第10話 妖怪、今日も走る!
『カァァァァンッ! カァァァァンッ! カァァァァンッ!!』
賭場で全財産をすり、失意のどん底で項垂れていたところ、けたたましい鐘の音が俺の鼓膜をぶん殴った。やけに景気のいい大音響だ。火事か?
「……」
……よし、終わったことはしょうがない。さっさと切り替えよう!
こういう時は野次馬根性丸出しで見に行くのが礼儀!
それが遊び人のゼンさんってもんだ!
「やんややんや! 火事は何処じゃー!」
俺は先ほどの絶望をすっかり忘れ、ウキウキとした足取りで喧騒の中心へと向かって駆け出した。……が、不意に路地の角で小柄な影とぶつかりそうになる。
「おっと、危ねえ!」
「わっ……あ、ああっ!?」
そこにいたのは、昨日俺から金を巻き上げた少年だった。
彼は俺を見るなり驚いたように目を見開き、直後、その顔をパァッと明るく輝かせた。
「あんたも、来てくれるのか!?」
「ああ、役には立たんが一応な!」
野次馬として現場を盛り上げるくらいしかできんが、頭数は多い方が賑やかでいいだろ!
「少年も行くのか? じゃあ、一緒に行こうぜ!」
俺が満面の笑みで肩を叩くと、少年は大きく頷き、俺の腕を引いて走り出した。
ラッキー。道案内を手に入れた!
――——
「アトス騎士団・副団長、グレイス・A・ランカスター! 入ります!」
私は分厚い扉を押し開き、作戦指令室へと飛び込んだ。
「一体何が起きたのですか!?」
「おお、グレ……ッ!?」
円卓の上の地図を睨んでいた騎士団長が、私の顔を見るなり、大きく目を見開いて絶句した。なんなのだ? 廊下ですれ違った団員たちも皆同じ反応をしていたが、乙女がおめかしするのが、そんなにおかしいか!
「あ、あの……」
「なっ……なんだお前!? ふざけてんのか!?」
「す、すいません! 一刻を争う事態かと、着替えずに駆けつけたもので……! 予備の鎧は詰所にありますから!」
「着替えず……って、あぁ!? 服『も』おかしいじゃねえか!」
「そんなに言わないでください! 私だっておめかしする時くらいありますから!」
「お、おめかし……だと?」
「そんな事より、状況の説明をお願いします! 何があったのですか!?」
騎士団長は深く眉間を押さえたが、すぐにその顔から呆れの色を消し去る。
「……先ほど、見張り塔から早馬が着いた。魔軍の部隊が、ここアトスへ向けて進軍している」
「魔軍が……!? 数は!」
「およそ五千。魔獣部隊だ」
五千の魔獣。
対するアトスの町の常備兵は五百。
その絶望的な数字を前に、私は言葉に詰まる。
「進軍速度からして……あと二時間もしないうちに、城壁に取りつかれるだろう」
騎士団長は忌々しげに、地図上のアトスを指で叩く。
「十倍か。……猫の手も借りたいとは、まさにこのことだな」
「援軍は……」
「すでに狼煙を上げ、王都と近隣の領主へ早馬を飛ばした。だが……主力部隊の到着には、どんなに早くとも三日はかかるだろうな」
「ならば、町を放棄し急ぎ町民を避難させましょう!」
「駄目だ」
私の提案を、騎士団長は即座に切り捨てた。
「城壁のない平野に一万の民を放り出してみろ。魔獣の格好の的だ。避難の隊列など一瞬で蹂躙され、すり潰されて終わりだ。我々に残された選択肢は一つしかない」
騎士団長は拳を握りしめ、力強く地図を叩いた。
「全員を城壁の内に収容し、城門を封鎖する。徹底的な籠城戦だ」
「三日……持ちますかね」
「持たせるのが我々騎士の仕事だ、グレイス」
騎士団長の低く重い声が響いたその時。
「待ちなさい! ここは作戦指令室だぞ! 許可のない者は――!」
廊下から、見張りの兵による制止の怒号が響いた。
直後、無遠慮にバタンと指令室の扉が開け放たれる。
「はぁっ、はぁっ……!」
そこに立っていたのは、フィン君。
そして、彼に腕を引かれるようにして姿を現したその人を見て、私は己の目を疑った。
先ほどまで血眼になって町中を探し回っていた、あの『金バッジ』の君。
来てくれたのですね……!
絶望的な状況の中、確かな実力を持つ彼が、自らこの指令室へと足を運んでくれた。ただそれだけで、心が熱くなる。
緊迫する作戦室。周囲の騎士たちが怪訝な目を向ける中、彼は私を真っ直ぐに見つめ――ニコリと、すべてを安心させるような柔らかい笑みを浮かべてくれた。
————
……帰りたい。今すぐ間違えましたと言って帰りたい。
少年に腕を引かれるまま、ウキウキ気分で到着した場所には、燃え盛る炎も、野次馬の歓声も、バケツリレーの喧騒もなかった。
代わりにあったのは、むさ苦しい空間。
鎧を着込んだおっさんたちが地図を囲んで怒号を飛ばす、火事場ではない『鉄火場』。
しかも、泥だらけのドレスに白塗り特殊メイクのやべえ奴までいる。
コイツは、とりあえず愛想笑いでやりすごそう。
飛び交う怒号の中に「魔軍」だの「侵攻」だの、物騒な単語がチラホラと混ざっている。
……こりゃ火事じゃねえな。さて、どうやって逃げるか。
バレないように後ずさろうとした、その時。
目の前の妖怪がズイッと距離を詰め、ポロポロと泣きながら頭を下げてきた。
……ん?
いや、よく見たら妖怪じゃない。ただの女の子じゃねえか。何故にそんな悲惨なメイクを?
「ご助力……感謝します」
「…………」
えー……、マジか。
全力で拒否したい。
だが、周りを見渡すと、その場の視線が全て俺に向いている。
さっさと逃げ出したい。
されど、このゼンさんに宿るエンターテイナーとしての性が、それを許さない。
……あー、もう! しょうがねえなぁっ!
俺は腹をくくることにした。
それに――
女の子に泣かれちゃ……『女の子の味方』のゼンさんは、さすがに逃げれんのよ。
……でも、大丈夫?
俺、そこらの子猫より役に立たないよ?
次回!
『女の敵、立つ!』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




