む! どうか教えてくれ!」
カウンター越しに詰め寄り、必死の形相で食い下がってくるグレイス様。メイクのせいで異様に怖い。
だが、隠しているわけではないのだ。
「いや、グレイス様、本当に知らないんですよ。なにせその方、以前チェックインされてから昨日の朝チェックアウトするまで、ただの一度もこの宿に戻ってこなかったんですから」
「……そ、そんな馬鹿な!?」
信じられないものを見るような目で、グレイス様はショックを受けていた。
「まあ、冒険者の方には意外によくあることですよ。だいたい女性のいるお店か、あるいは向かいの賭場にずっと入り浸っているかのどちらかですからね」
「そんなわけがなかろう! あの方は、誰よりも気高く誇り高いお方なのだぞ! 女遊びや賭け事にうつつを抜かすはずがない!」
目の前の妖怪は、なにか根拠があるように強く否定した。
「頼む! もし戻ってきたら、すぐ私に教えてくれ! 頼んだぞ!」
言うが早いか、彼女は薄汚れたドレスの裾をバサバサと翻しながら、嵐のように宿屋を飛び出していった。
……気高く誇り高いお方、ねえ。私は深々とため息をつきながら、開け放たれたままの扉越しに、向かいの賭場へと視線を向ける。そこに、頭を抱えてうずくまる男の背中が見えた。
こんな場所の宿屋にとっての日常風景である。
――――
――sideゼン
冷たい風が、俺の横を吹き抜けていく。
退職金が、……なくなった。
「…………寒っ」
身体だけでなく、懐も寒い。
向かいの宿屋を見上げ、俺は深く安堵の息を吐く。
よかった、前払いにしといて。
……飯付きでお願いしたよな?
全財産を失った今、過去の自分のファインプレーだけが唯一の救いだ。
『カァァァァンッ! カァァァァンッ! カァァァァンッ!!』
――俺の現実逃避を打ち砕くように、突如として平和なアトスの空気を切り裂き、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
次回!
『妖怪、今日も走る!』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




