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第8話 新たなる刺客

 澄み渡る青空の下、活気にあふれた市場の喧騒を心地よく耳にしながら、私はふっと笑みをこぼした。


 今日もアトスの町は平和だ。


 何気ない日常の風景。しかし、この穏やかな人々の営みと朗らかな声こそが、私にとって何よりも尊く、命に代えても守り抜くべき宝物なのだ。


 背筋を伸ばし、凛とした姿勢で石畳の街道を歩けば、すれ違う人々が次々と敬意を払って道を譲り、会釈をしてくれる。私はその一つ一つに親愛を込めて頷き返す。


「グレイス様、今日はお休みですか?」


 見知った町民から気さくに声をかけられ、私は足を止めて微笑み返した。


「ああ。たまには羽を伸ばそうと思ってな」


 すると、町民は私の腰の辺りに視線を落とし、不思議そうな顔をした。


「お休みでも、剣は携帯されているのですね。重くはありませんか?」

「町で何かあった時は、非番だろうが駆けつける必要があるからな。騎士たる者、常に備えは怠れない」


 騎士の心構えを答えると、町民は感心したように声を上げる。


「大変ですねぇ……」

「皆の笑顔のためだ。苦にはならんさ」

「おお……! さすがはグレイス様!」


 尊敬の眼差しを向けてくる町民に、私は少し照れくさくなった。


「それに、長年帯びているからな。今じゃこれがないと、逆に腰回りが軽すぎて落ち着かないのだ」


 茶目っ気を交えて微笑むと、町民もつられて笑い声を上げる。


 私が向かっていたのは、冒険者ギルド。


 新たなクエストの依頼を出しがてら、先日、初めて荷物持ちとして雇った少年――フィンの様子を見に来たのだ。


 彼はまだ若いが、実直で真面目に仕事をこなす姿勢が印象に残っていた。将来、私の良き部下になってくれるかもしれない。有望な若者には唾をつけておいて損はないのだ。


 ギルドに足を踏み入れると、普段の荒々しい喧騒とは違う、異様な熱気が渦巻いていた。


 その中心である併設の酒場へ視線を向けると、信じられない光景が目に飛び込んできた。よりにもよって、あのフィン君がギャンブルの卓についているではないか。


「裏か表か。……外したら、お前も身ぐるみ剥ぐからな?」


 向かいに座る男が、銀貨を弾きながら意地の悪い顔で言い放つ。


 一目で分かる。大方フィン君を脅し、クエスト報酬の金を巻き上げようとしているのだろう。


 ……クズめ!


 私は無意識に腰の剣の柄に手を伸ばし、群衆をかき分けて前へ出ようとした。


「グレイス様……っ!」


 だが、すかさず私の腕を引いた者がいた。酒場の看板娘であるエレンだ。


「離しなさいエレン。あんな非道な真似を……っ!」

「大丈夫です。……多分、絶対、大丈夫なんです!」


 エレンは涙目で首を横に振る。彼女のただならぬ様子に、私は踏み出しかけた足を止めた。


 何を言っている? 大丈夫なわけがないだろう。


 その時だ。


「表だ……」


 固唾を飲んで見守っていた酔っ払いの一人が、ぽつりと結果を口にした。


 途端に、酒場が爆発したかのように沸き立つ。どうやら、あの男がコイントスで負けたらしい。


 どうせ逆上してごねるに決まっている。私はいつでも飛び出せるように体勢を低くし右足に重心をかけた。


「ほらよ」


 だが、予想に反し男は大きく息を吐くと、テーブルの上の重そうな革袋や、なぜか置かれていた装備品、果ては男物の衣類までまとめてフィン君の胸に押し付けたのだ。……衣類?


 状況が全く呑み込めない私を置き去りに、酒場の酔っ払いたちは歓声を上げ、エレンはポロポロと泣きながら、男の背中に惜しみない拍手を送る。


 そして、フィン君は革袋を大事そうに抱きしめ、背を向けた男に向かって何度も何度も頭を下げていた。



 ――――



「……そういうことがあったのか」


 騒ぎが落ち着いた後、私はエレンから事の顛末をすべて聞き出していた。


 なんだ、その男は。


 フィン君の誇りを守るため、あえて悪びれた態度のまま、コイントスという『賭け事』の形をとって大金を譲り渡しただと?


 しかも、冒険者の最高峰たる『金バッジ』の所持者でありながら、そんな素振りは微塵も見せずに?


 この町で金バッジを持つ者など、つい先日まで滞在していた勇者パーティーのメンバーくらいしか思い浮かばない。彼らは魔王討伐の旅へ出発したものだと思っていたが……。


 どちらにしても男の底知れない手腕と真意には強い関心を抱かざるを得ない。


 私は酒場を出ると、足早に歩き出した。

 あの男――何者かは知らないが、直接会って確かめずにはいられない。


 このアトスの治安を預かる騎士として、早急に接触を図る義務があるのだ。


 決して……決して!


 そんな『超絶かっこいい殿方』と個人的にお近づきになりたいとか!

 あわよくば、色々お話をして親密な関係になりたいとか!

 そ、そんな不純な動機では断じてない!


 ……ないったらない!


 ああもう、早く追わないと! 急げ私っ!!


 ……ま、まあ、向こうから見初めてきたら、仕方ないよな? な?



 次回!

『アトスの騎士様、化粧道具を取りに一回自宅に戻る!』



 ※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。

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